27 将来の禍根
年長者の及川祐希の一声で四人は狐塚を後にした。月花博紀は自転車には乗らず、引いて歩いていた。
四人とも話したい事はたくさんあるはずなのに、みんな押し黙っていた。それはそれぞれの想いを胸の中にしまっておくかのような沈黙だった。
夕風は涼しかった。風が千本幟をはためかせる中、四人はさっき来た道と別の参道から境内に戻った。通天廊の下をくぐり、錦鯉のいる庭の池にかかった橋を渡って大本殿前の広い境内に出た。
「なんか明るくない?」
驚いたことに、そこは時間が巻き戻されたかのように明るかった。
「家に帰ったら、もう9月になっていたりして」
あと二日で夏休みも終わる。日が短くなってきたとはいえ、午後六時を過ぎてもまだ明るい。さっきまでの暗さは一体何だったのだろうか。藤城皐月は自分の言った冗談が冗談でないような気がしてきた。
「狐に化かされちゃったね」
祐希と入屋千智は無邪気にはしゃいでいるが、博紀はそれこそ狐につままれたような顔をしていた。
「今まで何度もここで日が暮れるまで遊んでいたけど、こんなこと初めてだよな」
「そうだな。なんか今日のお稲荷さんって変な感じがしてたけど、お前気がついていた? 博紀」
皐月は博紀と会う直前に妙な気配を感じていた。その直前に豊川稲荷の都市伝説の話をしていたので、その時はそのせいで変な気持ちになっていたと思っていた。
「気持ち悪いこと言うな……。そういやさっきお前、狐塚でビビってたよな?」
「お前、怖くなかったのか?」
「全然。俺はむしろ中に入りたかったぜ。面白そうだったじゃん」
いつも学校では大らかで余裕がある博紀だが、今日も皐月には妙に突っかかってくる。博紀なりに何かを感じていて、苛立っているのかもしれない。
皐月はさっきの博紀に会ってから狐塚を出るまでの異変が何だったのかを考えてみた。
荼枳尼天の眷属が豊川稲荷の都市伝説を発動させないように、男と女がこんなところにいるべきではないと追い返そうとしたのではないか。
もしこの仮説が正しいとしたら、荼枳尼天からの警告を無視したことになる。もしかしたらこの日の出来事は将来の禍根になるのかもしれない。
「あーっ! 私、全然写真撮ってない!」
突然、祐希が大きな声をあげたので、皐月の思考はここで途切れてしまった。
「まだ明るいから、みんなで写真撮ろうよ」
祐希の提案で、四人が四人ともスマホを取りだした。みんなそれぞれにこの日の思い出を残しておきたいと思っていた。
最初は大本殿をバックに思い思いの風景写真を撮っていた。そのうちに祐希が皐月と博紀のペアの写真を撮りたいと言い出したので、皐月と博紀は写真を撮らせてやった。祐希はとても喜んでいたが、皐月も博紀も男同士で、少し照れ臭かった。
皐月は博紀のスマホで祐希と二人の写真を撮ってやった。この写真は博紀の宝物になるはずだ。照れる博紀の顔なんてあまり見る機会がないので、貴重な写真になると思い、皐月も自分のスマホで二人を撮影した。
千智は祐希に皐月と二人の写真を撮ってもらいご機嫌だった。皐月と千智はそれぞれのスマホで自撮り写真をたくさん撮り、お互いのスナップ写真も撮った。
博紀が弟の直紀のためにと、千智の写真を撮らせてもらえないか頼んでいたが、拒否されていた。千智は博紀に対して警戒心を抱いている。博紀が皐月のところにやって来て、後で千智の写真を送ってくれないかと頼んできたが、皐月は拒否した。
参拝者がいれば四人の写真を撮ってもらおうと思ったが、誰もいなかったので、最後にみんなのスマホをセルフタイマーにして、集合写真を撮った。
四人は総門の前まで戻って来た。博紀は自転車に乗って先に帰った。千智も自転車を引っ張ってきて帰ろうとしていたが、表情が暗かった。
「二人は今から同じ家に帰るんだね……」
バイザーを下げ、キャップを深くかぶって顔を隠した。
「ちょっとこっち来て」
祐希は皐月に千智の自転車を持たせ、千智の手を引いて皐月から遠ざかり、物陰へ連れて行った。
祐希は千智の耳を手で覆って内緒話をし始めた。「ほんと?」という千智の大きな声が聞こえた。二人でゴニョゴニョ話しているうちに千智は元気を取り戻したようだ。「かわいーっ!」と叫びながら祐希が千智に抱きついていて、二人でスマホを取り出して何かをし始めた。
あまり二人をジロジロと見てはいけないと思い、皐月は千智の自転車にまたがりながら総門から門前通りをぼんやりと眺めていた。目の前の土産物屋が次々と店を閉め始めるところだった。今度こそ本当の日暮れだ。
「帰ろうか、皐月」
「二人で何してたんだよ?」
「アカウントの交換してたの。千智ちゃん、私の豊川での最初の友達になってくれるって」
千智はすっかり祐希に懐いていて、べったりとくっついていた。クールな見た目とは裏腹に相当の甘えん坊だ。
「今度部屋に遊びに来てって言われたけど、祐希さんの部屋って先輩の家だよね。遊びに行ってもいいの?」
「もちろんいいよ。遠慮すんな。でもたいしたおもてなしはできないかもだけど」
「私がちゃんとおもてなしするから大丈夫。もっとも、私がいない時に来たらどうなるかわからないけどね」
また祐希がいたずらっぽく笑っている。
「千智、もうだいぶ暗いし一人で帰れる?」
「大丈夫だよ。昔行ってた塾の帰りなんて、もっと遅かったし」
「そうか。じゃあ、気をつけて帰ってね」
「家に着いたら知らせるよ」
皐月と祐希は二人で千智が自転車に乗って帰るのを見送った。一度だけ千智は自転車を止め、振り返って二人に手を振った。
「バイバ〜イ」と言いながら大きく手を振る祐希を見て、皐月は高校生も小学生とたいして変わらないと思った。