表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一月海は怖がらない  作者: モノ
6/29

大告白

 そんなこんなで放課後である。五、六時間目はなるべく左を見まいと念じており、気がつけば時間がカット編集されたように思えた。寝ていたわけではない、断じて。


 帰りのHRで藤堂教諭の号令後、生徒たちは各々の向かう場所に散っていった。俺はエアコンが切られ、冷気が待ってましたと言うように侵入してくる教室で、一人ぽつんと野球部の声を聞いていた。件の女はまだ来ない。


 現在の時刻は五時半で、HRが終わって一時間以上は経過していた。

 はめられたのか……。そういえば帰りのHRの時点で俺の隣は空席だった気がする。万が一彼女が何かしらの理由で遅れてしまっており、誰もいない教室を一人で眺める風景は少々心が痛むのでこうして待っているのだが、いっこうに現れる気配はない。今日は魚が安い日だからなるべく早く帰りたいのだが……。


 そんなことを考えていると、勢いよくドアが開いて誰かが入ってきた。その影はぴょんと机に上がり、そして教卓の上に立った。


「さて集まってもらった諸君……しょくん……?」


 窓から差す夕焼けに照らされて、教卓に立った小柄な体が映し出される。その人物は俺を呼び出した張本人、何が諸君だ、一月 海だった。


「ねえ、あんた一人?他の連中は?帰ったの?」


「さあな。最初から俺一人だったぞ」


 一月はむっとした顔をして窓の外を睨んだ。

 おそらく俺と同様に男子トイレの壁に叩きつけた人間の顔が浮かんでいるのだろう。唯一の友人である江口の顔はそこにあるのだろうか。昼休みの発言からしておそらくないと思われるが。そういえば問題児とか言っていたような。


「まっいいわ。あんたが居れば。一番用があったのはあんただし」


「あの、俺には鮫野 絞貴って名前がな……」


「あんたに頼みがあるわ。全く、他の連中はこんな奴ができることもしないんだから……」


 そりゃあ、いきなり便所の壁に叩きつけてくるような、頭がどうかしているとしか言いようがない女の一方的な要求を聞く奴なんかは、よっぽどの暇人かお人好しくらいだろう。俺は後者である。早くせねば魚を買いそびれる。


「頼みっていうのは何だ?というか教卓から降りろ。ってそうだ、俺はお前に言いたいことがあってだなあ……」


 眉間にしわを寄せて手早く説教してやろうと思ったが、


「そんな怖い顔しても何もきかないわよ。私、基本的に人類が皆同じ顔にしか見えないし、何より人が嫌いだから」


 ツッコミどころのあるセリフだが、まず「きく」ってのは「聞く」か、「効く」なのかを教えてもらいたいところだ。


「そんな嫌いな人間に恥を忍んで言うわ……。その……、えっと…………」


 傲慢な態度から一変し、声がだんだん小さくなっていく。こっちを睨むような目は変わらないのに、顔が全体的に赤くなってきているのは夕日のせいではあるまいな。

 一月はギリっと歯を噛み締めている。そんなに嫌なのか……。

 さすがに俺もここで動揺してきた。不意に、昼休みの江口の言葉が思いだされた。


 ついにお前に告白するような女子生徒が現れるようになったとは……。


 大きく息を吸って、一月が声を出すまで三、二、一、……。


「……何が何でもこの高校卒業までに……、卒業までに!わ、私を江口くんと付き合わせなさい!」


 時が止まった。今や黒板前の教壇の上に立って告白してきたクラスメイトを凝視する他ない。顔はボーリング玉の穴ようになっているだろう。

 江口……、どうやらお前の勘は当たっていたぞ。ただその相手が俺ではなくお前だったんだ。その告白が俺にされただけで、実質江口への告白と受け取っても何の違いもないだろう?


 ……即刻頭の中に、違うのだ!と申し立てられて正気に戻ることに成功した。ありがとうニンジャ。


「……わかったわね?」


「わかるか」


 低いながらもはっきりとそう言わせてもらうぞ。


「そもそもなあ……!いったいお前はなんだよ!」


「一月 海。以上」


「いやそうだがそうじゃない。なんつうかその……」


「なによ。はっきりちゃんと頭でものを考えてから発言しなさい。そんなこともできないわけ?はっきり言って、そこまでとろい奴だったとは思わなかったわ」


「とろっ……!お前こそいきなり人を壁にたたきつけてきておいてその言いぐさはなんだ!もう一度言うぞ、とっととその教卓から降りろ!」


「あーもうめんどくさい。いちいち声を張り上げて人を怯えさせてからモノ言うタイプね大嫌い。あんたならそうね、また後で会いましょ」


「あっ、おい!」


 トッ、と軽やかに教卓から飛び降りると、そのまま教室から飛び出していった。

 思わずすぐに彼女の後を追いかける絞貴だったが、廊下にはすでに一月の姿はなかった。


「何だったんだよ、あいつは……。」


 可愛い顔と美しい黒髪を持っていると思いきや、中身は自己中でズレた行動をとり、自分の用が終われば他人のことなんか気にせず速やかに撤収する女。入学当初の彼女の印象が、風の前の塵のごとく吹き飛んでしまった。いや、大した印象も今日の朝まで持ってはいなかったわけなのだが。

 教室に戻り教卓の上を見ると、くっきりと上靴の跡が残っていた。

 机の上に上靴のまま立つなんて非常識な。明日教師に見つかったら何を言われることやら。……仕方ない、拭いておくか。

 そうしていつも愛用している無地の白いタオルを濡らしに水場に行ったとき、ふと気がついた。

 そういえばまた後で会うとか何とか言っていたがいつ、どこでなんだ?

 絞ったタオルで教卓を濡らしながらどういうことなのかを考えていた。冬場の水道水は冷たく、水を吸ったタオルが余計に重く感じられた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