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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
19/104

19 逆光線に包まれて

 及川祐希(おいかわゆうき)入屋千智(いりやちさと)の背後に現れた時、藤城皐月(ふじしろさつき)は成り行きに任せるしかないと思った。

 千智はいきなり背後から声がかかったので、驚いて振り向いた。そこには黒髪の前下がりショートボブが似合う、清楚な女性が立っていた。千智の驚いた顔に皐月は不思議と満更でもない気になった。

「紹介するね。彼女は入屋千智さん。ついさっきまでチャットしてた子」

「はじめまして。入屋です」

 千智はキャップを取り、ペコリと頭を下げた。心なしか千智の顔が強張っているように見えた。

 皐月はキャップを取った千智の顔を初めて見た。フリンジバングの前髪は少しカールされていて、眉ギリギリでナチュラルな印象になっていた。黒紅色のロングヘアーは瀟洒でありながらもカジュアルな美しさを放っていた。

「こちらは及川祐希さん」

「祐希です。こんにちは」


 祐希の千智を見る目が子猫を見た時のような喜びに溢れていた。それは皐月も同じで、自分の彼女を自慢するような浮かれた気分になっていた。だが、こんなにかわいいのに、どうして千智はキャップで顔を隠すのか。

「祐希さんは今日から家に住み込みすることになる、母の新しいお弟子さん……でよかったよね?」

 祐希が芸妓(げいこ)になるのかどうかを皐月はまだ知らない。豊川稲荷の境内を歩きながら祐希に聞こうと思っていたが、この機会に聞いてやろうと、わざと千智に新しい弟子だと紹介した。

「芸妓になるのは私のお母さんだよ。私は高校を出たら就職をするの」

「え〜っ、そうだったの? ママが祐希に三味線教えるって言ってたから、てっきり芸妓になるのかと思ってた」

小百合(さゆり)さん、三味線教えてくれるって言ってくれてたんだ。嬉しいな」

 祐希が芸妓になるかどうかわからなかったので、気持ちのモヤモヤが晴れてスッキリした。


「ねえ、藤城先輩」

「ん、何?」

「先輩ってお母さんのことママって呼んでるの?」

 千智が肘をつつきながら、ニタァと笑っている。嬉しそうで、悪い顔だ。

「そうだよ。皐月はお母さんのこと『ママァ』って呼んでるんだよ」

 祐希と千智は顔を見合わせながらゲラゲラと笑いだした。皐月はムッとして何も言い返す気になれなかった。

「六年生って言っても、皐月はまだ子どもなんだから」

「ママが許されるのは幼稚園児までだよ、先輩」

「おっ、千智ちゃんいいこと言うね」

 初めて会った二人なのに、もう仲良くなっている。自分のことをいじられるのは気に入らないが、何となく感じていた修羅場を脱することができた気がした。


「お母さんをママと呼ぶのは訳があるんだ」

 言い訳だけはちゃんとしておかなければ沽券にかかわると思い、皐月は真面目な顔を作った。

「それは昔からの慣習で、芸妓さんたちはみんな検番(けんばん)京子(きょうこ)さんのことをお母さんって呼んでいてね、俺もそれにならって京子さんのことをお母さんって呼んでいるんだ。だからママのことをお母さんって呼んだら、お母さんが二人になっちゃうだろ。本当のお母さんはママのままでいいんだよ」

 祐希と千智は笑うのをやめた。皐月としては駄洒落のところで笑ってもらいたかった。

「たぶん最初に京子さんと話をするようになってから、ずっとこんな感じでママとお母さんを使い分けていたんだと思う。だからもう、この呼び方に慣れちゃったし、自分のお母さんのことをママって呼ぶのは、俺にとっては必然なんだよ。言い訳、下手かな?」

「そんなことないよ。なんかごめんね、皐月」

「ごめんなさい、先輩」

「いや、別にいいよ。そんな風に反省されちゃうと困っちゃうし。でもさすがに小六でママはないよなって思ってたから、爆笑されてかえって良かったわ。ありがとね」

 千智の顔に安堵の色が広がった。皐月はこんなことで二人のことを責める気はなかったので、千智にホッとしてもらえて自分自身も安心した。


「それより今から豊川稲荷に行くんだけど、千智も来る? もう一回になっちゃうけど」

「誘ってもらえるのは嬉しいけど、私、二人の邪魔じゃないのかな……」

「全然邪魔じゃないよ。ね? 祐希」

「むしろ私の方が邪魔なんじゃないの? せっかく千智ちゃんと会えたのに」

 祐希のテンションがさっきからずっとおかしい。何がそんなに楽しいのか、皐月にはさっぱりわからない。

「そんな……私はたまたま一人でここに来ていただけですから」

「偶然ここで会ったってことがドラマだよね。皐月もそう思わない?」

 どうして女子ってこうやってすぐにからかうようなことを言うんだろう。皐月は少しイラっとした。クラスで一番モテる月花博紀(げっかひろき)なら女子から絶対にこんな扱いをされないだろう。だが、自分はなぜかいつも女子におもちゃのようにされてしまう。


「あ〜っ、もう行こ行こ。三人で行こ」

 皐月は右手に千智、左手に祐希の手を取った。二人の手を引きながら、少し強引に引っ張りながら横断歩道を渡った。総門の前まで来てもまだ手を離さないでいると、祐希と千智は顔を見合わせた。

 千智は男の子と手をつないで歩いたことがないのか、恥ずかしそうにしていた。皐月も女子とこんなことをしたことがなかったので恥ずかしかったが、一度はこういうことをやってみたかった。

 総門をくぐると二人の手を離し、さらに小走りで前に進んで、くるっと二人の方へ振り返った。横に流れた皐月の髪が西日に光った。

「二人と手をつないじゃった。今日はラッキー!」

 この時の皐月は淡い逆光線に包まれていた。千智と祐希は眩しそうな顔をして皐月を見ていた。


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