20 花姫・ローズ
ラトビア侯爵は口髭を生やした狐顔の男性で、侯爵らしい自信と出っ張った腹を持ち、華美なだけのあまり品のない服装をしています。何せ、全ての指に大粒の宝石が嵌った金の指輪をしている位で。品が無い、と私は思ったものの、ここで口を開くのはまずはお父様です。
「ラトビア侯爵。本日もご機嫌麗しゅうございます。さて、国中の貴族諸侯の集まりに我々が居るのが何かおかしいですかな?」
「まさか、お分かりにならないと? 御息女がなさった事を知らない、などという事はございませんよねぇ」
私は隣のローズの手をぎゅっと握りました。ローズは毅然として前を向いていますが、微笑みは消えています。
事実は事実。広まった醜聞はそう簡単には消えない。だからと言って、こんな衆人環視の前で、態と大きな声でそれを言うとは。
お父様は黙って……それはそれは冷え切った目で、ラトビア侯爵を見ています。ここで口を挟んだところでこの男の演劇じみた言葉は止まりません。周囲は彼の声と言葉に、そっと口を閉じて耳を傾けています。
「いえねぇ、私もこの国を愛する一人の愛国者ですから。社交シーズンが終わると領地に戻っては国境を守る辺境伯殿の娘が……いやいや、花姫と呼ばれるだけはある。実に美しい。姉妹揃って、手折られるのを待つ、まさに本物の花のようですなぁ。……失敬、一輪は既に手折られたのでしたかな」
いやらしい目でローズを見ながらの言葉に私が声を上げようとするのを、ローズが握った手を強く引いて止めます。
お父様も、手を出すなとばかりに私たちを庇うよう片手を広げました。私は家族を馬鹿にする目の前のでっぷりと太った狐を睨みつけることしかできません。
「さて、ラトビア侯爵。手折られたと仰いましたが、その通りです。我が娘ローズは一度手折られました。しかし、花は水を与えればその美しさで長く咲き誇ります。ローズは今、まさに愛されるという水を得て強くなり、再び根を張ろうとしているところです。それを踏みにじるような真似はやめていただきたい」
お父様の冷え切った声。国境を守るために鍛えた広い背中と力強い腕は、私たちを、ローズを守るために今はあります。
建国祭というめでたい日に、こんな不躾な事を言う方が恥だと、目の前の男は分かっていないようです。それでも、人々の心に未だ新しく残っているゴシップは、掘り起こされればそれぞれの身近な方とひそひそと噂を始めるには充分な効果がありました。
はしたない子、綺麗に着飾ってまた男でも漁る気かしら、交際しているというレイノルズ様もさすがにエスコートするのは嫌だったのかしらね、そういえばあの夜は実に積極的だった……男女問わず、ひそひそと、それでいてローズに聞こえるように噂話を始めます。
建国祭の空気が悪くなり、今だとばかりにラトビア侯爵が陛下の方を向いて声を上げようとした瞬間でした。
会場の入り口が開き、独身主義で洒落者のシュトーレン公爵が女性を伴って入ってきたのです。
まさに今陛下に向かってサリバン家の醜態を訴えようとしたその瞬間に、会場中の、全ての目が公爵の隣の女性に向けられ、ラトビア侯爵は忌々しそうに顔を歪めて其方を見、呆然とします。
白く品の良い服を着たシュトーレン公爵の隣にいたのは、私たちにプラチナムを教えてくれた、今は着飾って女神の如き美しさを放つあの女性でした。




