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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
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40 中学受験のススメ

 冷たい緑茶と珍しい水羊羹を食べ終え、栗林真理(くりばやしまり)はやり残した夏休みの宿題に取り掛かることにした。あとは藤城皐月(ふじしろさつき)がプリントアウトしてきた荼枳尼天(だきにてん)についてのレポートを書き写すだけで終わる。

「面倒くさいな……。なんで手書きじゃなきゃいけないんだろう。疲れちゃう」

「頭おかしいよな、学校って。授業でパソコンやらせるくせに、こういう宿題ではパソコン使わせないだからな。矛盾じゃん」

「パソコンで自由研究やってもいいなら、私は皐月からもらったのをそのまま提出しちゃうよ」

 いたずらっぽく笑っている真理を見て、皐月は嬉しくなった。真理は小さい頃から横着な奴だった。

 学校での真理は勉強ができるせいか、まわりからは真面目だと思われている。その思いに応えているつもりなのか、真理自身も優等生を演じているように見える。皐月は久しぶりに真理の素の姿を見た。


 真理が皐月の自由研究のレポートを読み始めた。真剣に読んでいる姿を見ると、皐月は自分の心の中を読まれているようで恥ずかしくなった。

 荼枳尼天のことを調べながらレポートを書いているうちに、怖い荼枳尼天のことを好きになっていた。これは真理に気付かれたくない。怖くて強い女性に魅かれる性格を知られたくないからだ。

「この荼枳尼天の研究、面白いね。荼枳尼天って神様なんだよね。でも本当にこの世界にいた実在の人物のような気がしてきた。皐月ってこんな文章書けるんだ」

「まともに物を調べて文章を書いたのは、これが初めてかもしれない。結構がんばって書いたんだぜ。ちゃんと書けてた?」

「書けてたよ。自由研究っていうよりもファンブックって感じで、すごく良かった。私だったらこんな風に書けないな……。もしかして皐月って国語得意なのかな」

「さあ? 学校のテストなんて満点が当たり前だから、よくわかんねーや」

 偉そうなことを言ってはみたが、たまにつまらないミスをして満点を逃すことがある。真理のように毎回必ず百点満点を取っているわけではないし、クラスにはもう一人、真理みたいに満点しか取らない女子がいる。


「ねえ、皐月ってさ、もしかしたら今からでも中学受験、間に合うんじゃない? 国語と社会が得意だったら、あとは算数と理科だけでしょ。算数と理科だって苦手ってわけじゃないし、集中的に勉強すれば戦えると思うんだけど」

「そんな……今から勉強したって、真理が今まで積み上げてきた勉強量に追いつけるわけないじゃん。こんなに頑張ってる真理でも難しいって言ってるくらいだから、俺なんかとてもやれる気がしない……」

「一番いい学校に行かなくてもいいって考えられるなら、受かる学校はたくさんあると思うんだけど」

 真理は自分が中学受験をすると決めてから、事あるごとに皐月にも受験を勧めてくる。真理は女子校への進学を希望しているので、皐月が私立中学に進学したところで、同じ学校に通えるわけではないのにもかかわらずだ。

「受験なんて今まで考えてこなかったから、急に考えろって言われても困るな……」

「急じゃないよ。ずっと言い続けてきたじゃない。じゃあさ、地元の稲荷中に行くってことについては真剣に考えたことあるの?」

「ここに住んでいたら、稲荷中に行くのが当たり前なんだから、そんなことわざわざ考えるわけねーだろ」

「一度考えてみて。できれば皐月には私立の中高一貫校に行ってもらいたいの。皐月の性格だったら絶対に私立の方が向いてるから。公立に行ったら個性が潰されちゃうよ? ああいうところはみんなと同じにしなきゃいけないから、私には無理。それはたぶん皐月も同じだと思うし、皐月の方がもっとキツいはず」


 真理の言うことももっともだと思った。確かに中学に明るいイメージはない。知っている上級生で楽しそうに中学に通っている人を見たことがないし、街で見かける中学生の表情も暗い。いじめの話も聞く。皐月が黙りこくっていると、真理が心配そうな顔をして謝ってきた。

「ごめんね。皐月に中学受験を押しつけるつもりはなかったの。ただ心配だっただけで……」

「……うん。ありがとう」

「もし良かったら高校受験の時に名古屋の私立の進学校への受験も考えてみて。私立は内申点は考慮されないで実力勝負ができるから、先生に嫌われても問題ないよ。皐月みたいなタイプにはそういう試験一発勝負みたいな選抜の方が合ってると思う」

「ところで内申点って何? 初めて聞いたんだけど」

「学校の通知表のこと。生活態度に点数をつけられるんだよ。先生に嫌われたら容赦なく点数削られるから、公立中学ではいかに先生に好かれるかに心を砕かなきゃいけないの。提出物を出し忘れたりしたら一発アウトだから、精神的にキツいよ。あと、ケンカもダメだからね。いくら自分に理があっても両成敗されるから。それから――」

「ちょっと待ってよ。そんなに矢継ぎ早に言われても……。要するに先生は神ってこと? とにかく中学ではトラブルを起こすなってこと?」

「そう、その通り。よくわかったね。皐月なら国語の抽象化問題も余裕だわ。脳味噌分けてほしいよ」

「真理が稲荷中を嫌ってるのはよくわかった。それより早く宿題片付けちゃおうぜ」

「そうだね。早く宿題なんか終わらせて、受験勉強したいよ」

 皐月は目を丸くした。真理は宿題を終わらせた後で受験勉強をする気だ。自分なら解放感で思いっ切りダラダラとしたくなる。いつの間にか凄い奴になったんだな、と真理のことを今まで以上に尊敬する気持ちが強くなった。


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