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運命の朝とおき手紙


だんだん詰まって来ているせいか、やや短くなっております。


「邪魔をした魔女をとらえたそうですな」


 ふとそんな父の言葉がミックの耳にとどいた。

 そろそろ寝る支度をしようとしていたところ、(むら)中から集まってきた男衆が、居間でそんなことを話し始めた。

 さすがに聞き流せない言葉だ。ミックはしずかに、じっと耳を澄ませた。


「それがな。どうも仲間の手によって捕えられたらしいのだ」

「仲間の? では、なせそれを我らに···それを伝えてきたのですか?」

「ああ。条件つきでな」


 しぱらく沈黙が続いて、邑長らしい声が決断を求めるように言った。


「どちらにせよ、もう猶予はあまりあるまい。儀式の決行は起式から十と五日までということになっておる。それを過ぎればどうなるのかは誰にもわからぬ」

「······」

「あのヒトにはウチの子も世話になったが、どうしてもせねばならぬのですか。なんとか犠牲を出さずにすませることは」


 父の声だ。かぶりをふるくらいの間があって、衣擦れの音がきこえた。


「もう無理じゃ。我らは子供らを通じて彼女に逃げるようすすめた。あのときこの地を離れてくれていれば、(ニエ)になることは免れられたのだが、今となっては······」

「······それでその、彼らはなんと言ってきているのですか?」


 べつの誰かの声。


「期限ぎりきりの明後日、聖域でかの者をひき渡すと。その条件として、彼らも儀式への立ち会いを求めておる」

「······あまりいい気はしませぬな。だがやむを得ませんか。立会人については、外のものを入れてはならぬという戒めはないですし」

「ウム、そうじゃな······」


 大変だ。ミックは寝床のなかで目を見開いた。すでにジュリアは捕まってしまい、このままでは命をとられてしまうという。

 ミックはあたりの呼吸をはばかりながら、そっと寝床を抜け出した。


 朝までは待てない。なんとしてもこのことをセッチに報せなければ。









 白々と夜が明けた。意外なほど静かで、清々しい涼気をふくんだ朝だった。

 陽が昇ってしばらくの後、聖域となる千畳の泥壺の河岸のうえで、明けの空と豹紋族は、一瞥(いちべつ)以来の対峙を果たした。

 明けの空のほうはジュリアを儀式の祭司として同道し、それに臨む礼装として、みなそろいの白いマントを羽織っていた。

 いっぽうの豹紋族もみな、儀式にさいしての神聖な装束として、蒼のポンチョのような肩掛けや、天然石のネックレス、ピアスなどで飾り立てたいで立ちをしている。


 白地に蒼で清らかな衣に身をつつんだリヴィエラが数歩まえへ歩みでて、まだつめたい空気に白いものをただよらせながら頭を下げ、口をひらいた。


「本日はこの重大な儀式に列席をおゆるしいただきまして、真にありがとうございます。明けの空各員を代表して感謝を」


 豹紋族の側からも、屈強な若者ふたりに支えられるようにして長が歩みでた。


「承ろう。こちらも貴君らの協力に感謝する。この儀式は我らが地を永く繁栄させるために不可欠なもの。絶対に成功させねばならない」


「存じております。

 こちらもシルキフルの街に、儀式にかんして全権を委任されております。誠心誠意ご協力いたします。なんなりと申しつけてくださいませ」


 長はウムとうなずいて、声をいちだんと張り上げた。



「これより儀式を執り行う! さきも述べたとおり、かの儀式はじつに百四十年ぶりとなる!

 誰もが初めてとなるため、つつがなく終えるには皆の協力が必須である! だが気負うことなく、これまで伝承されてきた先人達の声にしたがえば、必ずうまくゆく!

