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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
26/104

26 霊狐塚に常夜燈が灯る時

 藤城皐月(ふじしろさつき)入屋千智(いりやちさと)は豊川稲荷の最奥部の狐塚へ向かう道中、狐の門番の間を何度も通り抜けた。闇に沈もうとしている霊狐塚(れいこづか)は足を踏み入れるまでは怖かったが、奥に進むにつれて不思議と怖さが消えていった。

 右へ道なりに曲がると薄明るい空間が現れた。遠くに赤い花のようなものが浮かんで見えた。この石柵で囲まれた領域が霊狐塚だ。

「うわ〜、凄っ!」

 数百体の狐の石像がこちらを向いて座っていた。この光景は圧巻だ。赤い花のようなものは狐に掛けられている赤い前掛けだった。前掛けが石像とのコントラストで眩しく見え、かわいらしい前掛けがおどろおどろしい霊地特有の雰囲気を和らげている。


「中、入ってみる?」

「いいの? 中に入っても」

「うん、一応いいってことになってる。でも、こういう霊的な場所に入ってもいいのだろうかっていう、畏れる感覚はすごく大事なんだ。千智がなんとなく感じたように、昔は狐塚の中って勝手に入っちゃいけなかったんだ。今は参拝客に開放されて自由に入れるようになったけど」

 言いながら、皐月は千智に責任を押し付ける言い方をしているのに気がついた。自分も狐塚を畏れているのかもしれない。

「う〜ん。中には入らなくてもいいかな、今日は。先輩と一緒でも、やっぱりちょっと怖い」

「お昼の明るい時だとね、狐たちもなかなかかわいいんだよ。一体一体顔も違っててさ、イケメンもいれば変な顔したやつもいるし。狐に触らないよう気をつければ、中に入っても大丈夫だよ。俺も入ったことあるし」

 皐月は普段、明るい時にしか狐塚には来ない。暗い時に来るのは子供の頃の肝試しで懲りた。


「千智も近くに住んでいるんだから、またここに来ればいいよ」

「来ればいいって、なんでそんな言い方するの? 一緒に来てくれないの?」

「あ、ごめん。言い方が悪かった。もちろん、必ずまた一緒に来よう。たださ、カップルで豊川稲荷に来ると別れるっていう噂を思い出しちゃったから、つい気になっちゃって」

「何を今さら……もうカップルで来ちゃってるよ。じゃあこれってアウトってこと?」

「あ〜そっか。二人で抜け出して来ちゃったから、今の俺たちってカップルってことになるのか」

 もう支離滅裂だ。みっともない姿を見せたくないと思いながら、どんどん墓穴を掘っている。


「も〜っ! そんな変な話、信じないでよ。それにバスケで遊んだ後、今度一緒に豊川稲荷に行こうって誘ってくれたじゃない」

「あのときは噂のこと、すっかり忘れてたんだよ」

「じゃあ覚えてたら誘ってくれなかったってこと?」

「そんなの……豊川稲荷以外のどこかに誘ってたに決まってるじゃん!」

 千智がぐっと身を寄せてきて、バイザーの下から覗き込むように皐月を見上げた。

「藤城先輩、私と別れたくないって思ったんだ」

「そんなこと言ったっけ?」

 皐月は少し身体を離し、照れ隠しにそっぽを向いた。

「語るに落ちるって知ってる? 皐月先輩」

「難しい言葉を知ってるんだね」

「あれ? もしかして私のことバカだと思ってた? こう見えても勉強は得意だよ」

「そっか……千智って賢いんだ」


 人魂のような燈火とともに月花博紀(げっかひろき)及川祐希(おいかわゆうき)が二人乗りをして自転車でやって来た。

「あ〜っ! 若い二人がイチャイチャしてるぅ」

 皐月と千智は手を離し、パッと身体を離した。

「ババアみたいなこと言うなよ、祐希」

 自転車を降りた祐希は博紀を見て、いたずらっぽく言った。

「ねえ、私のことババアって言ったよ。皐月ってひどいよね、博紀君」

 博紀は困惑した顔になった。

「こんなの絶対、直紀には話せないな……」

 皐月と千智の間に割り込んできた祐希は二人の肩に手をまわした。

「ひゃ〜っ、凄い数の狐! 異世界感半端ないね! 皐月たち、もう中に入ったの?」

「ううん、入ってないよ」

「じゃあ、一緒に入ろうよ」

「俺、パス」

「え〜っ、なんで?」

「博紀と入ればいいじゃん」

 博紀と仲良くなりすぎている祐希に皐月は軽いジェラシーを感じていた。

「皐月〜。本当は怖いんでしょ?」

「あ〜、怖い怖い。もう、おしっこちびっちゃいそう」

「千智ちゃんも怖いの?」

「私もちびっちゃうかも」

「マジか!」

 祐希はケラケラと笑ってはいたけれど、皐月と千智の様子を見て、さすがに何かがおかしいと感じたようだ。


 常夜燈に明かりがついた。ただそれだけのことで、この霊場の空気が柔らかくなった。

 淡い明かりに照らされた狐の像は幻想的で美しかった。妖気が消えたかな、と感じた。だからといって皐月は狐塚の中に入る気にはなれなかった。

「祐希さん、俺が中を案内しましょうか」

 博紀にはこの微妙な空気が読めないようだ。だが、それが悪いわけではなく、良い方にはたらくこともある。

 博紀は女の子に媚びることを言うような奴ではない。だが、この非日常的な薄暗がりの中、夥しい数の狐に見つめられているうちに平常心でいられなくなったのかもしれない。博紀が祐希に魅入られているのは間違いない。

「私も今日はやめておこうかな。明かりがついたから、もう夜だ。みんなで帰ろう!」


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