SIDE A
勢いで作った作品です。細かな点は目を細めてご覧ください。
もう、うんざりだわ。
ユータリア公爵令嬢は、目の前で始まってしまった茶番を半目で睨め付ける。
「ユータリア、お前との婚約破棄、そして身分剥奪の上、国家転覆を企てた罪で斬首刑とする!」
何回、何十回と繰り返される出来事に、ユータリアの心は既にピクリとも動かない。学園の卒業パーティにて行われるのは必ず自分の断罪劇だった。
婚約者でありこの国の王子殿下に言い渡されるこの瞬間から処刑される日まで、ユータリアは何度も繰り返していた。
謂れのない理由で断罪される意味が分からず、反論して抵抗して殺された時から、同じ場面を永遠に繰り返している。
殺されて意識が遠のくと、次に目を開ければパーティ会場の扉の前に立っている。
最初はいやに現実味のある白昼夢だと首を傾げた。そして白昼夢と同じ婚約破棄からの断罪。頭は混乱を極め、次の日の処刑までまともな抵抗も出来ずに、縄を切る音と同時に意識は暗転する。
何度も繰り返す悪夢に、額から汗が流れ、ぐらりと体が傾いてしまい、それを支えたのは婚約者の殿下ではない誰か。
身分の低い者から会場入りし、身分の高いユータリアが最後の入場者だった。しかしユータリアよりも身分が高い殿下はやはり隣にはいない。エスコートもせず、既に会場に入っている事だろう。
支えてくれた者に礼を述べ、気持ちを切り替える。公爵令嬢として無様な姿を晒す訳にはいかないと、ユータリアは会場に足を踏み入れた。
何度も、何度も、卒業パーティの開始前から目覚めては死ぬまで繰り返される日々に、今日という今日は、公爵令嬢としての矜恃や、王子殿下を諫め道を正さなければという正義感も消え去った。
ある時は逃走の果てに盗賊に襲われて死に、ある時は王子殿下と差し違えて死に。どんなに回避策を講じようとも、救いの無い運命に、今はもう何か動きを起こす気も無い。
それでも、絶対に譲れない事はあるが。
「聞いているのかユータリア!」
「はいはい、聞いてます、むしろ聞き飽きました」
「なに?!」
「貴方の隣にいる男爵令嬢に私が嫌がらせして、ついには暗殺を仄めかし、王子殿下も殺してしまえという私の指示が、発端でしたっけ?」
「そ、そうだ」
緊迫した空気に騒ついていた周りは、やる気の無い私の発言に更にどよめく。後ろで「ユータリア嬢?」と控えめに止めようとしてくる人もいるが気にしない。気にしてもどうせ今回も無惨に死ぬのだ。
「婚約者のいる身で他の男を誘っているのも知っているのだぞ!」
何を馬鹿な事を。
言うに事欠いてそんな嘘をどの口が言うのかと呆れてしまう。王子殿下の腕に縋り付く様にして立つ令嬢はうるうると瞳を潤ませている。
「はいはい、次は何かしら。 斬首、絞首、磔に拷問に?まだやられてないのは、んー水責めとかは長いこと苦しみそうだから、スパッと、ちゃちゃっとやっちゃってくださいな」
「なっ、気でも触れたのか貴様」
「それを貴方が言います?公爵家との婚約を破棄して、後ろ盾も無くして、どうして王太子でいられると思うのかしら」
「貴様の後ろ盾などいらぬ!私が王族で無くなろうとも、シルフィー嬢と確かめ合った真の愛さえあれば、平民だろうが何処だろうが苦しくはない!」
「え?」
殿下の廃嫡肯定発言に、隣にいた男爵令嬢が顔を引き攣らせている。相手はそんな事考えて無かったという顔だ。どうせつまらない理想の将来を思い描いていたのだろう。王妃で安泰?豪遊?そんな馬鹿な事、現実にあり得る訳ない。身分の高さにはそれ相応の責任があるのだから。
