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一月海は怖がらない  作者: モノ
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不法侵入!

 絞貴はマンションの三階に住んでおり、現在一人暮らしである。

 鮫野家の子供として育ってきたが、幼少期からすでに自分が本当にこの家の人間ではないことを知っていた。というのも、自分で戸籍を調べたわけでもなく、ただお世話になっている両親からいきなりそう告げられたのだった。当然最初の頃は戸惑っていたが、考えても仕方がないと割り切っていつかこの家の人の邪魔にならないように、家を出ることを選択した。

 そこからの話は割愛するが、ともかく高校生で絞貴はついに独立を果たしたのであった。

 鮫野家との縁は切れず、絞貴の本当の親の遺産だというお金を管理し、毎月送ってもらい、毎日を過ごしている。

 

                   


 家賃は分からん。四人部屋に一人の男。それが今の俺の唯一安心できて、落ち着ける空間だった。

 家に帰ると早速買ってきた食材を冷蔵庫の中に入れていく。


「ふふふ。今日のメニューはホイル焼きにでもしようか。良さそうなエリンギが目に入っちまったからな!」


 鮭とキノコ類、玉ねぎなどをキッチン台に置くその上機嫌な顔は、今から悪魔召喚でもせんとするようにギラギラと輝いていた。最もそんな材料では悪魔なんて召喚できないし、するのは美味しい料理なのだが。

 まずは玉ねぎとキノコ類を適当な大きさに切っていく。個人的にエリンギは厚めに。それから……。


「楽しそうに作ってるね。気に入らない。あ、鮭のビニール剥がしておくね」


「おお、ありがとう。いやー高校入ってから今まで使っているけど、いつまでたっても包丁が上手く扱えなくって……、なくて……?」


 エリンギを切るのをやめた。

 横を見ると、二十センチ弱下に誰かがいて、二切れしかない今日の主菜と明日の昼用の鮭のビニールをはぎ取っていた。


「……一月。お前は俺の家で何をしているんだ?そもそもどこから入ってきたのか説明してもらおうか……」


 そう言いつつ玄関の鍵とチェーンロックを後ろ手で確認するチェーンはしっかり穴にかかっており、鍵もちゃんと閉まっていて、カシャリといつもの開錠の音がした。


「別に?窓が開いていたからお邪魔させていただいただけよ。防犯意識の低い奴ね、嫌いな部類よ。まあこんなところに空き巣に入る奴なんてそうそういないわよね。にしても四人部屋に一人暮らしって寂しいものがあるわね……。本棚とパソコンくらいしかないじゃない」


「人の部屋の中を物色するな。というか窓はちゃんと閉めていたはずだ。いったいどうやって……」


 一月を押しのけて絞貴はベランダに出る。確かに窓が開いていた。鍵の部分には謎の糸が垂れている。そしてベランダに出てみる。寒さで白い息が出てしまう。


「ん?何だ、この白いの……?」


「言っておくけどこの上が私の部屋だから」


 上の階のベランダから垂れ下がっていたのは、厚めのいくつか玉の結び目がついた、カーテンで、つまりそれはロープ代わりのもので……、


「一月ィ!ここは三階だぞ!こんな危ないことをするならちゃんとインターホン鳴らして

玄関のドアから来い!いいな!?」


 自分で言っておきながらもそこじゃないだろうと脳内総ツッコミを食らった。

 一月は俺を見て一つ大きなため息をはくと、さけと切られた野菜、バターにほんの少しのチーズなどをホイルの中に入れていく。


「今の言葉で許可を得ました。なので次からはそうするわね」


「いやちょっと。……次ってどういうことなんだ?」


「次は次よ。私も一日そこらで関係が変わると思っているほど馬鹿じゃないわ。だからあんたはほらっ、さっさと夕食を作りなさい。私、火を使うと必ず焦げちゃうから」


「……いや、オーブンに入れてタイマーをセットするだけだろ……」


 もう考えるのはやめだ。ご飯を食べながらでもゆっくりと話せるだろう。そもそもなんでこいつの飯を作っているのかもわからない状況に……。さらに謎を追加すればこっちがもたなくなりそうだ。

 とりあえず一月には適当にくつろいでもらうこと三十分。大皿二枚に鮭の入ったホイルを並べる。ご飯は自分の茶碗を一月に貸してやり、自分は普通の平皿についだ。


「いただきます」


「いただきます」


 両者、それきり会話なく食べ始める。鮭は美味しいのだが、この状況は非常に気まずい。

 耐え切れずに俺は一月に話しかけることにした。


「あのな……、お前は江口のことが、……その、好きなんだよな?」


「それが?そうよ。あんたの良さを何乗しても江口くんには届かないくらい好きよ」


 会話、以上!……いや、ダメだろう。

 ギロリと目を光らせて、改めて一月を見る。それは彼女を食事に混ぜた睡眠薬で眠った後に縛り上げて尋問してやる、という目ではなく、ただ気まずい雰囲気に耐え切れず目を細めているだけである。

