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藤城皐月物語 1  作者: 音彌
第1章 夏休みと子供時代の終わり
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16 商店街の残る町

 途方に暮れてばかりはいられなかった。藤城皐月(ふじしろさつき)はこれから及川祐希(おいかわゆうき)を連れて、豊川稲荷を案内しなければならない。ごちゃごちゃ考えている暇はないので、歩きながら適当なことを話してみることにした。

 まずは家の前よりも細い裏路地を通らずに、栄町の商店街を通ることにした。それから豊川稲荷表参道を歩き、自分の関わった店を示しながら自己紹介をしていこうと思った。皐月も祐希もお互いのことを何も知らない。自分語りをしていれば、とりあえず退屈はしないだろうということだ。

「じゃあ、商店街を抜けて行くね。その前にうちの隣、ここは旅館。木造なのに三階建てって凄くない?」

「うん、凄いね。こういう木造の三階建てって、今まで住んでいたところでは見たことないかも」

「ここって今でも旅館やってるのかな? お客さんが泊ってるの見たことないや。建物はうちより地味だけど、三階からの眺めはいいよ」

「中入ったことあるの?」

「友達ん()だし」


 旅館の隣はブロック塀に囲まれた駐車場で、細い裏路地の向かいにある紙屋の軽トラックが停まっていた。

「うわ〜っ、ここってレトロな雰囲気があるね。この細い道、通ってみたいな」

 駐車場と紙屋の間に車も通れない細い道がある。居酒屋や料亭、バーや小料理屋などが軒を連ねている酒場通りだ。

「左の建物は昔旅館だったけど、今は空き家になっちゃった。子どもの頃、ここに住んでいた大人のお姉さんに怖い話をしてもらうのが好きだった」

「今でも子どもなのに」

「うるさいな。で、お姉さんに話の元ネタの古い本をもらってね、その本に載ってた絵が怖かったんだ。葛飾北斎の『百物語さらやしき』とかね」

 本を貰った頃は挿絵しか見ていなかったが、漢字を覚えて中の文章を読んだら、怖くて面白かった。この本が皐月にとって幽霊のようなオカルトに興味を持つきっかけになった。

「なんか急に賢いこと言い出したね。葛飾北斎とか……」

「葛飾北斎くらい知ってても、別に賢くも何ともないじゃん」

「浮世絵の名前までちゃんと言えたから賢いなって思ったんだよ。普通そこまで覚えてないよ」

 皐月は最初、祐希にバカにされたのかと思ってムッとしたが、意外なところを褒められて嬉しくなった。


「この細い道の奥も行ってみたいな」

 この旅館だった家を左に入ると、さらに細い、毛細血管のような道がある。行き止まりになっているので、住人や配達員以外は誰も足を踏み入れることのないゾーンだ。

「この奥にうちの裏口があるよ。あと今の家で暮らす前、小さい頃に住んでいた家もあるし、お母さんの師匠の和泉(いずみ)姐さんの家もある」

 この細い道には三味線工房があり、昼間は三味線の調律の音が聞こえる時がある。その隣の今にも崩れそうな木造の物置が皐月の自転車置き場だ。その隣には和泉寮という、和泉の置屋(おきや)がある。

「和泉んとこって、もう行った?」

「うん。こっちに着いてすぐに行ったよ。さっき皐月が言った家の裏口を出たんだけど、ここに繋がっていたんだね」

「そうそう。じゃあ、今日はこの道はもう行かなくてもいいか」


 和泉の家に寄ると話が長くなると思い、三味線工房の前でUターンした。

 自分が住んでいた家を見てもらいたかったが、そこはすでに空き家になっている。その奥に祖母が住んでいた家があったが、そこも今は空き屋だ。この一帯はちょっとしたゴーストタウンになってしまった。

 今来た道を戻り、さっきの路地の突き当たりに出た。そこには小さな料亭がある。

「芸妓さんはこの料亭にお座敷で呼ばれることもあるみたい」

「へぇ〜。こんな近くに呼ばれることもあるんだ」

 百合はこの料亭のお座敷には決して出ない。家から近過ぎて、嫌みたいだ。

 ここは明るくてお客と一緒に騒げる若い芸妓が好まれるらしいが、今は芸妓よりもコンパニオンを呼ぶことが多くなったと聞いた。

「商店街を通りたいから、ちょっと戻るね」


 紙屋まで戻って左に曲がり、喫茶パピヨンのある辻に出た。ここを左に曲がると栄町商店街だ。

 栄町商店街は規模が小さいが、徒歩生活者にとってはライフラインとなっている。

 履物屋、煙草屋、化粧品店、時計店、美容院、魚屋、雑貨屋、肉屋、八百屋、酒屋と、ここだけで生活に必要なものはほとんど揃う。駅前の商店街と合わせると、栄町はこの時代にちょっとした徒歩生活圏を形成している。

「商店街っていいね。歩きだけで生きていけちゃう。スーパーやコンビニで買い物するのもいいのかもしれないけど、商店街の方が人が温かそう。私が住んでいたところはお店なんて何もなかったから、バイクや車で町まで出て、スーパーとかドラッグストアで買い物してたよ」

「この辺って古い町だから家に駐車場がなくてさ。だから家から離れた駐車場までわざわざ行かなくちゃいけないんだ。そこから車で買い物に行くよりも、ここらで買い物済ませたほうが楽なんだって」

 皐月は社会の授業でシャッター通りと化した街の商店街のことを勉強したことがある。このあたりもすでに衰退が始まっているが、いつまでも街が栄えていてもらいたいと思っている。


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