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おおいなる庭


「たいへん、たいへん! ジュリア、きいてきいてっ」


 まるでハネモグラたちが連れて行ってしまったかのように、雲間もうすれ、日の射し込むことがすこしだけ増えた沼地の昼下り。

 今日も元気なセッチとミックの声が、ジュリアの家へ飛びこんできた。

 ダイニングでペラペラと本のページをくっていたジュリアは、顔を上げてふたりを迎える。


「どうしたどうした。······って、ふたりとも真っ黒じゃないの! ほんとに何やってたの?」


 いわれてふたりはお互いの恰好をみ、指差し合ってアハアハ笑った。


「ほんと、もう、待ってて。いまお風呂の用意を······」


こんなに楽しいのにお風呂につけられてはたまらない。ふたりは彼女が席をたつ前に急いで話を進めることにした。


「そんなことより、聞いて聞いて! わたし達ね、あたらしい島をみつけたの!」


「島?」




 あれからすこし経って、いろいろなこともすこしだけ変化した。


 沼地に日が差し込むことが増えたのもそのひとつ。

 泥の大半を、ハネモグラが蒼竜と成った際に糧として吸い尽くしたからか、いまの沼地の水はかつてほどの濁りはなく、流れも素直になった。

 それらの変化にも、豹紋族の邑はさすがに落ち着いたものだった。少々の環境の変化なぞ慣れっこだとばかり、意にも留めず悠然とそれを受け止めている。


 ただし、若い世代はそうはいかない。こんなに面白いことに居合わせる機会なんて、願ったって叶わないことだ。

 セッチとミックはいま、邑の子供たちと探検隊を組織し、いわばその新世界ともいえる地に分け入ることに夢中だ。そこにあらたな一歩を踏み出す世代の代表として、大いに活躍中である。

 そんな彼女らは、発見のあるたびにこうして報告に来てくれている訳なのだが·····


「島ねぇ。そんなの初めてじゃないの?」

「そうなの。だから私興奮しちゃった!」


 その光景が目にみえるよう。ただでさえワクワクがとまらないセッチのこと。それを見つけたときの笑顔の輝きはひときわ眩しかっただろう。ちょっと見てみたかった。


「でもね、ヘンなんだ」

「? ヘン?」


こちらはまた別の表現で、探究心をあふれさせているミックが、首をかしげながら言う。


「その辺りはセッチと行ったことがあるんだけど、とくに水嵩(みずかさ)が減ってないんだ。だから沼の底がでたとか、そんなんじゃないんだ」


 絶対だよ、と、悩んでいる割に嬉しそうに笑顔をみせるミックにも、ジュリアの瞳は優しくなる。


「あ、もいっこ忘れてた。それでね?」


 セッチがうずうずを堪えきれないといったように小鼻をふくらませた。


「じゃーん! なんとジュリアの家が、わたしたち探検隊の本部に決定しました〜!」


盛大に両腕をひろげてみせる。


「へ? え? この家が?」


 突然の発表にジュリアは目をまるくして返答につまる。もちろん聞いていない。いまはじめて知った。


「みんなでどこがいいかって話し合ったの。そしたらみんなここがいいって······」


 なるほど。つまりはほかの子たちも、セッチたちと仲良しな魔女の住処をみてみたいというわけだ。豹紋族の旺盛な好奇心をなめてはいけないな。


「で、新発見のお祝いをみんなでしようってことに決まったの」

「お祝い? パーティってこと? どこで?」

「? もちろんここだよ?」


あっけらかんと言う。


 いや、もちろんって。


「あれ? まさかそのパーティのお菓子を、私に出させようっていうんじゃないでしょうね」


 バレた? とばかり、ミックがペロリと舌をだす。


「そりゃ、もちろん期待はしてるけどぉ。

 でもちゃんと皆で、ご馳走持ちよろうねって約束したもん。私そんなズルじゃないよぉ」


 隊長のプライドからか、セッチはむぅっとむくれて腕組みをする。その頭をフードのうえからよしよししながら、ジュリアは考えた。

 そうね。もうそろそろ街に出てみようかな。いい機会かも。






 翌日。外行きの準備をしたジュリアは、街にむけて出発した。この叔母のバックパックを背にするのも、ちょっと久しぶりな気がする。


 沼地は若干水が増えて歩きにくくはなっていたが、やむを得ず泥濘(ぬかるみ)に踏みこんでも、もう足をとられることはなかった。

 ジュリアは、いたずらに踏抜いた自分の足跡に、水と一緒に銀の小魚が流れこむのをみて、笑顔になった。これからまた別の心配はでるかもしれないが、確実に環境はよくなったのだ。