 願わくば、今日が我ら故郷を活かした重要な一日とならんことを!」



豹紋族の者たちはひくく厳かな声で「オゥ」と応えた。


 長はありがた迷惑な観客のほうへと振り向いて、うなずいてみせた。リヴィエラもうなずき返すと、目で、檻の警護をしているメンバーに合図をした。

 車のうえに載せられた大きな檻をすっぽりと包んていた黒い布が、透かした朝日を細やかにきらきらと輝かせた。



 だが、その檻のなかはまったくのがらんどうたった。



「────────」



 だれもが絶句して、そのからっぽの檻をみつめた。

 出鼻をくじかれたような、鼻先を虫にかすめられたような、訳がわからないといった様子のまま、十秒ほど無言のときが流れた。



「······これは、どういうことてすかな、リヴィエラ殿」


リヴィエラは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。


「おねがいします」

「──オイ」


 ただちに取巻きが指示し、檻の左右にいた者があわててその扉をひらいた。

 そのなかには一枚の紙片が落ちていた。部下の手からそれをひったくった直属の者が、リヴィエラへとつないだ。

 彼女はそれに書かれているのであろう文字をざっと目線で追うと、それを豹紋族にわかるように見せてから、封をひらいて中身をとりだしだ。そのまま文面を声にする。


「まず最初にお詫びしなければならないのは、豹紋族のみなさんに、多大なるご迷惑をおかけしてしまったことです。

 すべては私の無知ゆえのことでした。言い訳にもならないとは判っておりますが、ほんとうに、ほんとうにごめんなさい。

 セッチさん、ミックくんをつうじて、再三ご忠告いただいたその御厚意にも感謝させてください。

 そしてそのご忠告を、こんなぎりぎりになるまで真摯に受け取らなかったことについても、真に申し訳ございませんでした。

 私はこの地を離れます。


          ジュリア・シーリンク・アルカムゥ」




「·········」


 またしても沈黙がみなをつつんだ。なんとも呆気にとられた話で、まさに彼女の書き置き通り、こんなギリギリになってマジシャンまがいなことまでして──それもホンモノの魔女がだ──姿を消すとは。どうにもはた迷惑なことである。



「これは·········どうするつもりだ、リヴィエラ殿! これでは儀式が──儀式がおこなえなくなるではないかッ!」


顔面を蒼白にさせながら長が叫ぶ。だが、


「ご安心を。良いではありませぬか、これで最大の懸念事項は失くなったのです。

 間に合わせの者に頼らなくてすむのですから、本来の、より正式に則った儀式を行うのならば、なんの不足もありませんでしょう?」


とリヴィエラは静かに答える。


「だが、祭司は? まだアテがあるのか?」


「ご心配なく。資格、資質ともに私の身命をとして保証いたします」


 どこか確かめるような、それでいて力強いその言葉に、長はようやく安堵の色をとり戻す。



「それでは儀式を! 儀式を始めようぞ皆の衆!」








 夜。

 森のなかということもあって、明日は数百年ぶりの儀式というその晩は、じつに静かなものだった。耳を澄まさずとも、虫たちの声があちらこちらから聞こえてくる。

 リヴィエラに率いられた明けの空一行はすでに聖地付近に到着していたが、さすがにあの場所はひと晩を過ごすには快適とはいいがたいので、すこし手前にあるこの森の中に陣どって、めいめいテントをはって過ごしていた。


 樹々の合間にポッカリとできた広場の中央には、細々と焚き火がたかれている。人間のことをしる獣は火を恐れるものだが、ここはほぼ未開のジャングル。しかも棲んでいるのはただの獣ではないかもしれない。

 ただ、そこはそれぞれが腕に覚えのある魔法使いの面々。フィールドワークに選抜された強者だけに野営もなれたもので、キャンプの周囲には交代で見張りをたてて警戒している。


 そんな厳重な監視のなか、ジュリアは囚われた檻のうちで過ごしていた。

 周りには何も見えない。脱走を防ぐために情報を遮断する特別な布でおおわれていたためだ。そのおかげで野天に身をさらすようなことにはなっていないのが唯一の救いだった。

 当たり前のことながら、自分の魔法の基ともいえるものが詰まった帽子はとり上げられている。さらに言えば、檻じたいが魔法を吸収してしまう造りになってなっているので、どのみち脱走は不可能だ。


