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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
18/104

18 せっかち

 藤城皐月(ふじしろさつき)のスマホから名鉄の名車、パノラマカーのミュージックホーンが鳴り出した。メッセージアプリの着信音だ。

「ママからかな……」

 及川祐希(おいかわゆうき)の微笑みが大爆笑に変わった。

「皐月ってお母さんのことママって呼んでるの?」

「しょうがないだろ! もうクセになっちゃってるんだから!」

 イライラしながらスマホを見ると入屋千智(いりやちさと)からだった。


 ――入屋です。すぐにメッセージを送ろうと思ったんですけど、初めてのアプリだったから時間かかっちゃいました。引っ越しはもう終わりましたか?


 すぐに返信しようとスマホを触り始めたら祐希が覗きこんできた。

「入屋って子、友達なのになんで敬語なの?」

「あ〜、後輩」

 面倒くさいなと思い、皐月はわざとぶっきら棒に返事をした。

「今時の小学生男子って敬語使うんだ?」

「女子だよ」

「わ〜おっ! なかなか隅に置けないねっ、皐月」

「ちょっと、黙っててくれないかな。今から返信するんだから、邪魔すんなよ」

「はいはい。私はこのあたりのお店を見ているから、終わったら教えてね」

 祐希は豊川稲荷の総門の前の通りに並んでいる土産物屋を見てくるとい、皐月から離れていった。皐月は早く千智に返信しなきゃと焦った。


 ――メッセージありがとう。引っ越しは終わったよ。

 ――お疲れ様です。新しいお弟子さんはいかがでしたか?

 ――いい人そうで良かった。たぶんうまくやっていけると思う。

 ――良かった。藤城先輩を自分に置き換えて考えていたら、ちょっと心配になっちゃってました。

 ――ありがとう。ところで、俺と話す時はこれからタメ口でいいよ。なんか敬語で話されるのって落ち着かなくて。

 ――わかりました。じゃなくて、わかった。

 ――あと、先輩もなくていいや。呼び捨てでいいよ。

 ――じゃあ、藤城!

 ――えーっ!

 ――先輩は付けさせてもらうよ。やめたくないな。


 今日は皐月にとってはめくるめく日となった。千智や祐希のような美少女と一度に出逢い、芸妓(げいこ)明日美(あすみ)にも会えた。運が良過ぎて、後が怖い。


 ――藤城先輩。今、何してたの?

 ――新しいお弟子さんの家族を連れて、近所を案内している。これから豊川稲荷に行こうとしているところ。

 ――私、豊川稲荷にいるよ。藤城先輩に連れてってもらえなかったから、一人で来ているの。


 皐月は少し浮かれていたが、一瞬にして素に戻った。こんなヤバさを感じたのは生まれて初めてだった。

 返信するのを少し遅らせて落ち着きを取り戻すと、悪いことをしているわけではないのに、どうしてこんな気持ちになるのか不思議だった。


 ――今どこにいるの?

 ――入口の門の近くの鐘のあるところ。鳩と遊んでる。

 ――近いね。俺、今総門の前の土産物屋の前。

 ――総門ってどこ?

 ――たぶん千智の言う、入り口の門のことだと思うけど。


 千智からの返信が途絶えた。ずっと即レスしていたので、返信が止まったということは、自分のことを探しに来るのだろう。これから千智と祐希と三人で会うことになると思うと、皐月は緊張でプチパニックになった。

 スマホをポケットにしまって視線を上げると、土産物屋の達磨(だるま)を見ていた祐希と目が合った。チャットが終わったと思ったのか、祐希が皐月に向かって歩き出した。

 総門に目をやると、千智が走って総門から出てきてた。キャップはさっきと違っていたが、レットナのアートがプリントされたTシャツと、デニムのショートパンツがよく似合っていて、相変わらずかわいい。皐月を見つけたのか、千智が大きく手を振ってきた。

「藤城せんぱ〜い!」

 祐希のことが気になったが、皐月は千智に手を振り返した。

 千智は石畳の上を軽やかに駆けて来て、県道495号宿谷川(しゅくやがわ)線の手前で立ち止まった。車が来ないのを確認すると、ダッシュで横断歩道を渡り、皐月のところまでやって来た。息を切らしながら、嬉しそうな顔をしていた。


「さっきぶりだね、千智」

「まさかここで先輩に会えるとは思わなかった」

 千智はキャップを深めにかぶっていたが、皐月のことを見上げていたので表情が良く見えた。近くで見ても千智のビジュアルの良さに変わりはなかった。

「俺が案内する前に、一人でお稲荷さんに来ちゃったんだね」

「へへへ。だって前から豊川稲荷には来てみたかったんだもん。待ち切れなかったの」

「千智はせっかちなんだね」

「好奇心が旺盛だって言ってもらいたかったな」

 皐月はさっきまで明日美や祐希のような年上の女性ばかり見ていたので、小学生の千智にしかない特別な輝きがあることに気がついた。はっきりと言語化できないのがもどかしかったが、こういうのを尊いというんだろうな、と思った。

「皐月、そのかわいい女の子は彼女?」

 いつの間にか祐希が千智の死角になるところにいた。千智の肩越しに見ている祐希と目が合い、皐月の背筋に寒気が走った。祐希はニコニコと穏やかに笑っていたが、皐月はなぜかその笑顔が怖かった。


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