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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
23/104

23 逢魔時

 ここから先は狐塚(きつねづか)と奥の院だ。

 奥の院へ続く参道の両側には豊川稲荷名物の千本幟(せんぼんのぼり)という幟旗(のぼりばた)が壁のようにずらりと並んでいる。今までの境内は開放的で明るく、陰陽でいえば陽だったが、この先にある堂塔伽藍は全て森の中の神秘的なエリアにあって、陰といえよう。

 及川祐希(おいかわゆうき)入屋千智(いりやちさと)がいつまでも大本殿の脇で二人で遊んでいそうだったので、藤城皐月(ふじしろさつき)は順路に沿って先に参道に下りて二人を待つことにした。


 階段を下りると、大本殿から続く高架になっている通天廊の下を歩く参道がある。ここから奥へ入ったところが、豊川稲荷で皐月の一番好きなエリアだ。

 だがこの時間帯のこの場所は、いつ来ても無邪気になれない空気を感じる。緊張感を持ちながらまわりを見ると、木漏れ日が陰に溶けていて、黄昏が深まりつつある。昼でも薄暗い奥の院への参道は妖気さえ漂い始めている。

(今日はなんかいつもと違う?)

 皐月は胸騒ぎがした。それは霊的な怖さではなく、女子をここに連れてきたことで見舞われる将来への不安なのかもしれない。

「この先はまだ長いし、今日はもう遅いからまた今度にしない?」

「えっ? もう終わるの?」

 祐希は明らかに物足りなさそうな顔をしていた。夕食の時間にはまだ早い。もう遅いなんて言っても説得力がないのはわかっていたが、皐月は無理を通そうとした。

「私さっき一通り見てきたけど、見るところはまだいっぱいあるよ。でもゆっくり回っていたら暗くなっちゃうかもしれない」

「そうそう。こういうところは暗くなる前に帰らなきゃダメなんだよ」

 千智の絶妙なアシストに皐月は目を見張った。千智には自分の望んでいることがわかるのか、と改めて顔を見ると、付き合いの長い相棒のような顔をして微笑んでいた。


 皐月は祐希と千智に逢魔時(おうまがとき)の話をした。

 昼から夜へ変わる時を逢魔時と言い、漢字で書くと「魔に逢う時」で、よくない霊や妖怪(あやかし)に逢うかもしれないから危険という意味だ。また、逢魔時は大禍時とも書き、大きな(わざわい)から、死を連想する。

「だからもう帰らない?」

「私はいいよ。でもまた今度ここに連れて来てね、藤城先輩」

「もちろん!」

 千智はエンパシーが強いのか、返してくる言葉のなにもかもが皐月にはありがたかった。千智と皐月は波長が合う。

「皐月ってもしかして暗いところが怖いの?」

 祐希の言葉にガクッときた。相性のレベルが千智とは違い過ぎる。皐月はまだ祐希には子供扱いされていて、対等に接してもらえない。祐希とは合わないかもしれない気がした。


 子供の頃の皐月はこの先にある霊狐塚(れいこづか)(狐塚)が怖かった。ここで友達と狐塚で肝試しをした話をして、幼少期のトラウマを言い訳にすれば、祐希に帰りたいと思った理由を納得してもらえると考えた。皐月はかいつまんで当時の体験談を話した。

「恥ずかしいんだけど、やっぱり暗いところは怖くて……」

 暗いところが怖いのは事実なので、皐月はここで少し大げさに怖がって見せた。

「今でも怖いんだったらしょうがないね。じゃあ、またにしようか。近いからいつでも来られるし。でもそこまで怖いところだったら、いつか絶対来てみたいな」

 年上の余裕なのか、祐希が急に優しくなった。さっき感じた祐希との相性の悪さと寂しさを、今の祐希の言葉で忘れてしまいそうになった。

「なんかごめんね。俺ってくそダサいわ」

「そんなことないよ。それに藤城先輩、知識がないから話せることないって言ってたけど、全然そんなことないと思う。さっきの荼枳尼天のこととか逢魔時とか詳しく説明してくれたし、本当は物知りでなんでしょ」

 千智からは臆病者と思われても仕方がないと思っていた。だが千智は自分の嫌な予感を汲み取るだけでなく、自尊心も守ってくれた。皐月は今までこんな子に会ったことがなかった。

「ありがとう。でも豊川稲荷の歴史とか由来とか、本当に知らないんだ。でも都市伝説とかオカルト的な話は好きだよ。友達にオカルト好きの奴がいてさ、そいつがいろいろ教えてくれるから、普通の奴よりはそっち方面に詳しくなったかも」

 祐希や千智と話をしているうちに、辺りがさらに暗くなったような気がした。蒸し暑さもいつの間にか感じなくなり、樹々の間を吹き抜ける風がひんやりとしてきた。これは涼風のような爽やかなものとは違う気がした。皐月は早くこの場を離れたかった。


 その時、狐塚の方角から小さな光が仄かに見えた。光が近づくにつれ、それが自転車のライトだということがわかった。皐月たちにかなり近づいたところでスピードが落ち、相手の顔がわかる距離になると自転車が止まった。

「皐月?」

「博紀か?」

 自転車に乗っていたのは同じ町内に住んでいて、同じクラスの月花博紀(げっかひろき)だった。


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