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12 姉妹喧嘩

 ローズが屋敷に帰ってきても、私は顔を出さなかった。今、ローズと顔を合わせたら私は何を口走るか分からない。


 階下からお母様の朗らかでありながら怒る声が聞こえた。ローズは充分に反省しているからか、一言も反論もせずに黙ってお説教されていた。


 それも小一時間ほど。やった事に比べれば短いような、それでも今のローズが自ら悪評を払拭しようとしているのだから充分なような、そんな時間。


 階段を上がってくる足音の後に、私の部屋のドアを軽くノックしたのはローズだろう。私の返事がないので、ローズはドアの向こうから控えめに声をかけてきた。


「お姉様? 起きてらっしゃるんでしょう?」


「……」


 私は答えない。こんな私的な感情で無視をするなんて恥ずかしい事だと分かっている。でも、私は答えられなかった。


「お姉様、聞いてますよね。もう要らないから、お姉様にあげます。レイノルズ様」


「?!」


 私は驚きと、人を物のように言うローズが……それも私の初恋の人を物のように扱うローズが許せなくてベッドから起き上がった。


「何を言っているの?!」


「あらやだ、やっぱり起きていらっしゃったじゃない」


 私はドアを開けると乱暴に笑うローズの腕を引っ張り部屋に引き摺り込んだ。許せない。昔から人の機微に聡くて、私に嫌がらせするためにおさがりをよこしていたのは知っている。


 だけど、ローズの、サリバン辺境伯家の名誉を回復させてくれたレイノルズ様を、要らないからあげる、なんて言われたら。


「ローズ! 貴女は自分のした事がどんな事か分かってるの?!」


「それはさっきお母様から充分言われました。分かってるわよ。あさはかだった、馬鹿だった、恥ずかしい事をした、……お姉様の大事な家名にも傷を付けたし、私の嫁の貰い手なんてなくなった。……レイノルズ様が現れて、私を真の淑女にしてくださらなければそうなっていたでしょうね」


 おどけた調子だったのが、段々と真剣味を帯びた声に変わっていく。ローズが大人の顔をしているのを見て、私はいぶかしく思った。一体、レイノルズ様と何があったというの。


「今夜は窓の鍵は開けておいてくださいね。……とにかく、私はもう昔の、駄々を捏ねてお姉様に嫉妬する私では無いの」


「私に……嫉妬? なぜ? 貴女は綺麗で教養もマナーもある。愛想もあって、誰からも愛されていたじゃない」


 そうだ、ローズが私に嫉妬する所なんて何一つない。女性として見た時、私とローズを並べたら、きっと皆ローズを選ぶ。……そのせいで奔放な事をしてしまったのだろうけれど。


「……っとにお姉様ってば、他人の心の機微には疎いんだから。そういうところ嫌いよ。なんでも出来て、控えめで女らしくて、見た目だって清楚で綺麗で、でもなまじっか、なんでも出来るから社交界デビューしても男の一人も捕まえられない」


 褒めてるのか貶してるのかは分からないけれど、喧嘩を売られていることは分かった。私は近くのソファにあったクッションを衝動のままにローズにぶつけた。しかし、子供の頃のように黙って平手打ちを受けていたローズはそこには居ない。


 おもいっきりクッションを私の顔に投げ返してきた。


 その後は淑女にあるまじき事だけれど、手を組んでの取っ組み合いになった。そのまま押されたのは私。仕事で机に張り付いていた私より、外で動き回っていたローズの方が力が強くて、ベッドに雪崩れ込んで私はローズに押し倒された。


 私の頰に温かい水滴が落ちてくる。


 顔をぐしゃぐしゃにしたローズ。癇癪を起こして泣いていたあの時とは違う。これは、何かを諦めて飲み込んで、それでいながら私に初めて勝ったローズの涙。今まで自分にずっと言い聞かせてきたのだろう、私より劣ってない、姉より自分を見て、という気持ち。


「ローズは綺麗ね。……ねぇ、ローズ。貴女はずっと私に負けていると思っていたかもしれないけれど、私はそうは思わない。大きくなったわね、ローズ」


 そう言って泣いてるローズを抱き寄せると、声を上げて泣きじゃくった。


 ローズは見て欲しかったのだ、ずっと、私の妹じゃなくローズとして。物を買ってもらう事で、そしてそれを私に下げ渡す事で、保っていた気持ち。


 姉としてもっとローズを見てあげるべきだった。私は、私の大事で大好きな領地にしか関心がなかった。


 あの時、頰を打ったあの時以来初めてかもしれない。ローズと喧嘩したのなんて。ずっとローズは、私と張り合って、私にローズを見て欲しかったんだと分かった。


 妹が泣き止むまで、私は何度もごめんねと謝りながら、背を撫でた。

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