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ジョージの悲愁(執事視点)

 メリル様はお強い方だ。

 決して心の弱さを表に出さない。


 本当は不安でたまらないはずなのに、使用人達の前では心配させないように気丈に振る舞っている。


 それは婚約してからずっと伯爵夫人としてあるべき姿を学んで来た証でもある。


 女性に大切な礼儀やマナーだけではない、貴族としての立ち居振舞い、民への態度、全てに至る。


 長年、ウォーカー伯爵家で執事をしている私はその日々を間近で見て来たのだ。


 これが貴族令嬢の姿でなければ、何と言おう。


 他所の令嬢がどんな日々を過ごしているのか、ウォーカー伯爵家しか知らない私にはわからない。


 それでもこれだけは言える。


 あのジョルジュ卿の婚約者、確か名前をアイリス嬢と言っただろうか。

 彼女には一度お会いしただけで、どんな人間かについてはカークス様よりチラと聞いただけだ。


『静かで控えめな女性だよ。 それに思わず守りたくなるくらい、弱々しいんだ』


『カークス様、その方はジョルジュ卿の婚約者様なのですよね』


『あぁ』


『ならば、あまりそのような……』


『わかっているさ』


『メリル様を悲しませるような事だけはお止め下さい』


『ジョージはメリルが可愛いのだな』


『恐れ多い事ですが、私と亡き妻との間には子供がおりませんでしたので』


『そうだったな』


 カークス様がメリル様を大事に思っているのはわかっている。


 昔から自分を懸命に追い掛けるメリル様が可愛くて、顔を綻ばせる事はよくあった。

 メリル様が追い付けなくて少しでも離れてしまうと、その場で立ち止まって振り返り、手を取ったり。

 カークス様が寄宿学校へと行ってしまった時もそうだ。

 そこで一緒に過ごせる時間はほんのわずかなのに、それでもその姿が可愛くて健気だと微笑まれたり。


 平民のダビデに対するメリル様の想いは恋というより、私に言わせれば自分が持つ事の無い羨みのようなものだったのではないかと思う。


 カークス様しか知らないメリル様はそれが恋だと勘違いしたのだろう。


 そうでなければ、ダビデが結婚した時も子を授かったとわかった時も本当に嬉しそうに喜んだりしない。


『メリルには想い人がいるよ』


『そのような事は……』


『いつも彼と一緒にいて楽しそうに笑う。 俺といる時にはあんな風に笑ったりしないからな』


『気安くお話が出来るだけなのでしょう』


『何故かな、メリルといると苦しくなるんだよ。 メリルが他の男と楽しそうに話す姿を見ると、目を背けたくなる』


『カークス様、それは……』


『でもさ、アイリス嬢はそんな俺と嬉しそうに話すんだ。 メリルが他の男と楽しそうに話す時のように』


 あぁ、想いがすれ違う二人を見るのはなんと歯痒いものなのだろう。


 言って差し上げたい。

『それこそがメリル様への想いなのですよ』


 カークス様が呟いた事がある。

『アイリス嬢はジョルジュより俺といる時の方が楽しそうだ』


 寄宿学校でのひととき、ジョルジュ卿とアイリス嬢の三人でお茶を飲む時もそうだったと言う。


 男というのはなんと愚かな生き物なのだろうか。

 ジョルジュ卿が気付いていないはずないのに。



 ☆ ☆ ☆



 カークス様がジョルジュ卿の邸へ行ってからというもの、ただの一度も文が届かないというのはどう考えてもおかしい。


 ヘンダーソン伯爵の具合についても、ジョルジュ卿の仕事についても、いつ頃には戻るという知らせについても、全くの知らせ無しなのだ。


 メリル様はカークス様が馬車で発ってから最初は気分転換に読書したり、刺繍したりして過ごしていらっしゃった。

 或いはお友達を呼んで茶会を開いたり、呼ばれたり。


『私、お菓子を作ってみたいわ。 カークス様が帰って来た時に手作りのケーキで喜ばせたいの』


 メリル様から侍女にお願いしたというそれは、侍女から私へと伺いを立てられた。

 その話は厨房への立ち入りとシェフへの気遣いによるもの。


 そしてメリル様が作ったのはスコーンとアップルパイだ。


『ずっと作ってみたかったの』


 それはとても楽しそうに、粉まみれになりながら失敗を重ね、何度も挑戦していた。


 私も幾つか失敗作を食べさせて頂いた。


 美味しいものもあれば、甘さの足りないものもあったりと、なかなかに味わい深いお菓子ではあった。


 そして完成したお菓子はシェフのお墨付き。


『メリル様には才能があります』


 お世辞付きではあるが、それだけではない。

 本当に心がこもっていて美味しかったのだ。


 でも五日ほどが過ぎると、それも徐々に減っていった。

 それと共に溜め息の数も増えて。


 私はずっと嫌な予感が拭えずにいた。

 まさか、という不安と想像が付きまとう。


 五日が六日、七日と過ぎ、十日が経った。


 それでも文は届かない。

 カークス様も帰って来る気配がない。


 ついには二週間が経過。


 やはり、嫌な予感がする。


 それが確かな形で現実のものとなったのは、二週間が過ぎた頃だった。


 お客様がいらっしゃったのだ。


 邸の玄関前に着いた馬車の紋章は子爵家のもの。

 それもベネット家の。


 私達使用人もメリル様も、予告無しのベネット子爵の登場に大慌てだ。


『ベネット子爵……!』


『ジョージ、突然の訪問すまない』


 名門のベネット家の子爵は普段なら穏やかな見た目の雰囲気を崩さない方なのに、今は険悪な怒りにも似た顔付きだ。


 そこへ、屋敷内から飛んで駆け出して来たメリル様。


『お父様?』


『メリル、大事な話がある』



 ☆ ☆ ☆



 カークス様がお帰りになったのは、発ってから二十日後の昼過ぎだった。


 その日は天気が優れず、ポツポツと雨が降り始めていた。


 馬車から降り立ったカークス様は、帽子を手にコートは腕に抱えている。


 どこか足取りは重いようだ。

 少々の疲れが見えるようで、顔色は良くない。


「お帰りなさいませ」


「ジョージ、帰りが遅くなってすまない」


 淡々とした言葉と言葉だ。


 カークス様から鞄を預かると、後ろを付いて屋敷内へと入って行く。


「室内は暖めてあります」


「ありがとう」


「すぐにお茶の準備をさせますので」


「メリルはどうした? 迎えがないようだが」


「今日は冷えそうですので、暖炉の火を強くしてブランケットも用意しましょう」


「ジョージ」


「ヘンダーソン伯爵のお身体はどうでした?」


「それは大丈夫だ。 なんとか起き上がれるようになったらしい」


「それはようございましたね」


「ジョージ、答えろ。 メリルの姿が見えないようだが」


「私からお答えする事は何もございません」


「ジョージ!」


「では、ブランケットの準備をしてまいります」


「ジョージ!!」


 もう、これ以上カークス様と顔を合わせていたくなかった。

 失礼な事だとわかっていたが、どうしても耐えられなかったのだ。

 メリル様に会いたいなら、屋敷中を探し回れば良い。



 だが、カークス様は主人だ。

 その方に言ってはいけない事まで言ってしまいそうで。

 我慢出来そうな気がしなかったのだ。


『貴方様のせいです』


 ……と。



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