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明けの空と大幹部


「なにか来てたよ」


 おやつにあげた菓子で口をモゴモゴさせながら、セッチがテーブルに手紙の束をポンとおいた。


 あれほど勝手にとっては駄目といってあるのに、知らぬ間に入っているのが面白いのか、セッチとミックはこぞって配達物をみつけてはこうして持ってくる。

 べつに、自分に秘密にしておかなければならないことなどないが、ときには遠くの街から取り寄せた、扱いに注意の必要な品が含まれていることもある。

 いつもやんわりと諭してはみるのたが、こうして珍しがるところをみると、彼女たちの(むら)には郵便という仕組みがないのだろうか。


 ちなみにこのふたり、あの日泊まって以来、ちょくちょくこうして家に遊びにくるようになった。ふたり揃ってくることもあれば、セッチだけということもある。

 とくに何をするでもない寂しい田舎暮らしの自分にとっては、こうして友達が訪ねてきてくれるのは大変に嬉しいことなのだが、これではまるで孫の帰省を心待ちにしているお祖母ちゃんみたいで、ちょっとザンネンな感もある。さすがにまだその域には達したくないな、というのが率直な思いである。



 もう何度目かになる忠告を与えるのも面倒になって、手紙だからまあいいかと自分に対しても言い訳をしつつ、ジュリアはセッチが持ってきた紙の束を崩してみた。


「どれどれ······」


 こういう僻地のことなので郵便もマメにくるということはなく、一度にまとめてどさりと届くことが多い。だから、いつもこうして束になってしまう。

 まずは差出人をみて分類から始めよう。どうやらほとんどは商品の広告メールのようだ。そこにちらほらと親類や、いまや遠くに離れてしまった友人の名が混じっている。


「······ん?」


 かすかな指触りがひっかかった。なんというか、これまでのものの親しんだ風味(やすもの)と違い、よそよそしいというか、格式張ったものを感じる上等な質感だ。

 その真っ白な封筒をひっくり返し、封蝋に見慣れたフクロウのマークが()してあるのをみて、ジュリアの気分は一気に暗澹たるところへ落ちた。


 首から天秤をさげたフクロウの紋章。自然保護組織「明けの空」が用いる紋章だ。



「いまさら何の用? 辞めたときも音沙汰ひとつなかったくせに···」


 開けるのがとてつもなく嫌だ。

 個人的にというのもあるが、なんというか、開けたら面倒なことになりそうな予感がする。だが無視するわけにもいかない。

 ジュリアはもう一度ハァとわかりやすく溜め息をついてみてから、手近にあったペン立てからレターナイフをとって封を切った。




 拝啓


 そろそろ冬の足音のきこえてきそうな季節となりました。私どもも支度などに忙しくしております。そちらは少しばかり寒いと聞き及んでおりますが、如何なものでこざいましょう。


 さて、今回こうしてお便り申し上げたのは、ぜひ貴女様の御助力を仰ぎたい事例が発生したからであります。

 貴女様もご承知のとおり、我々明けの空は長い間、ニモオ・ピグモラケヒ・アムニモ──その地ではハネモグラというそうですね──の調査、監視をつづけておりました。

 調査は各地を巡回して行われており、今回の調査では、沼沢地方を巡ることが決議されました。


 そこで貴女様にお願いと申しますのは、貴女様の叔母上がこ存命のみぎり、つねに我々の調査団を温かくお迎えいただいてきたご厚意におすがりし、期間中の組織員の滞在先としてお部屋をお借りしたく、こうして厚かましくもお便りした次第であります。


 不幸にして行き違いがあり、道を分かった我らではありますが、なにぶんこの件につきましては、貴女様の叔母上様との長年の盟約によりますものでもあり、是非にも曲げてご承知いただきたく存じます。



                    敬具


     明けの空 事務総長代理

     リヴィエラ・バーモンス・グランテシア





 なんというか、どうにもハナにつく文面が彼女らしいと思う。

 一見丁寧に頼んでいるようにみえるが、その言葉の端々に、本人の気高さからくる上から目線に物申す感じが染みだしている。

 だがそれでいて、決して表立って高圧的に出ることもない。本人を目の前にするとなおさらそれを感じるし、それこそが彼女のもっとも厄介なところでもある。


 明けの空、事務総長代理、リヴィエラ・バーモンス・グランテシア。

 魔女界においてもトップエリートの出自をもつひとりにして、それに相応する以上の実力をあわせ持つ鬼才の女。実質組織を牛耳っている存在······。


 まさかその調査とやらに、彼女もくるのだろうか。 

 たかが辺境の調査に肩書きをもつ幹部がわざわざ出向いてくるとは考えにくいが、知るかぎり彼女には現場主義な傾向があった。そう考えると、自らの名をだして文をよこしてきたことからみても油断はできない。


