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13 密会

 ローズに言われた通り、私は窓の鍵を開けて、寝巻きの上からストールを羽織って窓の外を見ていた。


 私の部屋の前には大きな枝の張った木が生えていて、夏の陽射しを遮ってはくれるが、昼間は少し薄暗い。ローズは当然のように日当たりの良い部屋を選んだが、夏場は涼しい一階の客間で寝る事も多かったようだ。


 不意に、ほのかな月光を遮る影。それは人の姿をしていた。あわや強盗かと思ったが、その強盗は紳士的に窓をノックした。


「……ローズ?」


 その声に私は心臓が止まりそうになった。


 初めてのパーティーで、無愛想から誰からも声をかけられず、壁の花になっていた私にダンスを申し込んでくれた方。


 私と議論にも近い話をして、そして楽しそうに笑ってくださった方。


 レイノルズ様の声で間違いない。


『お姉様にあげる』


 ローズが言っていた言葉の意味がわかった。私はそれがはしたない事だと分かっていても、こんな夜に警備の目をかいくぐって木を登ってきてくれたその人を、迎え入れるために窓を開けた。


 私はまだ声を出さない。窓の光が届かない場所まで下がる。月光以外に何も照らす物の無い部屋では、私の姿はまだ見えないだろう。


「……レイノルズ様」


「まさか……リリー嬢?」


「はい……。全て、聞きました。ローズは聡い子です。貴方が……サリバン辺境伯家の為に、ローズを悪評から救ってくださった事」


 彼は戸惑って、窓辺に立ったまま薄暗い部屋の中で立ち竦む私を見ていた。


 月光に照らされた彼は、あの時よりも背が高くなり、肩も広く、それでいて金の瞳と黒の髪で彩られた顔は憂いを帯びつつも美しかった。


「本当に、ありがとうございます。あの子を、……ローズを愛してくれて」


「違う」


 私が涙を流しながら告げた言葉には、思わぬ強い否定が返ってきた。


 堪えきれないとばかりに近づくレイノルズ様のシルエット。怖い、と思いながらも、私は動けなかった。だって、私にとって初めて恋をした人であり、彼以外に心を惹かれる人などいなかった。


 辛い事があれば、楽しかったあの夜会を思い出した。


 頭の中で何度も告げた。貴方が好きです、と。


 でも彼はローズの恋人だ。婚約も考えて、だから誰も見るなと言って、ローズを見て愛してると言った人。


「私が守りたかったのは、貴女の大切な物です、リリー嬢。……ずっと、貴女を慕っていました。今まで、ずっと」


 近づいてきたレイノルズ様は私を強く抱きしめる。私はその言葉を信じていいのだろうか、都合のいい夢でも見ているのだろうかと思いながら、恐々と彼の広い背中に手を回した。


「……私も……」


 言いかけて、グッと堪えた。彼はローズと交際をしている。いくらあげると言われても、私はその状態の彼に気持ちを伝えることはできない。……その分、抱きしめる腕に力を込めた。


 暗闇に目が慣れてくる。泣いている私の頰を彼の大きくゴツゴツとした手が優しく覆い、親指の先で涙を拭う。


 その涙を目の前で舌で舐め取られると、カッと顔が熱くなった。その様子に、彼が面白そうに笑うのが見える。ますます恥ずかしくなった。


「貴女のそんな顔が見られるとは思わなかった。リリー嬢、ローズと交際をしている私が言っても信じて貰えないかもしれないが……私は貴女を愛している。いつもその、灰色の瞳を思っていた。どんな時も……、ずっと、貴女だけを想っていた」


 ローズはそれを知っていた。いつからだろう、どこからローズはそれを知っていて、私をここに引っ張り出したのだろう。


 夢じゃ無い。私は初恋の人の腕の中で、彼に愛を囁かれている。


 彼は言った、いつも私の瞳を思っていたと。ローズの瞳を通して、私に愛を囁いていたのだろう。


 酷い人。だけど、それでローズを助けてくれた。ローズは、それを理解している。昔からとても聡い子だった。


「私はまだ、ローズの恋人として振る舞わなければならない。ローズを最初に誘惑した男を……その男を必ず見つけ出し、全ての悪評を精算するために。だけれど、リリー嬢……貴女を目の前にして、私の気持ちは抑えられなくなった。どうかまた、窓の鍵を開けていて欲しい。月のある夜には必ず訪れるから」


 狂おしいような気持ちを込めた、抑えた声でした。腕の中でそれを聞いた私は、全ての言葉を飲み込んで……ローズを騙すなんて、だとか、そんな裏切りは、だとか……はい、と頷いた。


 彼は私の白に近い金の髪に口付けを落とすと、窓に近付き、また、と言って窓枠から枝を伝って地面までするりと降りて行った。


 彼が無事門の外に出るまで、私は窓から身を乗り出して彼を見送った。

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