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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
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39 子供にも容赦がない

 藤城皐月(ふじしろさつき)は母の小百合(さゆり)に聞けなかった明日美(あすみ)の病気のことを、栗林真理(くりばやしまり)の母の凛子(りんこ)に聞いてみたくなった。凛子は明日美と仲が良いので、詳しい情報を知っているはずだ。

「明日美って何かの病気をしてたんだよね。健康に気を使っているのに」

「……まあそういうこともあるわね」

 凛子の表情に陰りが見えた気がしたが、さっと立ちあがってキッチンに行ってしまった。明日美の病気が何だったのか気になるが、凛子も小百合と同じだった。この様子だと凛子は明日美の病気のことを話してはくれないだろう。

 リビングには昨日聴いたインストゥルメンタルが流れていた。昨夜と同じ状況が真理の夏休みの宿題を思い出させた。

「宿題もう終わった?」

「勉強系はなんとか昨日中に終わらせたよ。でも、ついさっきまで寝てた」

「よく頑張ったじゃん」

「でも交通安全のポスターはまだ描けてない。今日中に何とかしなきゃね」

「これやるよ」

 皐月が持って来たポスターの宿題を真理に見せた。

「これ、私の作品として出しちゃうの? こんなの、私に描けるわけないじゃん」

「宿題なんて、出せば何でもいいんだよ。しれっとした顔して出しとけ」

「でも、これ余白が多くない? いいのかな……」

「いいんだよ、これで。でも、やっぱり気になるか……。まだ時間に余裕があるから、何か描き足そうか」

 真理は皐月の懸念通りの反応を示した。

「絵の具を用意するから、ここで描いてってよ。あんたこの後、何か用事あるの?」

「全然。まあ、少し昼寝でもしようかなって思ってたけど」

「眠くなったらここで寝てけばいいよ」


 凛子がお茶とお茶菓子を持って来た。笹の葉に包まれた竹筒がガラスの長角皿に乗っていた」

「これ何?」

「京都の『二條若狭屋』の竹水羊羹よ。青竹に餡を流し込んで、笹で封をしてあるの。見た目が涼やかでいいでしょ」

「チクスイ羊羹って水羊羹?」

「そう。昨日のお座敷でお客様からお土産を頂いたの。京都で人気のスイーツなんだって。私も今日、初めて食べるわ」

 凛子が食べ方の説明をしてくれた。

 まず青竹を包んでいる笹の葉を剥がし、その葉を長角皿に敷く。竹筒の底の節に付属の錐で空気穴を開け、竹筒を45度くらいに傾けて軽く振ると竹から羊羹が出てくる。全部出さないで半分くらい出し、一口サイズに切って食べる。

 実際に言われたとおりにやってみるとすごく楽しい。誰が考えたのか、センスのいい和菓子だ。

「この水羊羹おいしいね、お母さん。微かに竹の香りがする」

「こんなの食べたら京都に観光旅行に行きたくなっちゃうね。私もどうせ芸妓(げいこ)をやるなら京都でやってみたかったわ」

「もう京都で芸妓は無理なの、凛姐さん」

「こんなおばちゃんじゃダメよ。やるなら高校に行かないで舞妓さんにならなくちゃ。芸妓はその後ね」

「真理ならまだなれるじゃん」

「あのね……私、受験生なんだけど……」


 水羊羹を御馳走になっていると、皐月は今日の夕食のことを思い出した。

「真理、今日うちで晩ご飯食べる?」

「今日は家で食べるからいいよ。ごめんね」

「じゃあ家に連絡入れておくね」

 スマホを取りだして家に電話しようとしたら、凛子が肩に手を乗せて体を寄せてきた。

「今日は皐月ちゃんがうちで食べなさいよ。鰻でも取ってあげるわ。昨日のお礼よ」

 顔が近かった。凛子は明日美とは違う、扇情的ないい匂いがした。

「凛姐さんって、今日はお座敷?」

「そう。真理を一人にさせちゃ可哀想でしょ。だから一緒に食べてってよ」

 凛子にこんなことを言われて断れる皐月ではない。芸妓の凛は子どもにも容赦がなく、必ず頼みを断れなくなるように誘導してくる。だから皐月は凛子に何かをお願いされて断ったことがない。ただ、今晩はカレーを食べたいと頼子に言ってしまったから困った。


「真理は塾とか、勉強は大丈夫なの?」

「塾は基本、土日だけだから大丈夫。でも勉強は全然大丈夫じゃないけどね……」

「じゃあ邪魔しちゃ悪いから、家で食べるよ」

「そういう意味で言ったわけじゃないから。今日はうちで食べてってよ」

 断る理由を探したが、真理にまでそう言われたらもうお手上げだ。

「じゃあ御馳走になってもいい? 凛姐さん」

「もちろんいいに決まってるじゃない。皐月も遠慮するようになったんだね」

「何それ。人のこと何だと思ってたの?」

「子ども」「ガキ?」

 凛子と真理が同時に言った。さすがは母娘、息がぴったりだ。


「ガキって何だよ……。それに俺はもう少年だ。これでも日々成長してるから」

「ごめんごめん。確かに皐月ちゃん、ちょっと男っぽくなってきたかな。真理もそうだけど、みんなどんどん大きくなっちゃうね。何だか嬉しいような、寂しいような……」

「娘の成長くらい素直に喜んでくれてもいいのに」

「そういう親の機微がわからないうちはまだ子供なのよ」

「キビ?」

 皐月でもわかる言葉なのに、真理はわからなかった。

「表に出ない微妙な変化のこと。中学受験の範囲外だから、真理には難しいか」

「なんで皐月がそんな言葉の意味を知ってるの?」

 真理が目を見開いて皐月を見る。

「漢字は結構わかるよ、俺。漢検2級持ってるから」

「2級って大学受験レベルじゃん。あんた、いつの間にそんな勉強してたの?」

「すげえだろ……ってまあ、漢字だけなんだけどね、俺のできる勉強は。それよりちょっと家に電話するね」

 皐月は昨日登録した頼子の番号に電話をかけ、真理の家で夕食を御馳走になると伝えた。頼子の言うには祐希も晩ご飯を外で食べてくるらしく、寂しそうだった。頼子の料理を食べられないことを謝ったが、まだ用意をする前だから大丈夫と逆に気を使われた。

 電話の相手が小百合じゃなく頼子だと分かると、電話を代わってくれと凛子に頼まれた。頼子と直接話して昨夜真理がお世話になったお礼をしたいと言う。

 凛子に電話を代わると、今晩の夕食は昨日のお寿司のお礼だということと、また改めて小百合寮に挨拶に行くということを話していた。


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