「勘弁してよォ···」


 ジュリアは青い息を胃の底から吐きだすと、そのまま机に突っぷした。


 それにしても、叔母はそんなこともしていたのか。


 ジュリアはうっすらと瞼をあげて、飾ったばかりの家紋のはいった木盾をみた。

 いままでそんなこと、一度も聞いたことがなかった。数少ない血縁者で、しかもまともに幼い自分の相手をしてくれる唯一といってよい人だったのに、いつのまにか距離が開いていた。

 私自身が成長とともに忙しくなったことで、もともと多忙だった叔母との時間はとれなくなったとはいえ、今更ながらつながりを疎かにしてきたのだなと思い知らされる。

 でも叔母は、そんな私にこの家を遺すといってくれたのだ。


「──仕方ない。季節ものの嵐だとおもって乗り切るしかないか」


 ジュリアは仕分けた手紙の束をもって立ちあがり、返事を書くために自分の書斎とした部屋へと歩きだした。


 しかしハネモグラは、そんなにも前からこの地に存在していたのだ。セッチ達からすれば今更だなと笑い飛ばすところなのだろうが、あらためて驚かされる。 

 なぜなら、これでも私はその棲息地を知ることが出来る立場だったのだ。それでもちっとも知らなかった。

 まあいい。疑問といえば疑問だが、ただそれだけのことだ。






 翌日から、ジュリアはお迎えの準備に大忙しとなった。

 帰らなくていいのか、そのまま居座っているセッチも楽しそうに手伝ってくれたので、そこは大いに助かった。


 手紙には人数は六人ほどと書いてあったので、そのつもりで進める。いくら独りの家だとて、これはなかなかの人数ではないか。

 客室はあれから二、三手をつけたが、場合によってはもっと必要になるかもしれない。少なくとも、大幹部様が相部屋を嫌がることは充分に考えられる。それらの上等な部屋はまだ手付かずになっているし、食糧などの買い出しも必要だが、まずはひとつひとつ片付けていかねばなるまい。


 まだ日照時間が確保できるうちに、ジュリアは各部屋の寝具の手入れから始めた。

 シーツの洗濯にはじまり、布団や枕もできるだけ日に当てて精一杯フカフカにした。途中、なんで自分は縁を切った組織のためにこんなことをしているのだろうと我に返ったりもしたが、まずは動こうと決めて割りきった。

 盛大に枕から羽根を散らせているセッチにそれらの番を任せると、ジュリアは各部屋の掃除にとりかかる。幸いなことにどの部屋もつもった埃の量はそれほどてはなかったが、さすがに三部屋分となると一日がかりとなった。



 つぎに考えるべきは食事だが、これには少し頭を使う必要がある。

 基本、組織の、それも現場の活動家は食料も自前で算段し、持参するのが普通だ。そう考えるなら、それほど気を遣うことはなさそうではある。

 だが今回、彼らはジュリアの家をアテにしてやってくる。

 もし彼らが山小屋なりペンションなりのお客さん気分でいたら、とうぜん代金は後でいただくにしても、手ぶらでやってくる恐れはある。

 しかも、あのリヴィエラという大幹部が来るとするならば、その取り巻きも何人か含まれているはずだ。

 いくら現場主義を表明していてもそこはエリートのお嬢様のこと。上官扱いしなければ機嫌を悪くしてしまうかもしれず、たとえ彼女が文句をいわなくても、その連中が黙っていないだろう。


「······まったく! 辞めてまでこんな気苦労をさせられるなんて、ホント厄介」


 脳内会議の末、ジュリアは許される限り、通常の食料買い出しの予定をはやめ、かつ日持ちのしそうなものを中心に買いそろえることにした。

 あとはおもてなしの意味でちょっとイイものを少し混ぜておけばよい。もし余ったならセッチとミックと一緒に空けてしまえばいいのだ。そっちの方が、よっぽど懐のはたき甲斐があるというものだし。







