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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
31/104

31 秋の色種

 親たちが子供たちの写真に見飽き、ようやく場が落ち着いた。これでゆっくり寿司が食べられると、藤城皐月(ふじしろさつき)(ぶり)をつまんだら栗林真理(くりばやしまり)が話しかけてきた。

「私は?」

「ん?」

 口の中にまだ寿司が残っていて声が出せない。

祐希(ゆうき)さんと千智(ちさと)ちゃんは美人だって褒めてもらってるけど、私はどうなの?」

 寿司を一貫食べ終わり、緑茶を一口飲んだ。

「真理は世界一綺麗だよ」

「それって……いつも明日美(あすみ)姐さんに言ってる台詞でしょ」

「あはっ、知ってた?」

「もう……どうせ私は美人じゃありませんよ」

「そんなことないよ。真理だって負けてないって」

「ああ、どうもありがと。なんか気を使わせちゃってごめんね」

「俺が気を使うわけねーじゃん、ば〜か」

 大トロサーモンを食べようとした真理に皐月は小鰭(こはだ)も食べるよう勧めた。

「もっと青魚も食えよ。DHA摂って頭良くしておかなきゃ。この後も勉強するんだろ?」

「どうせ頭悪いよ〜だ! あ〜あ、なんかこの後勉強ダルいな〜」

 真理がへそを曲げているのを察して、すかさず小百合がフォローした。

「真理ちゃんはクールビューティーよ。凛子(りんこ)に似てるから、大人になったらすっごい美人になるわ」

「もういいよ、百合(ゆり)姐さん。ありがとう」


 見え透いたこと言われても全然嬉しくないんだけどな……と拗ねながら真理は皐月に勧められた小鰭(こはだ)を食べた。

(祐希さんにはともかく、千智って子には敵わないな……)

 真理は写真を見た瞬間に敗北感を感じていた。真理はこういう褒め合う展開は苦手なので、話題を変えてきた。

「そういえば豊川稲荷に月花(げっか)もいたみたいだけど、なんで?」

「あ〜、あいつサッカーの練習の帰りなんだって。今日は稲高で練習する日だったみたいで、そういう日はお稲荷さんの中を走って通うんだって」

「意外な組み合わせだなって思ってさ。だってあんたたち、クラスでそんなに仲いいわけじゃないし」

「別に仲が悪いってわけでもないけどな。ただ遊ぶグループが違うってだけだ。それにあいつ、なんか知らんけど俺のことライバル視してるんだって。ブキミ(博紀の弟の直紀)が教えてくれた」

「テストの成績じゃ月花は皐月に勝てないからね」

「そして俺は真理に全然勝てないと……。く〜っ!」

「勉強もしない人に負けたら、私は泣くよ」


 皐月は真理に嘘を言った。月花博紀(げっかひろき)が皐月をライバル視しているのは、弟の直紀の言葉から推察すると、博紀のファンクラブに入っていない真理が皐月と仲がいいからだ。勉強でもスポーツでも何でもできる博紀にしてみれば、自分よりも勉強のできる奴同士がつるんでいるのが面白くないのだろう。

 ただ、皐月の懸念事項がまた増えた。今日の狐塚での様子だと、博紀はどうやら祐希に気があるらしい。そうなると祐希と同居している皐月に今まで以上に突っかかってくるはずだ。

「博紀君ってファンクラブがあるんだってね。真理ちゃんは博紀君のファンクラブに入っているの?」

「そんなの入ってるわけないじゃない!」

 軽く流せばいいのに、ムキになって否定している。真理にはスルースキルが欠けている。

「でもあれだよな、クラスの女子ってほとんど博紀のファンクラブに入ってるよな? 筒井ですら入ってるんだぜ」

「あの子はファンクラブ会長の松井さんの親友だから付き合いで入ってるだけよ。ナニナニ、気になるのかな?」

「筒井さんってどんな子なの?」

「皐月の隣の席の子で、狸みたいな顔でカワイイの。彼女、皐月のことが大好きなんだって」

「へえ……。皐月ってモテるんだね」

 祐希は笑ってはいるが、どこか冷めているようにも見えた。

「あいつ、気持ちを隠そうとしないからまわりにバレバレなんだよな。みんなして俺たちをくっつけようとするし」

「あんただってどうせ悪い気してないんでしょ?」

「悪い気してるよ! それに筒井だって気を悪くするぞ。だいたい俺が筒井とくっつくわけないじゃん」

「なんでくっつくわけないのよ?」

「だって俺には真理がいるじゃん」

 皐月の言葉に真理だけでなく、祐希までもが固まった。

「そういう軽薄な性格、直した方がいいよ」

 真理は機嫌が直ったのか、これ以上突っ込んだ話をしてこなかった。それよりも、祐希がなんとなく怒っているようで気になる。祐希は真理のことを興味深く見ているようで、どこか表情が暗い。空気が重くなった。

 皐月だって恋愛に興味がないわけではない。むしろ今日一日で恋愛に目覚めてしまったかも、と思い始めている。祐希と千智という魅力的な女性と出会って心が穏やかであるはずがない。


 小百合と頼子は話をやめ、お酒を飲んだり寿司を食べたりしながらこっそりこっちの話を聞いていた。皐月がアイコンタクトを送ると、小百合は気付いてくれた。

「ねえママ、何か三味線弾いてよ」

「芸妓の百合姐さんに無料(ただ)で三味線を弾けって言うの?」

「今は芸妓の格好してないから、ただのおばさんじゃん。『秋草の〜』だっけ、よく検番で弾いてるやつ。あれ好きなんだ」

「『秋の色種(いろくさ)』ね。全部だと長いな……。まあいいわ、ダイジェストで()ってあげる。ちょっと待っててね」

 小百合は席を立って隣の部屋へ三味線を取りに行った。途中、皐月の頭をぽんっと叩いた。玄関のそばの楽器を置いてある棚から三味線ケースを取りだし、元いた席に戻って準備を始めた。

「祐希って三味線聴いたことある?」

「テレビか何かで少しくらいなら聴いたことがあるけど、こうやって目の前で演奏を見るのは初めて。すごく楽しみ」

「よかったら三味線教えてあげるよ、祐希ちゃん」

「本当ですか? ぜひお願いします」

 調弦を済ませ、演奏を始めた。前弾きの旋律が秋を感じさせるのは夜に涼しい部屋で聴いているからか。皐月はこの寂しくも美しいメロディーが大好きだ。

 小百合は自分の好きなところだけ演奏したり歌ったりして場を和ませてくれた。小百合は頼子とばかり話すのをやめ、祐希や真理にも心を配るようになった。頼子も皐月と早く打ち解けようと、たくさん話しかけてくれた。これから皐月は迷惑にならない程度に、頼子にも甘えようと思った。


 夕餉(ゆうげ)も終わり、真理はこの後も勉強があるからと、家に帰ることになった。真理の家は隣町だから近いけれど、夜道だし皐月が送って行くことになった。

「今日はごちそうさまでした。久しぶりに百合姐さんと食事ができて楽しかったです。三味線もすごく良かった!」

「またいつでもいらっしゃいね」

「じゃあ俺送ってくるわ」

 外に出ると涼風が吹いていて、思ったよりも気持ちよかった。『夏は夜』と清少納言が枕草子に書いていたが、皐月も夏の夜が大好きだ。

 家の前から商店街に出るまでは街灯がないので少し暗い。薄闇の中で見る人の顔はどうして美しく見えるのだろう。真理がいつもよりもいい女に見える。真理にも自分が男前に見えているだろうか……そんな甘いことを考えながら皐月は真理を見つめていた。


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