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彼女の思いと惜別と


 どこをどう逃げたのかわからない。まったくのセッチ頼りで、ただ十そこそこの子供にくっついていくしかなかった。

 それでも、いくら地元とはいえそうそう入ることはないであろう場所にもかかわらず、セッチは大したものだった。迷うでもなく、キャンプからすこし離れたところでカナレアがとりだしたランタンの灯りのみで、真っ暗な闇のなかをズンズンと突き進んでいく。


 ややもすると、木々に天井をおおわれるようにしてあるぽっかりとした空間まで行き着いた。そこには細々と焚火が灯っており、木と石でこしらえた即席の炉の上では、金属のポットがカタカタと音をたてていた。


「──よかった、みんな。さあ、こっち」


 焚き火のむこうからミックが顔をだして、一行を火のちかくへと誘った。




「みんな、本当にありがとう。でも、正直びっくりした。これはいったいどうなってこうなったの?」


 カナレア、セッチ、ミックがあつまった焚き火のそばでひと心地ついたジュリアは、車座になったみんなの顔を見回して訊いた。

 セッチとミックは、まるでイタズラを成功させたときのような、照れ臭さをおしかくしたいような顔をみせて、くししと笑った。カナレアも、心底安堵したようにジュリアをみつめる。


「······ライナスからききました。先輩が忠告してくれたこと。

 ほんとうを言うと半信半疑でした。でも、とにかくこのままでは先輩の命はないとは解ったので、なんとか助命の嘆願をリヴィエラ様にお願いしようとおもっていた所に、セッチちゃんとミックちゃんが駆け込んできて···」


「それで、三人で助けようってことになったんだよね〜」

「ん」


「そう······三人とも、ほんとうに、ありがとう」


 ジュリアは頭を下げた。そうしなければきっと泣き顔をみられていただろう。そのままみっともなく泣き崩れていたかもしれない。それほど一気に、自分のなかに形作られていた堰が崩壊していくのを感じた。

 カナレアだけならともかく、いくらなんでもセッチやミックのいる前でそんなことはできない。

 三人がそれぞれどんな顔で自分を見ていたのかはわからない。けど、ジュリアがおもいのほか長くそうしていたのを、みんな黙って見守ってくれていた。


「さて」

 ジュリアは涙をふり切るように、勢いをつけて頭を上げた。

「考えなくっちゃね。なんとかしてこの土地も、私達も助かる方法ってないのかな」


セッチとミックは顔を見合わせた。


「だってそうでしょ。私達は逃げれば、まあ、あとで色々あるだろうけど、命までとられることはない。

 でもそれじゃ、セッチやミックたちがこの先ここで暮らせなくなってしまう」


「······なに言ってるの? なに言ってるの、ねえジュリア! 出来るわけないじゃん! いまでさえ捕まっちゃってたのにさ!」


 そのあまりの語調の強さに、ジュリアは驚いた。セッチの勢いは増々高まっていく。


「死んじゃうんだよ! はやく逃げなさいよ! ムリなんだよジュリアには! あがいてどうにかなるものしゃないんだよ!」


 セッチ、とミックは、立ち上がった彼女の衣の裾を優しくつまんで、座るよううながした。セッチは涙をはらってふたたび腰を落とす。


「でも僕もおなじ気持ち。にげてほしい。僕たちは大丈夫。すぐにどうなるってわけでもないんでしょ? それに、僕たちはどこでだって生きていけるんだもの」

「············あなたたちは」


 異国の文化では、むやみに頭を撫でたり、抱きしめたりすることは好まれないこともあることは知っていた。だが、それをしてもなおふたりを抱きとめずにはおれなかった。


 ジュリアはセッチとミックを両腕でやさしく抱きしめた。セッチとミックもとくに驚くこともなく、ふたりで顔をみあわせては微笑み、ジュリアの腕にそれそれ手をそえてこたえた。



「それなんですが···」


 三人の様子を見守っていたカナレアが、表情をひきしめて口をひらいた。


「おそらく、予想するようなことにはなりません。先輩はもちろん、私がいなくても、セッチちゃん達の故郷は護られるでしょう」


 意外なことを言う。

 それはもちろん、そうなればどんなにか善いことか。でもそんなことは、今、この状況でただ口にしてもたんなる夢物語ではないか。


「······どういうことなの? カナレア」


 彼女の様子にただの気慰みではないものを感じ、ジュリアも表情をあらためる。


「実はこの先輩の救出も、リヴィエラ様からのいいつけによるものなんです」


「え···?」



 なんで? だってリヴィエラは私たちを······え?



 だめだ。次から次へと与えられる情報に頭の回転がついていかない。

 でもまてよ、いまここにカナレアがいるということは、というか、そもそとここまで自由に動き回れるということはおかしい。

 彼女はいってみればこの儀式の要そのものである。

 本当ならもっと人に囲まれつ、軟禁のような状態にあるのが自然だろう。それがここにこうしている。つまり、


「代わりが、みつかった······?」


 だがそんなことがあるだろうか。そんなに都合よく、彼女の代わりを務めることのできる者がみつかるなどあるだろうか。

 カナレアの通信魔法は魔女界のなかでも使い手の乏しい特異な技法だ。そもそもそれを当て込んで、彼女は今回の調査への同行を打診された。



「あ······」



 頭の中でパチンとパズルの欠片がはまったような気がした。


「なんだ、そうか。通信魔法は使い手がひとりだけじゃあまり意味がないんだ」


 使い手が契約した相手の脳内へ一方的に信号を送ることはできる。が、それだと相手からの返信が望めず、せっかくの特異な性質も半分ほどしか活かせない。

 この魔法を完璧に駆使するには、最低でもふたりの使い手が揃っていないとならないのだ。そして組織員の中には、このカナレアのほかにももうひとり使い手がいるではないか。彼女の通信をうけ、返していた相手は誰だ?



