6 レイノルズの初恋(※レイノルズ視点)
最近、騎士団の間でも、社交界でも、噂になっている女性がいる。それもよくない噂だ。
その話をするときの男たちの顔は皆下品な笑いを浮かべていて、浮名を流しているどこかの貴族の次男坊なんかは鼻で笑っていた。
噂の女性の名前は、ローズ・サリバン辺境伯令嬢。そして、彼女の噂になっている別名は……『花姫・ローズ』。
花姫とは本来、誇りのある、身体だけではなく歌や芸、幅広い知識をも売りにした女性を指すある意味尊称で、身分の高い男性が有名な花姫を伴って社交の場に訪れれば一目置かれる。ある意味そこらの貴族以上の評価を得ている、そんな存在だ。
しかし、ローズの場合はただの蔑称となる。本物の花姫がこの噂を聞けば、噂をしている貴族の子息はあらゆる手段によって潰されかねない。しかし、辺境伯の娘とあっては『娼婦』とまでは噂であっても言えない。そこで、花姫、と呼ばれている。誘えば誰にでも股を開く、と、男たちの間では最早知らぬ者がいない程の奔放ぶりだ。
ローズはそんな事を知る由も無いだろうが、このままいけば嫁の貰い手は誰もいないだろう。色を好む中年の、家格の低い貴族の愛妾になるのが精々だ。
私はサリバン辺境伯の事は……もっと有り体にいうなれば、ローズの姉のリリーについてはよく覚えていた。
リリーは忘れられない人だ。細いように見えてキビキビと動き、姿勢がよく、聡明でいながら社交界という場には不似合いな無愛想な人。美しく礼儀正しいのに、淑女らしい愛想はなく、しかし会話を始めればどんな話題でも深く鋭い切り込みを見せて話を広げる博識さ。
女性は淑女としての教養があればいいとされているこの国で、政治経済に関しても鋭く論じる事ができる女性だ。並大抵の男では彼女に釣り合う事は無いだろう。
「私は仕事が好きなのです。一緒に肩を並べて領を盛り上げてくださるような……そんな方といつか添い遂げたく思います」
ハッキリと自分の将来を語る灰色の瞳に、私はすっかり骨抜きにされた。侯爵家の次男として生まれ、剣の道に進んだが、どこに婿入りしても恥ずかしく無い程度には教育も受けてきた。
しかしどうだろう。リリーという女性はそんな私の慢心を一蹴しながらも、淑女としても恥ずかしく無い立ち回りをし、その儚げな美貌とは裏腹な強い眼差しで未来を見据えている。
お陰で彼女は高嶺の花として、未来の旦那を見つける事は出来ないまま領に帰ってしまった。私はその時、彼女の隣に並ぶ自信がなく機会を逃したのだ。そして騎士となってからも、領地経営や事業について積極的に学び直した。
どうしてローズとリリーはここまで違ってしまったのだろう? このままではサリバン辺境伯の名にまで泥を塗る事になる。いや、社交シーズンを終えた後のローズの奔放さは度を超えていて、相手の男が本気で自分に惚れていて騙されていると思っている。皆、花姫とはただの遊びで裏では噂をしているというのに。
ローズはとっくに家名に傷を付けているのだ。リリーが守ろうとしているサリバン辺境伯領に、このままでは影響しかねない。
私が出した一つの結論……、もし機会があるのなら、リリーを助ける事ができるのなら……、ローズを騙そう。
ローズに本気で私に恋をさせ、夢中にさせ、他の男たちに手を出さないように紐で繋いでおく。
しかし、同時に一つ決めていた。決して身体だけは許さない。口付けすらしない。私が好きなのは、恋に落ちたのはリリーだ。全てはリリーの為に行われ、ローズにはいずれ似合いの嫁ぎ先を見つけてやろう。それを、嫁ぐと言っていいのかは分からないが。
だから、ローズが私に声を掛けて来た時にはチャンスだと思った。
「……君が、あの……。失礼、レイノルズと申します。モリガン侯爵家の第二子です」
第二子と言っておけば彼女の本命になる事はまずない。しかし、結婚相手と恋をする相手が違うのは、ここまでの彼女の行動を知っていれば皆分かっている事だ。
精々本気で恋をしているように振る舞おう。リリーの大事な物を、その存在だけで傷付けるローズ。君自身に恨みは無いが、君が慎みという言葉さえ知っていればこんな手段に出ようと思わなかった。
さぁ、私の人生における汚点、一世一代の茶番を始めよう。