「勝手に落ちぶれるのは構いませんけど、私にまでそれを強制しないで欲しかったですわ」
「ふんっ!これが私のお前への温情だ」
「…何が温情ですって?」
王子殿下は鼻を鳴らし、蔑んだ眼差しでこちらを睨む。勝ち誇ったようにも見える表情に、チッと舌打ちする。
後ろの男がオロオロとした声で「今舌打ちした…?」と指摘してくるがどうでもいい。何にも感じなくなったと言っても、やはり苛々するにはするのだ。
「有耶無耶に終わらせるよりも、はっきり伝えた方がお前の気持ちの整理もつこう。もう私がお前の愛に応える事はないとな!」
ビシッとユータリアを指さし、その目には婚約者に愛想を尽かされた哀れな女に向ける蔑みが見て取れた。
ダンスホール会場に響き渡るその声でシンと静まり返った中、地を這うドスの効いたユータリアの声がその場に良く響いた。
「……はぁ?」
ギラリと、視線で人を殺せたらと言う程の殺気を込める。
「誰が、誰を愛していると?」
話すにつれ沸々と湧いてくる怒りに、肩がプルプルと震え、言葉が止まらない。
「愛されてると自惚れるのもいい加減にしろ!気持ち悪いのよ!時間がもっと遡れるなら、こっちから婚約破棄してやってたわよ!この、屑浮気野郎がっ!!愛してくれなきゃ寂しくて死んじゃうだぁ?手を繋いでくれなきゃ怖くて眠れないぃ?!お母様と同じ匂いがするとか気色悪いマザコンがぁっ!お前が死ね!!!」
吐き捨てる様に怒鳴り散らすと、目の前の二人はユータリアの変貌ぶりに震え上がっており、ホールは静まりかえっていた。
今まで被っていた公爵令嬢の皮を脱ぎ捨ててフンっと鼻息も荒く仁王立ちである。もうすぐ死ぬのだ。周りの反応などどうでも良い。
言いたくて仕方がなかった事が言えて、スッキリとした気持ちだ。
「ユータリア嬢?」
王子殿下に断罪される前から近くにいた声の主を漸く振り返る。
背の高い彼を見上げ、その漆黒の闇を纏う瞳を見ると吸い込まれそうな気持ちになる。もうすぐ、その闇へと意識が落ちるから惹かれるのだろうか。幾度となく繰り返される暗闇は、恐怖しか無かったというのに、こんなにも綺麗だと感じられたのが不思議だった。
何処かで何度も見た事のある彼を、ある意味初めて認識した瞬間だった。
ふと、自分の手が彼の腕に触れていた事に気づく。
「貴方の瞳って、とても素敵ね。もしまだ繰り返すのであれば…出来ればこの先ずっと、貴方の瞳を見ていられたらいいのに」
驚いて目を見開く彼とは、会話など殆どなかった様に思う。だからきっと話しかけられた事に驚いたのだろう。
でも、何故だろうか。繰り返される日々の中で必ず彼が側にいた。婚約者に糾弾される令嬢の周りには誰も近寄って無かったというのに、彼だけが近くで支える様に側にいた。
だって最初は、本当に一人だったと言うのに。
何が悪かったのか、何処で間違ったのかなどと後悔はしない。自分の人生に恥じる事など何一つ犯していないのだ。
だからこそ、絶対に絶望しないと決めている。これだけは譲れない。
「元婚約者だからと言わせておけばっ!その暴言許せるか!今この場で罪を償わせてやる!」
先ほどとは打って変わって、怒りに顔を真っ赤に染めた王子殿下は、腰に下げた鞘から剣を引き抜き、目の前まで踏み込んで来ていた。
振り上げられる刃に、あぁ、今回はここで殺されるのかと冷静に思考する。
その刹那、目を閉じあの吸い込まれる様な闇の瞳を思い浮かべていた。