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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
33/104

33 宿題代行

 昭和の古びた小百合寮と違い、栗林真理(くりばやしまり)の住むマンションは14階まであり、エントランスも整備されている小奇麗な建物だ。藤城皐月(ふじしろさつき)は以前から真理のマンションを羨ましく思っていた。

 エレベーターに乗り、10階で降りると、渡り廊下から満月に照らされた豊川駅の構内が一望できる。

「いいな、毎日駅が見られるなんて。俺もこんなとこに住みたいよ」

「こんなの何がいいの? そんなに駅が好きだったら皐月も名古屋の中学に行けばいいのに。毎日駅に行けるし、電車だって飽きるほど見られるから」

 真理の部屋は角部屋だ。玄関の扉を開けると明かりがついていた。エアコンも付いていて玄関が涼しい。小百合寮を出る前に真理がスマホで家電の遠隔操作をしていた。

「入って」

 真理に招き入れられた皐月はリビングに通された。真理の家は皐月の家のような炬燵(こたつ)と座蒲団ではなく、ローテーブルとソファーがある。

 真理の母の凛子(りんこ)の趣味なのか、全体的に白っぽく明るい色合いで、シンプルなデザインで統一されている。皐月の部屋のようにごちゃごちゃと物がなく、部屋の中がスッキリとしている。

「適当に座ってて。飲み物持ってくるけど、何か飲みたいものある?」

「冷たいものなら、なんだっていいや」

「じゃあカフェオレにするね。私が飲みたいから」

 部屋のスピーカーから音楽が流れ出した。学校の掃除の時間で聴いたことのある外国の曲のインストゥルメンタルだ。

 曲名はわからないが、こうして改めて聴いていると気持ちが落ち着く。大き過ぎない音量なので、これなら音楽を聴きながらでも勉強ができそうだ。皐月は流行りの曲やボカロ、アニソン、最近では懐メロまで雑多に聴いているが、こういった大人っぽい音楽を聴くのもいいなと思った。


「お待たせ。冷たいものって言ったから、真理ちゃん渾身のコーヒーを淹れられなかったけど、どうぞ」

 コースターの上に氷入りのカフェオレのグラスを乗せてくれた。さっき買った「2種のピーチパフェ」もある。

「無糖コーヒーに牛乳を混ぜただけのカフェオレでごめんね」

 真理は謙遜して言っていたが、混合比がいいのかとても美味しい。パフェは見た目と違わず、めちゃくちゃ美味しい。

「これ食べたら、すぐに宿題しろよな」

「だるいね、宿題って。全然やる気にならない」

「自由研究は俺がやってやるよ」

「えっ……どういうこと?」

「自由研究、困ってるんだろ? いいよ、俺が代わりにやってやる。今日、豊川稲荷に行ったらちょっと不思議なことがあってさ。それで急に調べたい事ができたんだ。自分の好奇心を満たすついでだから、気にすんな」

 この気持ちは本当だった。皐月は今晩にでも豊川稲荷のことを調べようと思っていたくらいだ。

「ネットで調べながらパソコンで原稿書くからさ、プリントアウトしたの写しちゃえよ。俺が書いてやってもいいけど、筆跡で先生にバレるだろ」

「なんか悪いよ、そんなことまでしてもらうの」

「いいっていいって。自分が好きでやるんだから。ところで真理って豊川稲荷に祀られている神様、知ってる?」

「知らないけど……」

荼枳尼天(だきにてん)っていう神様でさ、女神なんだ。すごく怖い神様なんだけどなかなか魅力的でね。それで荼枳尼天のことをちゃんと調べたくなったんだ。最近は秀真(ほつま)に影響されて、オカルトにも興味を持つようになったんだよね」


 オカルト好きな神谷秀真(かみやしゅうま)と仲良くなって以来、皐月もオカルト方面に興味を持つようになっていた。皐月はこの世には不思議なことがたくさんあると、今は素直に受け入れている。

「でも、さすがに代わりに自由研究をやってもらうわけにはいかないって。自分で何とかするよ」

「じゃあ、俺の研究を見せびらかしてやるから、見てくれよ。絶対面白いから。それでそれを真理がパクって、自分の自由研究にしちゃうっていう形にすればいいじゃん。本当なら俺が荼枳尼天の自由研究を提出したいくらいだよ」

「そうすればいいのに」

「でもそうすると、もうやっちゃった自由研究がパアになっちゃうじゃん。まあ、その研究を真理に譲ってもいいんだけど、そうすると先生に真理が鉄ヲタだって疑われちゃうかもしれない。そんなの嫌じゃない?」

「……ありがと。じゃあ甘える」

「うん」


 真理はグラスについた結露をハンカチで拭いた。氷が溶けたのでカフェオレが少し薄くなった。

「ついでに絵も描いてやるよ」

「え〜っ! いいよ、そこまでしてくれなくても」

「ついでだから遠慮するな」

 皐月はカフェオレを一気に全部飲んだ。少し水っぽい味になっていた。

「でも、どうして絵まで描いてくれるの?」

「今日狐塚に行ったんだけどさ、境内が薄暗くてすごく神秘的だったんだ。それでその時の印象をちょっと絵に描いてみたくなってさ。宿題だったら、写生大会じゃないから自由に描いていいはずじゃん。だからちょっと印象派っぽい感じの絵を描いてみたいんだよね。これも俺の趣味だ」

 皐月は千智のTシャツにプリントされていた抽象画に影響を受け、何でもいいから早く絵を描きたいという気持ちになっていた。

「じゃあ、私は皐月の趣味全開のヤバい絵を提出するってこと?」

「嫌か?」

「嫌に決まってるでしょ!」


 真理もカフェオレを一口飲んだ。グラスを持つ姿がすっかり大人っぽくなっていた。

「俺が提出する予定の絵で良かったら真理にあげてもいいんだけどさ、それって鉄道の絵だから、オタク丸出しになっちゃうぞ。自由研究が荼枳尼天なら、絵は豊川稲荷の狐塚の絵で合ってると思うんだけどな」

 水っぽくなる前に真理もカフェオレを飲み干した。

「どうして私にそこまでしてくれるの? そこまでされる理由がないよ」

「そんなの、真理のことが好きだからに決まってるじゃん」

「もうっ! そういうのはいいって」

 真理は口では怒っているようなことを言っても、表情は少し緩んでいた。

「まあ実際のところ、真理のためにするっていうよりも、自分の趣味を満たしたいっていう気持ちが強いかな。だから、これは俺のわがまま」

「でも気が(とが)めるな……これじゃ私だけ楽をし過ぎてるよ」

「いや、気が咎めるのはこっちだし。自分の趣味を押しつけてるみたいで」

 皐月は同好の士が欲しかった。宿題を代行するのは自分の好きなことを真理にも好きになってもらおうという目論見もあった。


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