カークスの相愛
夜が更ける前にヘンダーソン伯爵邸を後にした。
書斎でのジョルジュはまるで思い詰めた雰囲気で、それは伯爵の件が心配なせいもあっただろう。
でも、それだけではない。
彼はアイリスを心から愛している。
だからこそ、あんな事を言ったのだ。
そして俺とジョルジュは、これからアイリスの元へ向かう。
本当にこれでいいのか、とは思わない。
アイリスが願ったからそうするのだ。
いや、違う。
そんなのは言い訳だ。
俺を求めているのだとジョルジュが懇願したからだけではない。
彼女の想いを一緒に受け止めて欲しいと言われた時、身体が喜びに震えたのだ。
俺にはジョルジュのそんな愛し方が眩しい。
『ジョルジュ。 今日、俺を呼んだのはこの為だったのか?』
『それもあるし、それだけでもない』
☆ ☆ ☆
それは書斎での会話がキッカケだったのか、それとも最初からそのつもりだったのか……。
ただ、それがなくても俺はアイリスを目の前にしたら、そうせずにはいられなかっただろう。
俺に待つ未来が絶望なのだとしても。
それが裏切りだとわかっていても。
☆ ☆ ☆
それは寄宿学校時代、占星術を学んだ時の事。
ジョルジュが不意に話した始めたのだ。
『覚えてるよ。 確か教師はその道の研究者だったよな』
『俺さ、それについて妙な噂を聞いたんだ』
『妙な噂?』
『魔術の使い手だって話』
『魔術って、そいつが?』
『表立って教えるのは占星術なんだが、裏では魔術を使ってるとか』
『魔術というと、例えばどんな?』
『危害を加えたり命を奪ったり、そんな事はしないらしい。 ただ、人の心を操る術を持ってるそうだ』
『まさか俺達生徒にその魔術とやらを使ってたなんて言うんじゃないだろうな』
『そこはわからない。 証拠もないし、そんな記憶も違和感もないからな』
『俺だって』
『でもさ、覚えてないか? ほら、あのダビデの……』
『あの胸糞悪い件か』
『彼女はミアと言ったか。 今はダビデと結婚して幸せに暮らしてるんだろ?』
『メリルの話ではもうすぐ子が産まれるらしい』
『良かったよなぁ』
『あの侯爵の息子ヒューゴ、今は何をしてるんだ?』
『魔術協会の会員だ』
『それって……』
ジョルジュの話によると、こういう事らしい。
ヒューゴは平民のミアに好意を抱いていた。
あの時はつまらない言い訳をしていたが、実はそうではなかった。
叶わぬ想いを遂げる為に、魔術で彼女を襲おうとしたのだ、と。
『何だ、それ……』
『しかも、だ。 その魔術は誰でも使えるわけじゃない、ヒューゴにも使えないんだ』
『魔術を使って襲おうとしたんじゃないのか?』
『魔術協会の中に男を魅了する死神のような女がいるらしくてな。 女は魔術師を使ってヒューゴにミアを襲わせようとしたんだろう』
『男の為……?』
『その魔術協会がどんな所で、協会のトップが誰なのかも表には出ていない。 もちろん、その女についても詳細不明だ』
『魔術協会……謎の集団というのは気味が悪いな』
『あぁ。 しかも、魔術師が寄宿学校の教師をするなんておかしいだろ?』
『誰かの手引きとか?』
『おそらくな』
『だとしたら、ある程度の権力を持った人間……』
『さぁな。 ただ言える事は、その女にとっての魔術師はただの道具。 自分の目的を遂げる為の』
『目的というのは?』
『それはよくわからないが、か弱き女が下僕のように誰かに傅かせる姿は密なんだろうな』
『魔術の使い手と、その女は主従関係の可能性もあるかもな』
『あの教師は男だっただろ』
『あぁ』
『その教師も女に魅了された一人なんだよ』
『……』
『そしてダビデだけはミア以外には魅了されなかった』
『まさか、あの寄宿学校にその女がいたというのか?』
『あぁ』
『なんとも不愉快な話だな』
『女が魔術を使う時、必ず満月の夜らしい』
『え……?』
『事実、あの日は満月だった』
『あ……』
『俺さ、思うんだよ。 女はヒューゴの為に魔術を使ったわけじゃない。 本当は絶望させたかったんだ』
『でもダビデならわかるが、ヒューゴが絶望するか?』
『結果的には似たようなものだろ』
『ヒューゴが当時、魔術協会の会員だという報告は一切なかったぞ』
『それはそうさ。 ヒューゴはその時にはまだ会員じゃなかった』
もしもジョルジュの言う通りだとしたら、ヒューゴは今でも操られている可能性がある。
それは魔術師に?それとも女に?