 そもそも江口が好きといいながらも、なぜ俺のところに来るのだ。ホカホカの料理には申し訳ないがここは一旦食べるのをやめて聞き出すしかないだろう。


「いや、まあ大体わかる。あれだろ?江口といつも仲良くしている人間を集めようとしていたんだろ?」


 熱いエリンギをもしゃもしゃと噛み千切っている。


「まあ、結局放課後に来たのは俺一人だったわけだが」


 付け合わせにと作った春雨スープをすする音がする。


「でもこんなに回りくどいことをするくらいならな」


 ご飯が一気に掻き込まれた。


「……って聞けよ!そもそも俺が一番言いたいことは、よく考えなくても何でお前は俺の

部屋で堂々と他人の飯にありついているんだ!俺がおかしいのか?そうなのか!?」


 一月はごとりと俺の茶碗をテーブルに置くと、


「うるっさいわねえ……。人がせっかくお邪魔になっているのだから、せめてでも静かに食べてあげているのに、そんな私らしからぬ気づかいもわからないわけ?」


「わかるか!そもそもお前と俺の接点なんてクラスメイト以上のものがあるか?ないだろ。俺はお前のことなんざほとんど知らないぞ!」


「だまらっしゃい。近所迷惑よ。あっ、隣の人はどちらもいなかったわね。それでも無駄に騒ぐなんて、やっぱりあんたみたいな人間は嫌いよ。それにあんたに一番用があるって言ったのも単純に今日の昼休みに一番江口くんと話していたってだけなんだから」


「なんだと!?あの悪寒はお前だったのか!というか何でお隣さんのことまで知っているんだ?……いや、それよりもそんなふうに考えながら食べるならその鮭を返せ、俺の明日のおかずを返せ!」


 一月はなおも食事の手を止めず、鮭の皮を最後まで食べつくした。ああもう、なんなんだこいつは!

 椅子に座りなおして一旦落ち着こう……。


「……俺としては別に江口とのことを手伝うのもやぶさかじゃなかったんだぞ」


「それって本当?」


「え?」


 綺麗に平らげられた皿の上には、目を丸くして意表を突かれたような顔をしている一月の顔があった。

 ずいっと身を乗り出して一月の顔が迫ってくる。耳にかけていた長い髪が前に垂れ、その少し赤く染まった色白の肌をいっそう強調している。


「本当に手伝ってくれるの?こんな私の我がままのような頼みに、あんたは何の得もしないのに手伝ってくれるの?」


 我がまま、ね。そりゃそうだ。恋なんて、片思いなんていうもんは大抵そういうものだろう。


「何だよ。本気じゃないのなら手伝わないぞ?……あのなあ、こんな俺でも人の頼みならできる範囲でなら何でもするつもりなんだよ。犯罪じゃないならまあ、うん……」


 正直、恋愛事なんて手伝える余地があるのか分からないがやってやるだけの気持くらいはある。


「そう?なら、私の手足となって主従関係を結んで、私が命じれば政敵と笑いながら毒を飲みあうくらいのことはしてくれるの?」


「さすがに毒は飲まないぞ!?」


 すると一月は俺に対して、いやクラスの人間に対して初めて見せる笑顔で、


「でも私を手伝ってくれるのよね!ふふっ。あんたは嫌いだけど、なんとなく気に入ったわ。じゃあ今日はここでお暇するわ。鮭美味しかったわよ。明日の朝食も食べに来るからよろしく。じゃあねっ!」


 そういうと俺が制止する前にドアから外へと出て行った。

 俺はというと、一月の初めて見せる満面の笑みをまともに食らったせいで、しばらくの間動けなかった。

 一月が玄関のドアのカギを開く音でようやく正気を取り戻し、すぐにマンションの廊下に出たのはいいが、今朝のトイレの時同様にすでにそこには誰もいなかった。


「……皿、洗うか……」


 奴の言ったことが本当ならば真上を訪ねれば会えるのだろうが、行ったところで俺が何を言えるのか全く見当もつかない。明日は休日だ。ゆっくりと話を聞いてやるとしよう。

 全てを諦めて、机の上に残された食器をシンクの中に突っ込んだ。


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