 通達めいた手紙がついてより二週間後。


 はじめてセッチたちが訪ねてきてくれたとき以来となる、扉をノックする音が響いた。

 ちょうど暖炉の前でセッチにダイヤモンドなる遊びを教えていたジュリアは、とくに深く考えるでもなく「はーい」と返事をし、ドアを開けた。


 その途端、彼女の気分は一気に転落した。しまった、この場面ではしっかりと気持ちをつくっておこうともう何度も頭のなかで繰り返していたのに。まったくタイミングの悪い。



「あら失礼。お邪魔してしまった?」


 リヴィエラ・バーモンス・グランテシアが、戸口に立って揺るぎのない微笑を浮かべていた。

 迎えにでた自分の表情の変化があまりに露骨だったか、こちらの心中は一目で見抜かれてしまったようだ。


「いえ、そういうわけでは···」


 ジュリアは思わず口ごもって答え、自分の左手に赤色の駒がぶら下がっていることに気付き、慌ててそれを引っ込める。


 機嫌を損ねてしまっただろうか······

そっと戸の外にたつ集団に視線を走らせた。


 先頭にはリーダーらしく、リヴィエラがたっていた。

 相変わらず、この世の勝ち組のすべてをより固めたようなたたずまい。眼鏡をゆるくかけて、一見すると可愛らしく穏和な印象を与えるが、その下にあるものは鋭い頭脳、冷酷なまでの判断力、そして先祖代々にして積み上げてきた叡智と魔術奥義の結晶である。

 だが本人はそんな様子を微塵も感じさせない。知らない人間がみれば、「優しそうなうえにスタイルのいいお姉さん」で通ってしまうだろう。


 それというのも、彼女は自分の意思を押し通そうとすることを滅多にしない。

 紛糾する会議の場などにあっても騒ぐのは周りばかりで、本人はたいがい聴いているふりをしているか、にこやかに当たり障りのない相槌をうっているかなのだ。

 そのために幹部就任の直後、陰でつけられたあだ名は「風見鶏」。

 だがこの風見鶏は風にむかってなびくのではなく、自ら風を呼び込むものだということを、みなが次第に気づいていった。思い返してみれば、ほとんどすべての舵取りは、彼女の思うままに誘導されていた。


 上物の生地であつらえたワインレッドのパンツスーツを着込み、そのすらりとしながらも女性らしさを完備したシルエットを、襟つきのロングコートでおおっている。

 裾には毛皮のかわりに細かい刺繍のきいたひらひらの飾りが純白に映えているが、この沼地にあってあえてこれを選び、しかも泥染みひとつつけていないというだけでも、彼女の恐ろしさを垣間見る気がした。背には野外活動用の荷の詰まったリュックを背負っている。


 彼女の肩越しにみえる人影は六人ほど。

 みなリヴィエラとおなじく最低ひとつは荷を負っていた。そのなかにはふたりほど見知った顔のものがいて、ジュリアと目が合うと、やあ、とばかりに片手をあげて挨拶してくれる。


「げ」


 そのまま視線を横滑りさせていたジュリアの口から、思わず声が漏れた。すると、そのわずかな音量をすかさずすくいとり、あっという間に表情を不機嫌モードに変化させた人影が、一気に距離を詰めてきて口を開いた。


「『げ』とはなんなんですの。『げ』とは!」


 まるで下から睨みあげるように、灰色の瞳が爛々と輝いている。昔からこういうところがあった。敵を見つけると急に活き活きしだすのだ。


「き、聞き間違いよ、聞き間違い。ひさしぶりね、テレシア」


 そう呼ばれた女はしばしジュリアのアラを探るように彼女の顔を眺めまわしていたが、フンとばかりに鼻から息を吐くと、身を起こして左手をかるく腰にあててポーズをとる。

 テレシア・ルドンヴィヒ・ドライアーネ。

 やや青味をおびたような美しい黒髪を、魔女にしては珍しいほどに頬のしたあたりまでで短く切り揃えた、白い肌に灰色の瞳をもつ女性だ。

 学生時代にこちらへと留学してきた外国の人物で、なんでも故郷に帰れば、隣にたつリヴィエラに劣らぬほどの名家の跡継ぎらしいのだが、そのわりには何だかガラが悪い。

 成績も優秀で、なにより魔術の腕はとび抜けて高く、単純な実力だけならリヴィエラを上回るだろう。

 だがジュリアからいわせれば、とっくに学生を終えているのだからはやく国に帰ればよかろうに、なぜかリヴィエラから学ぶものがあるといって一向にそうしない我が儘お嬢だった。家の管理などやることは山ほどあるだろうに。