メリットはどこにある?
『ヒューゴは確かに侯爵家の馬鹿息子だった。 でも、平気で女を襲えるほど愚かではなかったはずだ』
『それはそうだが』
『あの件についての後始末はカークス、お前がつけたはずだろ?』
『あの時は一言告げただけだ』
『何て言ったんだ?』
『お前の侯爵家を潰されたくなければ消えろ。 そう言っただけだ』
『それが王族の一員の言葉かよ……』
『その魔術がどうかしたのか?』
『うん……』
ジョルジュはそこから途端に口振りが重くなった。
言いずらいような、そんな感じだ。
『その魔術師を魅了した女、どうやら俺達の知ってる人間らしい』
『誰なんだ?』
『それが……』
ジョルジュの口から語られた名前はとても信じられず、怒りしか沸いて来ない。
『すまない、やはり言うべきじゃなかった』
『ふざけるな!』
俺はソファーから立ち上がり、鼓動の早さと比例するように書斎をぐるぐると歩き回った。
『家の女中にヒューゴと面識のある者がいるんだよ』
こんなにも信じられない話をしているのに、どうしてジョルジュは表情を変える事なく淡々と続けていられるのだろう。
『ヒューゴと……?』
『その女中の話からわかった事だ。 メリル嬢はダビデを好きだっただろ?』
『あぁ……。 でも、メリルはそんな愚かな真似は絶対にしない』
『俺もそう思いたいさ……』
『メリルは子爵令嬢だぞ! 俺は絶対に信じない』
『答えずらい事を聞くが、昨日メリルとは閨を共にしたか?』
『それがどうした』
『魔術を使う時は満月の夜に受け入れるらしい』
『そんなの作り話だ』
『アイリスが夜も明けきらない明け方早くに言ったんだ。 変な夢を見た、と』
アイリスはメリルの枕元に立つ夢を見たらしい。
そして気付けば、寝ているメリルに向かって私に返して、と言っていたというのだ。
カークスを私に返して、と。
どうやらメリルの魔術で、カークスへの想いを覗かれたらしい。
アイリスはメリルの寝ている真上から見下ろすだけでなく、今にもその彼女の首を締めようとしていた。
メリルは絞められながら、アイリスを見て笑ったというのだ。
そしてそんな自分を楽しそうに眺める自分もいたのだと。
とても恐ろしく、このままでは操られて本当に何かしてしまうのではないかと思ったそうだ。
メリルからカークスを取り戻さなければ、自分と同じ目に合うのではないかと危惧したという。
『なぁ、カークス。 アイリスの事が好きか?』
ジョルジュの言う事を確かめなくては……。
ヒューゴや魔術協会についても。
メリルは死神なんかじゃない。
純粋な想いを持つ、一人の子爵令嬢だ。
ただの勘違いに決まっている。
或いはメリルに悪意を持つ人間の……。
『どうなんだ、アイリスを好きか?』
『そんな事、今はどうだっていい』
『俺にとっては大事なんだよ』
『好き……だ』
『アイリスが言ったんだ。 一度だけ過ちを許して欲しい、と』
『おい、まさか……』
『カークス、アイリスを愛してやってくれないか』
『ジョルジュ、冗談だろ。 本気……か?』
『俺はアイリスを愛してる、彼女の婚約者はこれからも俺だ。 でもカークスへの想いが邪魔するのなら遂げさせてやりたい』
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