馬鹿は死んでも治らない
異世界転移、廃退的
嗚呼、私は死ぬのか。
眼前で大きく開かれた顎に、私はただそう思った。
***
振り返れば、詰まらない人生だった。
悪態ばかり達者な、誰かを褒めるという事を知らない人間で、ただ流されるまま生き、流されるまま死ぬ。それが私だった。
何かを始めてみても、自分には才能が無かったのだと努力もせずに諦め、生きる事が面倒で、しかし死ぬ事は想像も付かなくて、ただ惰性だけで生きていた。
どうして生きているのだろう。
死んだら何処へ逝くのだろう。
そもそも世界に存在しているのは自分1人だけで、関わりのある人物は本当は存在しない夢の中で作り出された中身の無い偶像なのでは。
努力する代わりにそんな答えの無い事を考えた。
そんな私だったから、死が目前まで迫った時、「嗚呼、漸く終われるのだ」と薄れ行く意識の中でただ、そう安堵した事を憶えている。
それなのに、私は目覚めた。
見知らぬ雰囲気の、見慣れぬ森の中。
大きな牙を持つ顎が腥い呼気と共に眼前に広がる、その時に。
一体何が悪かったからこのように2度も死に目に遭わねばならないのだろう。
そう心の中で悪態を吐きながら、生き延びる為の努力しようとは思わなかった。
本の中でスポットライトを浴びた主人公のように、もしも私の生きた道筋を綴った本が何処かにあるのだとしたら、私の人生はとんだ駄作に違いない。
山もなく、谷もなく、ただ流されるまま生き、自分の不満ばかりを心の内に吐き捨てる。
どう考えても主役にはなれない。そんな人物が主人公なのだから。
もしかしたら、余りにも酷い駄作だったから、私の人生を見た誰かが「最後の最期に一度だけ希望を与えれば面白くなるのでは」なんて考えて、最期の1ページを改変したのかもしれない。
もしそうだったのなら、改変して尚詰まらない物語に諦観すら抱いた事だろう。
迫る顎に抵抗し、生き汚く足掻く樣を見物したかったのだとしたら、こうしてただ2度目の死を受け入れるような終わりは期待外れも甚しいに違いないのだから。
あの日、あの時、私は生きる事を選ばなかった。
それなのに、足掻く事を選ぶと期待する方が間違っている。
――あまり痛くないと良い。
目の前の大きな牙に、余計な事ばかり廻る思考の隅でそう考えた自分に苦笑する。
「『死んでも馬鹿は治らない』なんて、よく言ったものだ」
言い終わったか、言い終わらなかったか。
目の前の顎は無情にも閉じられた。