「──リヴィエラ。まさか貴女がみずから」



 彼女は組織の要。そして大貴族の現当主だ。まさか、自らを犠牲にしても良いとまで考えているとは思ってもみなかった。

 無言のまま、カナレアが哀しそうに目を伏せた。


「冗談じゃないわ! 先回りするわよ!」

「え? 先回りするって、どこへ行くのさ、ジュリア!」

「とうぜん儀式の場によ。自殺しようとしてる人をほっておけないでしょ!」






「いま、なんと仰った?」


 我が耳を疑う邑長に、リヴィエラはもういちど、はっきりとした口調で告げた。


「私が代わりとなります、と申し上げたのです。

 こちらの不手際ですもの。逃げてしまったふたりのかわりに、この私が」


「·········」


「······ご心配にはおよびません。万一のときにはこういうこともありうると決めてきております。間違っても部下たちが儀式を邪魔することはありません。

 ······それとも私ではこの御役目はつとまらないものでしょうか。こうみえても通信魔法は心得ておりますし、魔力量にも自信があるのですが」


「──よろしい。では貴女にお願いしよう」





 朝の日が湖沼にたつ波の頭を照らしはじめた頃、出発の儀式が行われた。

 巫女となったリヴィエラが豹紋族の神聖な衣装に身をつつみ、岸へとひざまづくと、邑長が大地とおおいなる水に祈りをささげ、彼女に祝福を授けた。

 その後、おなじく清い衣をまとった女性たちが、左右から二度、三度と、ちいさな器にくんだ湖水を彼女の身体にこまかくふりかけた。


 はじまりの儀式はこうして完了し、一行はリヴィエラを護るようにしながら、斜面を昇っだ。目指すのは、千畳の泥壺の源といわれる、最も高いところにある岩盤だ。


「邑長。ほんとによろしいのですか?」


「仕方があるまい。いまさら儀式を中止になどできようものか。実力だけをいえば申し分もあるまい」


「それは、そうですが」


「どのみち誰かがやらねばならぬのだ。でなければ」

邑長は坂の急峻さに立ちどまり、フーッと息をつく。若衆がささえる。

「この地方は腐り、泥へと還る」







「みなの者。ここまでじゃ。このさきは儀式を行う者のみが通る」


 邑長の合図で見送りの行進は足を止めた。ゆっくりと振り向いたリヴィエラは、見送りへの感謝をあらわすように頭をさげた。


「では、これで。お任せください。かならずやり遂げてみせます」


「うむ。この地のことに他所からきた貴女を巻き込んでしまって心苦しく思う。託しましたぞ」







 ひとりとなったリヴィエラは、山道をゆっくりと登っていった。あたりはまだ暗く、わずかにさし始めた朝日が露を輝かせている。

 ふと、その歩みがとまった。



「······ここは儀式をつかさどる者しか入ってはならぬ場所だといいましたよ」


 頂上へとつづく坂の途上にたちふさがるようにして立つその人影に、リヴィエラは笑いかけた。


「テレシア・ドライアーネ」


 薄闇のなかから、黒髪をなびかせてテレシアはあらわれた。その装いは、魔女界においての礼装ともいえる黒服姿だ。儀式ばったところで着るものだからこの場の恰好として間違ってはいないのだが、それにしても、この大自然を背景にしてしまうとどうしても違和感は否めない。


「お待ちしていましたわ」


「いちばん最後に顔を見せにきてくれたのかしら。熱烈ね」


 めずらしいリヴィエラの冗談めいた言葉にも、テレシアはいっこうに相好を崩さなかった。


「······それで? 止めにきたの、貴女」


「止めると思いまして?」


 リヴィエラはフッと口許をゆるめた。


「いいえ。貴女はたぶん、もっとも私にちかい人。よく似ているとおもぅていたわ」


「光栄ですわ。だったらひと言、文句を言わせていただいても宜しいかしら」


リヴィエラは無言のまま、テレシアを注視する。


「己が身をはってなにかを護る。美談ですわね?」


「その程度の人間ならよかったのだろうけれど」


まるで禅問答のような会話をはさみ、ただジッとみつめあう。


「放り出すおつもりですの」


 リヴィエラが微かに笑む。


「同じにしないで。そこだけは貴女とは違うの。

 私は義務をはたす。······いえ、やはり願望を成就させる、が正しいかしら。

 ずっと歯がゆい思いをしてきたの。私たちが動くことで、直接世界に良い影響を与えることができる。こんな機会、もうないわ。

 この役だけは誰にも譲れない。いつも裏方で我慢していたのだから、これぐらいの我儘わがままは許されてもいいわよね?」


「·········」


「······故郷(くに)へお帰りなさい、テレシア。もう貴女の魂の休息はおわったのよ。

 貴女は戻るべきだわ、貴女の活躍をまつ世界へ」



 そうして、もうその歩みをとめようとはしなかった。リヴィエラは静かに威厳をもって坂道をのぼり、テレシアのわきを抜ける。だが去り際、テレシアの言葉が耳をかすめた。


「でも彼女は納得していないでしょうね。憶えていらして? 公然と、ではないとはいえ、唯一貴女に物申したのは、あのヒトだけでしてよ」



ありがとうございます。

いよいよ大ラスです。突っ走ります。

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