叩きつけてこんにちは
さて、この学校のトイレは何故か三年生の階にはない。二、三年は二階で、一年はわざわざドアから外に出た、いつもの授業で使う教室棟と特別教室や広い講義室の集められた実習棟の中間にある。二月に差し掛かろうとしているこの時期には、厳しいシベリアの寒さは増して、北西から吹く北風は容赦なく冷たい空気を日本に送り付けていた。寒さで頭が麻痺しそうだ。
そう、本当に頭が麻痺していたのかもしれない。だからあんな油断を生じさせてしまったのだろう。
用を済ませトイレのドアから外に出るやいなや、ものすごい握力で俺の右手を誰かが掴み、男子トイレの横に立つ木の後ろまで有無を言わさずに引っ張りだされた。長い髪が顔に当たり目に入りそうだった。
「おい、いきなり人を・・・・・・人を……?」
長い黒髪。色白の肌。自分を睨む眼。見たことのある女子だった。というか隣の席の女子である。確か名前は……、
「放課後。話があるから教室に来なさい」
そう言って背中に手を回し、俺を男子トイレの壁に思い切り叩きつけやがった。
とっさに壁に手をついて何とか鼻を打たずにすんだが、壁面はザラザラでまともに当たった頬がとても痛い。
すぐさま壁から自分の体を引っぺがすと、逃げていった彼女を追いかけた。が、すでに教室棟のドアは閉じており、見失ってしまった。