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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
17/104

17 豊川稲荷の表参道

 栄町商店街は豊川稲荷の表参道と交差している。その辻には食堂、カフェ、蒲団屋、酒屋がある。この中で小学六年生の藤城皐月(ふじしろさつき)に縁がある店は食堂だけだ。高校生の及川祐希(おいかわゆうき)にはカフェの話をした方が喜ばれると思ったが、皐月は親の行きつけのパピヨンという喫茶店しか行ったことがない。

「この食堂のソフトクリームが美味しいんだ。ここより美味しいのって食べたことないんだよね。食べてく?」

「今はいいよ。後でお寿司食べるんだから、お腹空かせておかないとね。また今度食べに来ようよ。看板に大きく書いてあるかつ丼とかオムライスも食べてみたいな」

 この日、皐月はまだおやつを食べていなかった。本気でソフトクリームが食べたかったが、祐希に「今はいいよ」と言われたら、食べるのを我慢するしかない。

 表参道沿いには皐月がよく利用する古本屋の竹井書店がある。本が欲しい時はネットではなく、まずここで探してから買うようにしている。

 店番をしている店主の娘が大人なのにかわいいので、皐月はこの店が大好きだ。だが年上の女性を好きなことがバレると恥ずかしいので、祐希には内緒にしなければならない。


 古本屋の向かいには質屋がある。皐月はここで麻雀牌を買った。

「皐月、麻雀なんてするの?」

「このあたりの子はみんな麻雀するよ。雨の日とか暇じゃん」

「ゲームとかしないの?」

「ゲームってゲーム機とかスマホとか? もちろんするけどさ、みんなで遊ぶ時は麻雀とかトランプとかアナログな遊びの方が盛り上がるんだよね。デジタル系は一人で遊ぶ時用かな」

「ふ〜ん。私の周りの男子たちはみんなスマホとかで遊んでる」

 表参道は普通の商店街と違って、掛け軸や人形、占いや鍼灸など変わった店が多い。

「俺、ここの床屋で髪を切ってもらってるんだ」

 レトロを狙っていないのに、ものすごく味わい深い理髪店がある。そこはただ古いだけなのだが、設備や調度品が大切に使われていて、隅々まで手入れが行き届いている。

「皐月って髪が長くて女の子っぽいから、美容院で切ってもらってるのかと思った」

「昔からこの床屋に通ってるんだ。馴染みだから、いろいろ注文しやすいんだよ」

「自分でそういう髪型にして欲しいってお願いしてるんだ。へぇ〜」

「似合ってるからいいんだよ!」

 祐希がニヤニヤしている。皐月は最近、この女の子みたいな長い髪が嫌になり始めている。

 芸妓(げいこ)(りん)姐さんに勧められて髪を伸ばしたが、女みたいと言われると腹が立つようになってきた。最近は凛姐さんと会う機会がないので、もうそろそろこの髪型から卒業したいと思っている。


 豊川稲荷が近付くにつれ、食事処や土産物屋が増えてくる。お稲荷さんの門前町ということで、豊川稲荷にまつわる商品を扱っている店が多い。

 アクセサリーの店では狐のアクセ、神具店には狐の狛犬、食堂ではいなり寿司など豊川稲荷を連想させる物が他にもたくさんあり、表参道を歩いているだけで観光気分が盛り上がってくる。

「食べ物屋さんがいっぱいあるね。どこの店も美味しそう。いつか全店制覇してみたいな」

「そういや俺、どの店にも行ったことないや」

「え? なんで?」

「なんでだろう? 親に連れてってくれないからかな。行くのはいつも決まった店ばかりだし」

「え〜っ、せっかくこんないいとこ住んでるのに勿体ないな〜。じゃあここの喫茶店も来たことないの?」

「ない。家の近所のサ店しか行かないや」

 祐希に言われるまで、皐月は表参道の店に行きたいなんて思ったことがなかった。祐希と二人で店を見て歩いていると、皐月も全部の店に入ってみたくなってきた。


「カフェ巡りとか楽しいのに。大きくなったら彼女を連れて、カフェでデートするといいよ」

「祐希はカフェでデートなんてしたことあるの?」

「私、高校生だよ。当たり前じゃん」

「ふ〜ん」

 皐月は一瞬で血の気が引いたような感じがした。こんな経験をしたのは初めてだ。祐希にデートの経験があることがショックだった。

「じゃあ俺は誰とカフェ巡りしようかな……」

 皐月の頭に浮かんだのは幼馴染の栗林真理(くりばやしまり)だ。真理とは前にパピヨンで一緒になったし、真理はコーヒーが好きだと言ってたから一緒にカフェに行ってくれるだろう。でも真理は受験勉強で忙しいから、誘っても断られるかもしれない。

 さっきまで一緒に遊んでいた入屋千智(いりやちさと)のことも頭に浮かんだ。千智みたいなかわいい子とカフェに行ったら、どんなに楽しいだろう。テーブルで向かい合って、かわいい顔を見ているだけで幸せになれそうな気がする。

「誰かじゃなくて、私と一緒にカフェ巡りしようよ」

 祐希が爽やかな顔をして笑っていた。話の流れだと、祐希とカフェ巡りをすることになるだろう。どうしてそういう発想にならなかったのか、と皐月は自分のことをバカじゃないかと思った。


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