 そんな思いを嗅ぎつけられてしまうのか、このテレシアとは折りあるたびに衝突してきた。──いや、正確にはつっかかられてきた。

 本人によれば、こちらの方がほんの少し身長が高いために上から見下ろされているような気がして、初めから気に食わなかったらしい。もうなにが何だかわからない。


「しばらくぶりなのに随分なご挨拶ね。歓迎されるとは思っていなかったけど、こうまで変わらないとむしろ嬉しいわ」


「······こっちも貴女がくると思ってなかったからね。でもまあ、元気そうね」


 こんな時は上げ足をとられるような言葉は避けたほうが無難だ。おたがい不本意にも、組織時代もっとも時間を共にしたといえるジュリアは、そのことがよく解っていた。案の定というか、彼女の当たり障りのない会話に、テレシアはフンとそっぽを向いた。


「ごめん、そろそろいいかな? ここ遠いからさすがに疲れちゃって」


 ライナスが柔和な笑みを投げかけた。ジュリアは慌てて奥へと引っ込むと、人数分のスリッパをもって一行を迎え入れた。





 ジュリアの家は土足厳禁だ。なにせ庭から出ればすぐ沼地ということもあり、土足のままズカズカ上がればあっという間に木床が泥まぶれになって傷んでしまう。まめに掃除をすればいいなどという意見は、その手間を想像すればすぐに引っ込んでしまうだろう。

 七人プラスジュリアとセッチの分の靴が並んだ家の玄関は、まさしく足の踏み場もなくなった。そのために、ジュリアがここに来て初めて、暇を欲しいままにしていた靴置き棚が仕事を命じられた。



 荷を下ろした七人は居間に通されて、ゆったりとティーカップを傾けていた。テレシアはスリッパをパタパタさせながら辺りを見回して、率直な感想をのべた。


「なんだか小ぢんまりした家ねえ。狭いしこんなものを履かせるし、土足が駄目なんてちっとも機能的じゃないわ」


 ぴくり、と彼女のカップにお代わりを注いでいたジュリアの笑みがひきつった。


「そりゃごめんなさいねえ。なんせ貴女の家と違って全部独りでやらなきゃいけないし、床ばかり磨いてるわけにもいかないから」

「あっそ」


 テレシアは事もなげに彼女の言を流すと、さすがに優雅な仕草でカップを口元に寄せた。


「私は好きですよ、こういう雰囲気。ちょっと羨ましいくらい」


 瞬く間にセッチと仲良しになったもうひとりの古馴染み、カナレアがセッチにのしかかられながら言った。金髪のスッキリたした印象の女性で、ジュリアやテレシアよりみっつほど歳下だ。


「あら、田舎暮らしに興味があるの? 変わってるわね」

「そうですか? でも魔女らしいじゃないですか」

「······貴女それ、古臭いって言ってるようなものじゃない」


テレシアにつっこまれ、思わずジュリアと見つめ合ってしまったカナレアは、違いますよとばかりに首を横にふってみせる。


「じゃあライナスは、それを覚えていないとだな?」


 初見の研究者風の男が、横で荷をほどいていたライナスの肩をポンとたたく。

 柔和な印象の彼ははにかみながらも、「ああ、そうするよ」と答えた。ジュリアが組織にいた時分から、カナレアは彼と付き合っていた。いまもその仲は安定して進行しているらしい。