 自然の変化に応じるように、人もまた変わる。あれから多くの人がこの地を去った。

 明けの空の面々は任務を達成。まだ自力では立てないリヴィエラを保護しつつ、本拠である都へと帰還した。

 発つ前、遣いとしてカナレアとテレシアが家に挨拶によってくれたことで、ジュリアはそれを知った。

 すこし意地悪な言い方をすれば、リヴィエラの「しばらく宿を提供してほしい」という依頼もこれで無事終了ということになる。ミッションコンプリートである。

 ほどなくして、そのカナレアとライナスから結婚披露宴の招待状がとどいた。もちろん、宴には何をおいてでも出席するつもりでいる。

 その便りに同封されていた私信により、テレシアが故郷へ帰ったことを知った。






 シルキフルの街は、まだ混乱の余波がすこしばかり残っているようだった。

 無理もない。地鳴りだの、上空を飛び去るドラゴンだので大混乱をきたし、この世の終わりだとまで叫ばれたらしいから。

 それでも少しずつ、大波がさざ波程度になるくらいまでは持ちなおしてきている。



「ちょっとアナタ、この街の人?」


 屋台市を歩いていたら、突然横合いからおばさんに話しかけられた。

 いえ、と応えると、


「そう。でもせっかくだからコレを」


となにやらチラシを渡してくる。知り合いに宣伝して、ということらしい。

 それに目を落とすと、どうやら選挙のお知らせらしかった。ペラ紙には見慣れないオジサンのガッツポーズ込みの顔がでかでかと描かれている。


「ほんと、ヒドい話よねぇ、前の市長」


 いい的をつかまえたと思われたか、おばさんはそのまま世間話に移行した。


「なんでも国レベルで希少な資源を隠匿して、私腹を肥やしてたらしいの。前からの連続当選も、その資金からばら撒いてたって話よ?」


信じられる? と目線で訴えかけられた。希少な資源とは、やはり銀魚のことだろうか。

 なるほど。さすがにそれすべてが真実かどうかはわからないが、明けの空を取りこんでいたことは事実だし、そういう影響力のある組織いくつかを自身の安定に利用していたか。そういえば、あちこちに貼ってあったポスターもみかけない。

 政治に並々ならぬ情熱をもったおばさんの舌鋒は鋭さを増すばかり。まったくの部外者ともいえないジュリアは、穴だらけにされないうちにそそくさとその場を後にしたのだった。





 豹紋っ子たちを迎える食材あれこれを仕入れおわったので、帰りがけに街のちかくに出来たという、例の島をみてみることにした。

 セッチたちがみつけたものとは別のやつで、つい最近、ちかくを通りかかった人が見つけたらしい。

 あんな騒ぎの後だから、街の人たちには関心を持たれていないようだった。よくわからないモノは、とりあえず手を触れないでおくのが無難、というわけだ。


 わからない、という意味では、当事者のひとりであるジュリアにしたって同じだ。


 たしかにハネモグラの旅立ちの姿をこの目で見た。

 すべていなくなったかに思えたハネモグラも、幼少のまだ、旅には耐えられないのであろうものはここに残ったのもみた。

 しかし、だからすべて彼らのことがわかった、というわけではない。



 もともと寂しい場所らしく、すこし山の陰になった深い淵の真ん中に、なるほどぽこりと、島が浮かび上がっていた。

 まだ出来たてのそれは、上に草木を生やすこともなく白く(うぶ)い。何だかさらさらとした、土というよりは砂といったほうが良いようだ。といえ、膨大な量が積もっているだろうことは推察できる。


 それは、ちょっとした出来ごころだった。ジュリアは帽子からいつものごとく蔓を一本ひっこ抜き、魔法をつかってその島まで即席の橋をかけた。

 降りたってみると、やはり足元はしっかりとしたものだ。かるく踏んづけて、どむとむとした感触が返ってくるのをちょっと愉しんだ。


「············ん?」


 首をかしげたのは既視感によってである。

 この感じ、どこかで感じたことがあるのだ。そりゃあありがたいことに、土を踏みしめた感触なんて何千回とあるが、どこか普通の感覚とちがうと思えるこれは、なんなのだろう。





 久しぶりにえっちらおっちら歩き、さすがに少々足にきた。夕暮れも近づき、西の空が薔薇色に染まりはじめている。

 ジュリアは心地よい疲労感をえて、我が家のまえに立った。なんとなく、表からただいまと言いたくなって、裏門をつかわずに、わざわざ表に回った。


 あらためて、やっぱり湖に浮かぶ小島のような家だな、とおもう。ぽっこりと浮かんだそれは、暗くなる前の一瞬、もっとも美しく色づく風景により添いながら静かに羽根をひろげ、帰ってくるものを優しく迎え入れているようだ。


「ただいま」


 家の呼びかけに応えるように、ジュリアは門をあけ、入った。後ろ手に、つけ足したばかりの門扉をしめる。

 さくりと、爪先が庭の草混じりの土にふれた。



 瞬間だった。ジュリアがすべてを悟ったのは。



「············!」



 興奮せずにはおれない。

 この家の、そしてこの家の建つ、周りが水ばかりのなかに不自然にある地面の謎が──



「わかった······わかったよ! 叔母さん!」



 まるで子供にかえったかのように、ジュリアはキラキラと見開かれた瞳を輝かし、我が家を仰ぐ。


 過去から現在へ。

 自然と、そして人が連綿と織りなしてきたひとつの神秘が、そんな尊いものが、まさかこんな目の前にあったなんて······

 叔母さんの手記にあったとおりだ。やっぱりここは、おおいなる庭なのだ。


「ただいま!」


 ジュリアは大きな荷を背負ったまま、玄関をくぐった。ドアが静かにしまる。

 ぽっ、と、軒下に吊るしたランプに、あたたかな灯がともった。







                       おわり




ご完読ありがとうこざいました。そして、お疲れ様でございました。


最終部分でつっかえたまま放っぽっておいたこのお話が、つたないながらも何とか無事につながりましたのも、ここまでお付き合い下さった皆様のおかげでございます。

やはり読んでいただける、ということは力でした。


かさねて御礼を。

ありがとうございました。完結でございます!

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