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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
29/104

29 夏の夜の宴

 現在の小百合寮では居間にある長方形のテーブルが食卓になっている。

 長辺に栗林真理(くりばやしまり)藤城皐月(ふじしろさつき)が隣に座り、その対面に及川祐希(おいかわゆうき)と祐希の母の頼子(よりこ)が座った。この日は短辺には皐月の母の小百合(さゆり)が座った。

「じゃあ頼子と祐希ちゃんの歓迎会を始めましょうか。これからみんな一緒に小百合寮で暮らすことになるわけだから、お互い気になることは何でも遠慮なく聞いてね。祐希ちゃんや真理ちゃんもね。特に皐月」

「えっ、俺?」

「あんたが一番気を使って遠慮しそうだからね。真理ちゃんも勉強で忙しいかもしれないけど、昔みたいに来たい時はいつでもうちにおいで」

「百合姐さん、ありがとう。正直助かります」

「じゃあ、かんぱ〜いっ!」

 小百合と頼子はビールで、未成年三人は黄味がかった炭酸飲料でグラスを合わせた。一口飲んだ皐月がむひゃ〜って顔をした。

「何これ?」

「ジンジャーエールにしたんだけど、皐月には刺激が強かった?」

「甘いと思ったからちょっと驚いただけ。でも、なんでジンジャーエール?」

「回転寿司でジンジャーエールの中にガリが入ってるのがあってね、美味しかったの。だから家でもちょっとやってみようかなって思って」

「じゃあビールなんか飲むなよ」

「大人はとりあえずビールなのよ」

 小百合は仕事ではお酒を飲むが、家では滅多にお酒を飲まない。この日は歓迎会なので寿司を頼んで、ちょっとした宴席になっていた。小百合は祝いの場では酒を飲む。


 皐月は珍しく玉子から手をつけた。いつもなら最初に大好きなトロから食べ始めるが、今日は頼子の目を気にしてバランスを考えるようにした。

「俺、やっぱり緑茶の方がいいや」

「私が取りにいくよ、百合姐さん」

 真理はこの家の勝手を知っているので、小百合はお茶を真理に任せた。

「祐希ちゃんにはいろいろ迷惑かけちゃいそうね。皐月はともかく、真理ちゃんはとってもいい子だから安心して」

「皐月はともかくって何だよ。俺、超いい子じゃん!」

 この場にいる三人の女性たちが一斉に笑った。

「皐月ちゃん、かわいいね。小百合の育て方が良かったんだろうな」

「頼子のこと困らせないか心配なのよ〜」


 皐月のスマホから名鉄のパノラマカーのミュージックホーンが鳴った。入屋千智(いりやちさと)からのメッセージの着信音だ。家に着いたことと、ちょっと長めの文章で今日のお礼が書かれていた。少し遅れて祐希のスマホにもメッセージの通知音が鳴った。

「あんた、私と真理ちゃん以外にメッセージのやりとりをしてる子なんていたの?」

「うん……」

「誰?」

 真理が電気ポットとお茶っ葉と湯呑と急須をお盆に載せて持って来た。話が聞こえていたのか、皐月の背後から真理がスマホを覗き込んできた。

「チッチ(千智)?」

「ちさとちゃんだよ」

 皐月の代わりに祐希が答えた。

「さっきまで千智ちゃんたちと4人で豊川稲荷を観光してたの。千智ちゃんは皐月の友達なんだって。私も千智ちゃんと友達になっちゃった」

「千智って子、稲荷小学校にいたっけ?」

「五年生だから、真理が知らないだけだ」

「ふ〜ん。皐月は5年生の女の子なんて知ってるんだ。ずいぶん守備範囲が広いのね」

 真理がまだ誰も手をつけていない大トロをつまんだ。


「皐月、あなたガールフレンドなんていたの?」

「女の友達なんていっぱいいるよ。そんなの別に普通じゃん」

 皐月がムキになっているのを見て頼子が面白がっていた。

「祐希ちゃんが4人でって言ってたけど、あとの一人って誰なの? その子もガールフレンド?」

博紀(ひろき)だよ」

「あ〜、博紀くんね。ねえ頼子、この博紀くんってすごくモテるんだって。なんでもファンクラブまであるそうよ」

「あらそうなの。でも皐月ちゃんもきっとモテてると思うよ」

「モテなくたっていいのよ。男なんて女からチヤホヤされるとロクなことがないんだから」

「モテたほうがいいじゃない。小百合、嫉妬してるの?」

 真理が大トロを食べたのを見て、皐月も我慢できなくなって大トロに手をつけた。

「大トロ超うめぇっ! こんなトロ、食べたことないや。回転寿司だと高いし、もっとショボいよね」

「もう、恥ずかしいこと言わないでよ! ほんとにもう……頼子、ごめんね。うちの息子、バカで」


 小百合と頼子はビールを飲みながらおしゃべりを楽しんでいた。頼子は小百合と違ってお酒が強いらしく、もう日本酒に移行している。小百合はジンジャーエールにガリを入れて飲み始めた。大人は大人同士に任せて、こっちは自分が話をしないといけないなと皐月は思った。

「そういえば真理にまだ祐希のことをちゃんと紹介してなかったな。祐希はソフトボールやってたんだって」

「雑! 全然ちゃんと紹介してくれてないじゃない」

 祐希がほっぺたを膨らませて怒っている。年上の高校生だけど、かわいいなと思った。

「祐希さんってこっちの高校に転校してくるの?」

「ううん。今通ってる新城(しんしろ)の高校にここから通うの」

「ここからだと高校まで遠くない?」

「前住んでいたところが湯谷(ゆや)温泉より山奥だったから、学校まで1時間以上かかってたの。ここからだと駅が近いからもっと早く行けるんで、だいぶ楽になるよ」

 この話は皐月も初めて知った。豊川なんかに引っ越してきて学校が遠くなるのかと思っていたが、近くなるとは思わなかった。


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