山女
51話 山女
なんだか、店にいても、頭がまわらないし。
今日は朝から夕方まで、客が一人もこない。
早めに店を閉め、散歩でもしながら。考えよ。
「幻想文学エンタ」は季刊だ。春号はもう出た。
そろそろ夏号の原稿をはじめないとヤバい。
本の発行は七月だが、締切は六月だ。
もうひと月ない。が、ネタが全然出てこない。
なぜか、店を出る時にある本に目がいつた。
「愛の呪文」修羅場文庫編集
恋愛小説ではない。コレはジイさんの代からある売れない古書だ。
中に栞代わりに、はさまれた帯があり。
「この作品のセリフで愛が生まれる」
とか、書いてある、いろんな小説の口説き文句が書かれた。昔の恋愛マニュアルみたいな本だ。
一度読んで見たが歯の浮くようなセリフが満載だ。とても実用的ではない。
今のコに言ったら笑われるか、きょとんとされるか、だろう。
んで、なんでこんな本を?
藁でもすがったのか。
駅前まで来てしまった。
なんとなくあったベンチに座ってしまい持ってきてしまった本をひらいた。
「君の唇が、僕を誘っているよ」
あー付き合う前に、んなコト言うヤツいるかぁ。
「キミのその大きな丘にオレは登山したい」
バカか? こいつは。
昔の人間は、ホントにこんなんで。
「鯉のぼりって、実は恋昇りなんだよ。恋せよ、少年少女よ。って意味なんだ」
オヤジギャグかよ。
この本は実はお笑い本なのかもしれないな。
「あのぉ。もしかして摩訶先生じゃないですか」
え、誰だっけ。この背の高い女は。
たんなるオレのファンとか。
「先生、私を忘れました? いつぞや電車の中で会った女です」
「電車の中! あ、思い出した」
「オレ名前聞いたけっ? ゴメン名前は……」
「彩菓子です。名前とかいいです。覚えていていただいたのなら」
「思い出した」
あやかし、アヤと同じ苗字だつた。
「春号の作品読みました。素敵なラブストーリーでした。何度も読み返してます」
オレの書いたラブストーリーは、あまり評判が良くない。この人は、ありがたい。たしか前の時も。
「先生、その本は。どんな本を読んでるんですか?」
「あ、イヤたいした本じゃ」
こんな本、ネタにしているとか思われたら困る。
「あ、イヤコレは。ベンチに置いてあった忘れ物か落とし物みたいだ」
「なんです……あっ、コレ私も持ってます。けっこうハマりました」
この人、何歳だろう? こんな本にハマったのか。
「あたし、この本に出ていた『君のその胸に登りたい』に感激して今でも覚えてます」
確かに大きな胸だ。
この娘。オレも登りたい。
しかし、微妙に間違ってるぞ、そのことば。
「先生、山女ってご存知ですか」
「ああ、最近多くなったという山ガールとか。女性登山家」
「違います妖怪の方です」
「そっちか、『遠野物語』にも出てきたよな」
「山女は好きな人に登られたいんです……。あ、このセリフにグッときたからって。私、山女じゃありませんよ」
「いや、べつに背が高いからと山女だなんて」
「子供の頃、なにかすると『○○の巨人』とか、言われてました」
子供の頃に……巨人。意外と若いんだな。
「先生、またラブストーリー書いてください。期待してます。では、またお話し出来て良かったです」
と、今来たバスに乗った。
オレ、バス停のベンチに座っていたのか。気がつかなかった。
バスから河ババァが降りてきた。ババァは、乗り込んだ背の高い女に頭をさげた。
「さっき乗り込んだのは」
「婆さんの知ってる娘か」
「キレイになってたけど、アレは山の女じゃよ」
つづく。




