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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
28/104

28 同級生の娘

 藤城皐月(ふじしろさつき)及川祐希(おいかわゆうき)は豊川稲荷から家に戻って来た。

 玄関の軒下にある「小百合寮」と書かれた小さな行燈(あんどん)看板に明かりが灯っていた。玄関周りは本物の旅館ほど明るく華やかではないが、元旅館の建物だけあって雰囲気はある。

 格子戸を開け、「ただいま!」と言いながら玄関に入ると、三和土(たたき)には見慣れないオフホワイトのグルカサンダルがあった。

「これ祐希の?」

「違うけど……素敵なサンダルだね。甲が編み込まれていて歩きやすそう」

 和室障子をすりガラスにした引き戸を開けると、居間には皐月の母の小百合(さゆり)と祐希の母の頼子(よりこ)が食事の支度をしていた。

 隣の部屋の台所から醤油差しと小皿を持って、ソフトパープルの服を着た女の子が出てきた。彼女は皐月の幼馴染の栗林真理(くりばやしまり)だ。


「おかえり」

 真理が手を振って皐月たちを迎えてくれた。

「なんで真理がここにいるんだよ」

「いちゃ悪いの?」

 真理はラベンダーの小ぶりのチェックのキャミソールワンピースにパープルのフレンチスリーブTシャツのコーデだ。皐月は上品で大人っぽい真理にドキッとした。

「そんな言い方しちゃいけません! せっかく真理ちゃんが来てくれたんだから」

 皐月が母の小百合に叱られると、真理にクスクスと笑われた。

「百合姐さんがお寿司食べにおいでって、誘ってくれたから来たんだよ」

「さっき検番(けんばん)凛子(りんこ)と会ったのよ。よかったら凛子もうちにおいでって言ったんだけど、今日は明日美(あすみ)と一緒のお座敷に呼ばれてるんだって。じゃあ真理ちゃんだけでもおいでって誘ったの。私も久しぶりに真理ちゃんと会いたかったからね」

「ありがとう、百合姐さん。会いたかったなんて言ってもらえて嬉しい!」


 皐月と祐希が豊川稲荷へ遊びに行っている間に、小百合は芸妓(げいこ)の百合として新弟子の頼子を連れて検番に行っていた。そこで芸妓組合長の京子に引っ越しが終わったことを告げ、検番にいた芸妓の凛に頼子のことを紹介した。

 頼子の話は百合から凛へすでに伝えられていた。頼子にも凛の家の事情を伝えてあり、凛の娘の真理のことも、皐月と同じように面倒を見てもらえないかという話もした。

 凛は頼子に真理の世話を仕事として依頼したが、頼子は真理の好きな時に小百合寮で一緒に食事をとる程度のことなら、仕事抜きでもいいと快諾した。

 京子は頼子を正式に芸妓組合に所属する芸妓として登録をした。凛へ頼子を会わせるよりも、頼子の登録の方が本来の目的だった。


 小百合は真理のことをいつも気にかけている。凛子は小百合ほど母性が強くない。凛子が真理を家に一人にして恋人と会っていることを快く思っていない。

「真理ちゃん、ちゃんとご飯食べてる? 凛がお座敷の日はひとりでご飯なんでしょ?」

「大丈夫。いつも好きなお弁当買ったり、お店で食べたりしてるから。皐月ほど上手じゃないけど、たまには自分でも料理を作ったりしてるし」

「明日美とお座敷だったら、凛は今日中には帰って来られないかもしれないわね」

「いいよ、帰って来なくても。私は一人の方が気楽だから。それに、無理して真夜中に帰って来られても、どうせ私は寝ていて気付かないし」


 皐月は検番で明日美から聞かされたネグレクトという言葉を思い出した。夜職の母を持つ子にとってはやるせない言葉だ。

「うちのおばあちゃんの具合が悪くなってから全然面倒見てあげられなかったけど、これからは遠慮なくうちにご飯食べに来てくれていいからね。さっきも話したけど、頼子にちゃんとお願いしてあるから」

 皐月たちが帰ってくるまでの間に真理と小百合と頼子で何かを話していたようだ。

「いつ家に来てくれても大丈夫よ。ご飯はたくさん作っておくからね」

 頼子は真理に気を使わせないよう、優しい笑顔で語りかけた。

「そんなことされたら私が来なかった時、ご飯余っちゃうよ?」

「いいのよ、そんな心配しなくても。余ったのは私と小百合で次の日の朝食にしちゃうから」

「そうそう。次の日はいつも前の日のおかずを食べているんだから、いつもと変わらないよ」

 小百合と頼子は大人なのに、学校の友達同士のように仲良く見えた。そんな元同級生の二人を見て、皐月は気持ちが和んだ。


 見知らぬ女の子が家にいたせいか、祐希は家に帰ってからずっと緊張しているように見えた。だが、母の頼子や真理の振舞いを見て安心したのか、ようやく表情から固さが消えた。

「ねえ皐月、真理ちゃんのこと紹介してよ」

 祐希が皐月にそっと耳打ちをした。

「ああ、そういえば祐希は真理のこと知らないか……」

 皐月は祐希を真理のところまで連れて行き、二人の間に立った。皐月と真理の背の高さは同じくらいだが、祐希は二人よりは少し背が高い。

「真理はね、幼馴染で同じクラス。祐希は高校三年生」

「それだけ?」

「後はお寿司を食べながら話せばいいじゃん。真理は祐希のこと頼子さんからある程度のことはもう聞いてるんだろ?」

「高校生ってことしか聞いてないよ」

「あ、そうなんだ。でもまあ、とりあえず立ってないで座ろうよ。さっきまでずっと外歩いていたから疲れちゃった」

 皐月が一人でさっさと居間のテーブルについて座ると、真理と祐希も皐月にならって座った。

「真理ちゃん、よろしくね。皐月っていつもこんな感じ?」

「ん〜、今日はちょっとテンション高めかな」


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