 なんとも言えない、不気味な気分だ。明日は自分が死ぬという、そういう事実さえ、まるで冗談でしたといわれることがわかっている時のように実感がない。

 いっぽうで、それはおそらく紛れもない現実なのだろうとなということは、頭の隅では理解しているのだ。

 自分がぱらばらになりそうで、ほんとうに気分が悪い。


 少し昔。魔法大戦があったころ。

 まだ魔女、魔法使いが忌み嫌われ、恐れられていた頃、囚えられて火炙りになっていった先達も、こんな気分だったのだろうか。


 逃げ出したい。いや、そうするべきだったのだ。

 いまや自分など、この土地にとってはお邪魔虫以外のなにものでもないのだ。ねばって、しがみついてなにが残るというのだろう。

 たが、そうすればカナレアが死ぬ。

 なんの罪もない、自分の友達が死ぬ。近々結婚という晴れやかな、おそらくは人生最大の喜びを得るだろう彼女が、皆のためという大義名分で死ぬのだ。そんなこと、許されるはずもない。


 とはいえ、もしこのまま自分が殺されてしまったらどうなるのだろう。リヴィエラも豹紋族も、そこで手を止めたりはしないかもしれない。

 だって、自分はいわゆる「主賓」ではないのだ。

 きっと自分を泥のなかに放りこんだあと、カナレアを真の生贄とするだろう。それでは意味がない。


 そう、自分の死にはほとんど意味などないのだ。ただ、人としての大切なものに執着しているにすぎない。



 ──ガサリ。


 その音に、思わずビクリとしてジュリアは身を硬くした。

 いつの間に近づいてきてのか、何者かが檻の手近にまで迫っていることをしらせる音だった。反射的に後ずさり、そちらの方を振り向いても、厚く覆われた布には影さえうつらない。

 そのまま成すすべもなくまじまじと見つめていると、不意にその布の一部がめくれ、小さな頭がにゅっと出た。



 (ジュリア〜。起きてる?)


「······セッチ?」


 応えてから慌てて口を抑える。実際にはそこまでの大声ではないし、どうせ布に遮られて聴こえないのだが、自分では声がおもったより出ていたように感じられたからだ。


「ああ、よかった。さ、行くよ」

「え?」

「──逃げるんでしょ。さ、はやく」


 どうやって? と問い返す暇もなく、ジュリアは腰を上げていた。


 いかに監視のなかにあっても、檻には当然鍵くらいかかっている。そこをどうするのかと思っていたが、セッチはそれをいとも容易くやってのけた。

 しばらく布の内側にはいって鍵のあたりでモゾモゾやっていたが、ガチャリと音を立てて、扉はじつに素直にひらいた。


「え? ちょっとどうやったの?」

「どうやって、これ」


 彼女がひょいと上げてみせたものに、ジュリアは驚かされた。

「それアンタ──魔法錠の鍵じゃないの。この檻の? どこから?」

「あー、もううるさいな。時間がないんだからはやく!」




 セッチの誘導で、まわりの視線をうまくかいくぐるようにして、ジュリアは傍の木陰まで身かをひくくして全速力で駆けこんだ。セッチはご丁寧にも扉を閉め、施錠しなおしまでしてから、ジュリアの待つ繁みにまで小走りにやってきた。

 しばらくじっと様子をうかがっていたが、どうやら誰かの目にとまった様子はない。ふたりでホッと息をついた。その時、



「ああ、大丈夫でしたか、先輩」


 光の届いていない暗い繁みのほうがガサガサ揺れて、そこから出てきた人影がそんな口をきいた。


「カナレア!」


 我知らず駆け寄ると、その両手をとった。


「貴女まで······それよりこんな所にいちゃマズイでしょ。ライナスから伝言きかなかったの!」


「それをいうなら先輩だって···。でもとにかく元気そうでよかった」


「···まあ、元気っていえばそうだけどね」


 呑気にも話しはじめたふたりを、セッチが気忙しげに制した。


「なにのんびりしてんの、ふたりとも! ほら、逃げるよ!」 



今回もありがとうございました。

どうにかいけそうですので、次から毎週の更新とさせていただきます。

というわけで、次回は来週火曜日となります。


毎日暑いですね。ご自愛くださいませ。

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