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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
24/104

24 イケメン

 月花博紀(げっかひろき)は6年4組の女子の人気を一身に集めるイケメン野郎だ。ユニフォームを着た博紀はサッカークラブの帰りだった。学校の体操服と違ってクラブのユニフォーム姿が格好いい。

 藤城皐月(ふじしろさつき)は最近あまり博紀とつるんで遊んでいないが、博紀もまた一緒に豊川稲荷で競輪をした悪童仲間だった。皐月は博紀に手招きされた。

「なんだ、博紀。サッカークラブの帰りなのか?」

「ああ。今日は稲高(豊川稲荷高校)のグラウンドでの練習日だ。それよりお前、女連れて何してんだ?」

 博紀は話の後半で声をひそめた。ということは、及川祐希(おいかわゆうき)入屋千智(いりやちさと)に話を聞かれたくないだ。つまり、この二人に興味があるというわけだ。

「豊川稲荷の案内だよ」

「観光客?」

「いや、友達……かな」

「友達って、女じゃないか。どういう関係なんだよ?」

 最近の皐月に対する博紀の言葉には(とげ)のあることが多い。これは弟の直紀(なおき)の言うとおり、博紀の嫉妬なのだろう。皐月は博紀に対して女子を連れていることの優越感と、ヤキモチを受け止める煩わしさで疲れてきた。


「じゃあ彼女たちのこと紹介するわ」

 皐月はわざと彼女という言葉を使った。女子のことを彼女と言うは小六男子はいないので、これは博紀に対する精神的な威嚇になる。

 博紀にしては珍しく、のそのそと自転車を降りた。皐月は博紀を祐希と千智のところまで連れてきた。

「紹介するね。彼は月花博紀。俺と同じクラスで、同じ町内の幼馴染」

「こんにちは」

 いつになく博紀が硬くなっているように見えた。皐月は博紀のこんな姿をあまり見たことがない。

「彼女は入屋千智さん。小五で直紀と同じクラスだってさ」

「直紀がいつもお世話になってます」

「お世話だなんて、そんな……」

 千智はキャップを取らなかった。バイザーに隠れた表情にかすかな警戒心が見て取れる。

「先輩、私と月花君が同じクラスだって知ってたの?」

 千智が耳元で小さな声で問い詰めてきた。

「千智と学校から出るところを直紀に見られたんだ。その後、直紀が教えてくれた」

「そっか……。見られてたんだ」

 皐月には千智が最初に示した警戒感が直紀に対してなのか、博紀に対してなのかがわからなくなった。だが、博紀の前でこれ以上、直紀絡みの話をしないほうがいいと思った。


「こっちのお姉さんは及川祐希さん。高校三年生。彼女のお母さんが今度うちの親のお弟子さんになってくれて、お母さんと一緒に俺の(うち)に住み込むことになったんだ」

「はじめまして、及川です。皐月がいつもお世話になってます」

「いや、こちらこそ……」

 祐希のいたずら含みの返しに博紀がどぎまぎしている。祐希は博紀を見ながらとても嬉しそうにしていた。

 皐月はファンクラブの女子たちにチヤホヤされている博紀しか知らないので、祐希に軽くあしらわれている博紀を見ると胸がすく思いがした。

 皐月は祐希の人をからかうような態度にはムカついているが、それでもいじられたいと思うところもある。そのアンビバレンスに揺れるのが妙に楽しいことを知ってしまった。

 博紀も自分と同じ感情を抱くのだろうか。もし博紀も自分と同じだとしたら、皐月はちょっと穏やかな気分ではいられない。


「博紀君、サッカーやってるんだ」

「こいつ超上手いよ」

「いや、全然……俺より上手い奴なんていくらでもいますから」

 人は褒められると本性が出る。そう思って皐月は博紀のことを持ち上げたが、博紀は謙虚ないい奴だった。

「サッカー楽しい?」

「楽しい……かな。つらい時もありますが」

「スポーツなんだから、つらい思いなんてしないで、楽しむだけでいいよ。あっ、でもサッカークラブなら勝たなきゃいけないか。クラブってそういうところだよね」

「……そうですね」

 いつも爽やかな笑顔を振りまいている博紀にしては弱弱しい笑顔だ。皐月は博紀が辛い思いをしながらサッカーをしていることを、この時初めて知った。


 博紀は何かの自己紹介文で「将来の夢はプロサッカー選手」と書いていた。しかし、今みたいな顔をするようでは、もう夢を諦めているのだろう。

 博紀と同じクラスになってからはキラキラしたところばかり目に付いていたので、皐月はこんな弱みを見せる博紀を見たことがなかった。

「ごめんね。変なこと言っちゃって。勝利を目指すんだったら、つらくても我慢しなきゃいけない時だってあるよね。苦手の克服とか技術や体力の向上とか」

「及川さんも何かスポーツやってたんですか?」

「ソフトボール部だったよ。私の高校は全然強くなかったけどね。特に勝ちにこだわっていたわけじゃなかったけど、練習はキツかったな……。確かに楽しいばかりじゃないね」

 祐希が笑うと博紀の表情がほぐれてきた。博紀はクラスで女子に笑顔を向ける奴ではないので、ファンクラブの女子が見たら悔しがるだろう。

 皐月は祐希の博紀に向けるような笑顔がまだ自分には向けられていないことに気が付いた。祐希を見ていると、博紀を取り巻く女子たちに通じるものを感じる。イケメンを前にした女子なんて、まあこうなるわな……と白けた気分になった。


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