8 手紙
「旦那様、これを」
執事のバーンズは恭しく盆に載せた手紙とレターナイフを朝食の席でお父様に捧げました。
それを見たお父様に、バーンズは続けます。
「ローズお嬢様からの手紙です」
「何?!」
お父様はカトラリーを投げ捨てるように置くと、急いで手紙の封を切りました。
険しい表情で内容を読み進めていくうちに、なんだか眉が変な形に歪み、最後は呆れと少しの安心、そして、どうするか悩むように口をへの字に曲げています。
「旦那様?」
「……読んでみろ」
その様子を訝しんだお母様が手紙を受け取ると、一通り目を通した後苦虫を噛み潰したような顔で内容の肝要な部分を声に出されました。
「……先の春の終わりに運命の方と出会いました。彼は侯爵家の方で、長子ではありませんが騎士団で活躍なさっています。いずれ叙勲も間違いなしと噂されている方です。そうすれば彼も貴族の一員、私は彼に嫁ぎたいと考えています。彼は紳士な方で、私にもエスコートの時にしか触れてくれませんが、……この後は省くとして、このお相手の方は自分が叙勲されたら婚約を申し込むからもう他の男とは会わないでくれというローズへの入れ込みぶり……らしいわ。入れ込んでるのはローズね、惚気をこんなに書いて寄越さなくてもよろしい」
長子ではない、騎士団の方、私は嫌な予感がして、気が気じゃなくなり、震える声でお母様に訊ねます。
「お母様……、その、お相手の方のお名前は書いてありますか?」
「えぇ、レイノルズ・モリガン侯爵子息。長子では無いけれど、若くして騎士団での地位も高い優秀な方のようだわ。……一応王都には行きますけれど、この手紙の調子なら一先ずは安心できるわね」
苦笑いをしたお母様から、今度は私に手紙が回ってきました。私は手紙の上を目が滑りそうになるのを堪えて、ローズの女性らしい細かな文字でびっしりと綴られた、レイノルズ様との思い出や彼への想いを読み進めます。
ローズは馬鹿ではありません。淑女として……一度道を外れてしまいましたが……恥ずかしくない教養と、私には無い社交性と美貌を持っています。
レイノルズ様が騎士になると言った夢が叶ったのは本当に嬉しいです。ですが、私が思いを告げていれば……レイノルズ様はローズの恋人にならなかったかもしれない、などと浅ましい事を考えてしまいました。
不意に小さい頃のことを思い出します。私のお下がりのドレスを着ていたローズ……。私が先に手に入れたものを後から下げ渡される、子供であってもそんな機微には聡いローズです。あの時、寝ている私にドレスを下げ渡すために新しいドレスをねだったのだとしたら……。
そこまで気の回らない、お洒落に興味の無い私がいけなかったのかもしれません。私はそのあとローズのおさがりで充分満足していましたが……それは私が他に本や家庭教師といった欲しいものを与えられていたからというのもありますが……今初めて、あの日癇癪を起こしたローズの気持ちがわかりました。
こんな手紙、今すぐ踏みにじって燃やしてしまいたい。