 つられて少しうつむき加減になったカナレアの横顔に、ジュリアはおやと気付き、そそと近づいて耳打ちした。


「なに? どうなってるの?」


こちらを向いたカナレアはすこし朱のさした頬をわずかに弛めた。


「······このまえ、彼がプロポーズしてくれて」

「えーっ、おめでとう」


 あわてて口元にもってきた両手で声を潜めながらも、ジュリアは目を丸くして喜んだ。カナレアは照れ臭そうにお礼を返す。



 カチャリ──


 それまで室内の音に耳を澄ますかのように黙っていたリヴィエラが、静かにカップを置いた。


「本当にそうですね」


 コソコソ話が聞こえたのかだろうか。それともその前の、ジュリアの家まわりにたいする感想の件だろうか。

 どちらともとれるような一言で皆の注意を集めたリヴィエラは、コホンとひとつ小さく空咳をすると、あらためまして、と口を開いた。


「そろそろ今回の調査の段取りを決めておきたいのだけれど、その前に······」

 リヴィエラの視線が、ふっとセッチに向いた。

「そのコはタルガシャグ族の子では?」


 この発言にはドキリとした。


 しまったな、フードを脱がせておくべきだった。


 特徴的な飾りの刺繍のはいったその服をみれば、ちょっと知識のある人間なら誰でもわかることだ。急なこととはいえ、もう少し気を利かせておくべきだったかもしれない。

 べつに組織がセッチたち豹紋族になにかすると危ぶんでいるわけではないが、何となく気付かれないようにした方がいいと思っていたのだ。


 豹紋族は伝統的にハネモグラを狩る。

 組織は反対にそれを保護したい立場にある。

 その意見は見事に平行線を走るのみであり、折り合いは決していいとはいえない。



 急に場の空気が変わった原因が自分にあることを感じ取ったセッチは、一度カナレアのほうを振り向くと、ゆっくりと立ち上がった。


「······あの。私、いると邪魔?」

「いいえ、そういうわけではないのよ?」


 リヴィエラは優しい笑みをみせる。

「ただ、今からお姉さんたちが話すことは、貴女にはけっして気分のいいものではないと思うの。本当に追い出すようで悪いのだけれど、しばらく外か、ほかの部屋で遊んでいてくれないかな?」


 セッチはむっとして、ロフトの段差をぴょんと飛び越すと、スタスタと戸口へ向かった。


「ジュリア、私今日はもう帰るよ」

「え? セッチ? ちょっと?」


 ジュリアは止めようとして立ちあがったが、セッチの膨らんだ頬をみて思いとどまった。ああなってしまったらもう聞くまい。そもそも我慢までしてもらおうとも思わない。


「ちょっとお待ちなさい」


 玄関で靴をはくセッチを、意外なことにテレシアが呼び止めた。そして隣に座るリヴィエラになにやら耳打ちをし、了承を取りつけるとなにかを受け取って、怪訝そうに振り返るセッチのもとに歩み寄った。


「おうちへ帰るのなら、これを持っていって下さるかしら」


 差し出されたのは一枚の名刺だった。そこに書かれているのは間違いなくリヴィエラの名と肩書きだろう。

 セッチは嫌そうな顔をしてそれを見、さらにテレシアの顔を見上げたが、なにも言わずにそれを受け取った。


「······貴女、優しいコね。そんな貴女にはお詫びもかねてこれを差し上げますわね」


 テレシアはみせたこともない穏やかな笑みを広げ、ポケットから包み紙にくるんだ飴玉をひとつとりだした。

 包み紙は薄く、光にかざすと、中のオレンジに色づいた飴玉が透けてみえる。セッチはそうやってしばらく見ていたが、上目遣いにテレシアを見上げて訊いた。


「······ミックの分も貰っていい?」

「ええ、もちろんですわよ」


 テレシアはもう一度ポケットを探って、今度は緑色の飴玉をとりだすと、セッチの掌においてやった。セッチはニカッと笑うと、



「ありがとう!」



礼を言って、ジュリアの方にも手を振ると、元気よくドアから飛び出していった。


「──嫌われてしまったわね」


 珍しくリヴィエラが寂しそうに笑ってみせる。


「大丈夫ですわよ。さっぱりとしたコのようですし」


「それにしても」


 席に戻ろうとしたテレシアに、ジュリアは意外なものをみたといいたげな視線を向けた。


「優しいとこあるじゃない」


 テレシアはそれをフンと鼻でいなし、つっけんどんに応える。

「小さな弟がいたから慣れているだけよ。そんなことよりさあ、ミーティングを始めましょう」




 翌日からさっそく調査がはじまった。だがそれは、リヴィエラたちのやることであり、自分にはもはやなんの関係もない。つかの間、彼女らが満足に調査を終えるまでペンションの女将よろしく、生活の世話さえしていればいい。

 そう考えていたのだが、リヴィエラという問屋はそうは卸さなかった。

 お偉い事務総長代理様は、ジュリアを道案内として臨時に雇用するといいだした。


 自分だってまだここに来て日が浅いし、そもそも周辺を見て回る前にこうなっているのだから、とてもそんな手伝いが務まるとは思えない。

 そうはっきり言ったのだが、


「それでも我々よりはマシでしょう?

 それに私達はお客ではないわ。寝る場所さえあればそれでいいの。そんな世話のことなんか気にしないでこっちを手伝って」


という、鶴の一声であっけなく一就されてしまった。


「どうせ道案内を頼むのなら、セッチたちに頼んだ方が確実じゃないですか?」


 後を振り返りながらジュリアはいった。


「そうしたいところなんだけれど、やはり変な誤解を招いても困るし。そもそも面白くは思われないでしょう、あのヒトたちには」


 そんなわけで、けっきょく道案内の任を辞退することは許されず、ジュリアはこうして一行の調査にお供することになった。




 リヴィエラとおつきの連中が地図をみてなにやら話し合っている間、ジュリアたちは木陰で休憩をとっていた。

 日差しは避けるよりもむしろ浴びたいくらいなので、木なぞせいぜい風避けになるかどうかといった程度だが、それでもこの、全域がどんよりと物憂げな沼地のなかにあっては、本能的に身をよせたくもなる。


「それにしても良かったわね、彼とのこと。もうけっこう長いでしょう? 四年くらい?」


 ジュリアは木の幹に寄りかかって座るカナレアに話しかけた。彼女はやはりすこしはにかみながら答えた。


「六年、かな。ようやく許しがでて」

「──ホント、なんとかなんないのかしら、あの慣習。べつに本人たちがいいならそれでいいじゃないのねえ」


 魔女の、もしくは魔術師の結婚はおもったより大変だ。

 もうだいぶん喧しく言われることはなくなってはきたが、それでもまだ家同士の家格というものがお邪魔にはいることがある。それだけ未だに古臭い考えをもった親世代もおおく、若い者たちは我慢を強いられている。それこそ、そのテの悲恋を描いた名作小説なら余るほどあるくらいだ。


「でも出逢った当時はそこまで考えてませんから、実質待ったのは三年くらいだし。そこまで大変とは感じなかったですよ」


 カナレアは手をぱたぱたとやってから、お返しとばかりジュリアに水を向けてきた。

「そういう先輩こそどうなんです? フッたって聞きましたけど」


 う、とジュリアは声をつまらせた。

 確かにそうなのだが、どちらかというとキレて一方的にわめき散らしただけだ。その後自然消滅的な感じで、関係は瓦解した。とても大人同士のやることではない気がして、おおっぴらに言うには(はばか)られる。


 答えないジュリアをそれ以上苛めることもなく、カナレアはすべて解ってますよといわんばかりの笑みをクスリとひろげてみせる。


「可哀想に彼氏さん、急に外国に旅立っちゃいましたよ。なんでも急にマッタンボルンに登頂したくなったとか言って」

「何やってんのよ、アイツは······」


 ジュリアは盛大にため息をついた。元からそういうワケのわからないところがあったが、さらに磨きがかかってしまったらしい。

「いいのよ、アイツのことは放っといて。

 ま、なんにしても良かったわ。後でお祝い贈っておくからね」



 それにしても、最近はハネモグラの姿をいっこうに見かけない。もともとそこいらをフラフラしているものでもなく、普段はほとんどを泥の中に潜っている生物だから近くを歩いたからと言って、それと気づけるものでもない。それこそこの間の「最初の挨拶」で自分が出遇ったようなケースはかなり稀なほうなのだ。

 だがリヴィエラはその本命とまったく顔をあわせることがなくても、まったく気にしていないようだった。どうもあの態度をみると、彼ら自体というよりは、彼らの棲む環境の方に調査の重点はおかれているらしい。



 一日目の調査は、周辺の地理の確認と情報の収集のみで終わった。

 二日目もそれは変わらず、三日目も似たような感じにおわった。その間、調査隊は次第に遠方へと足を延ばしていき、周辺の地形や環境を念入りに記録していった。


今回も読んでくださったこと、ありがとうございます。

すこし中途半端な感じになってしまったので、反省します。

また、魔法使いつながり、ということで、今回からよそのヒトが迷いこんできております。

どうかひとつ、寛大なお心でお許しいただければ嬉しいです。


誤字を修正しました。まだあるかも。

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