同級生のメガネと丸髪
さて、高校生活が始まって唐突ではあるがもう半年以上がたって、二月となってしまった。仕方あるまい。この間に文化祭、夏休み、体育祭などという素晴らしい出来事があったのだが、俺への周りの目はクラス内を除きほぼ変わることが無かった。
クラス内でも、夏休み明けはまだ怖がられていたが、今はそうでもない。猛獣の扱いに慣れたという感じである。
最初の頃は努力したはずなのだが一方的に避けられて、不良のレッテルを貼られることとなってしまった。入学後はいろいろな噂が立てられ、すべての人間を憎む者だの、殺気だけで人を数秒で失神させられるだの好き勝手言われちまった。どうしてなんだろうな。
俺としては安定のスルー。夏休み前あたりからもう諦めていた。何故なら俺は噂通りのような大層な男ではないし、喧嘩だって自分から始めたことはない。いつかは気づくだろうし、下手に首を突っ込んで自分が火傷するのはいいが、それで別の誰かが傷つくのが嫌だ。
現在俺は朝早くに学校の自分の席に座っていた。くじ引きで決まった席は廊下窓側の後ろからニ番目の席で、狭い教室の丁度出入り口の場所である。
「オッス鮫野くん。相変わらず怖い顔しているねえ。その顔の下にはどんな感情が隠れているんだい?ってね!」
「……ん?夏織……さんだっけ?この前は手伝ってくれてありがとよ」
「いいってことよー。ついでに夏織でいいよっ!あの時鮫野くんがいなければあの公園が燃えていたし。私あそこの公園が好きなんだよっ」
廊下の窓越しに俺に挨拶し、教室に入ってきたのは水城 夏織。クラスメイトの女子であり、学級委員長。そして女子の中で同中を除いて唯一誤解が解けた活発少女である。
先週の土曜日。とある公園でとあるチンピラの飛ばした火のついたタバコを俺が見かけて注意した。最初は俺の顔にビビっていたが、口論→つかみ合い→ケンカとなるまでそんなに時間はかからなかった。しかし時間は時間。そんな間があったわけで、気がつけば公園の植え込みの木にタバコの火が移っていたのである。チンピラを追い払った直後であり、ちゃんと自分で吸い殻を持ち帰って欲しいと、ケンカしていた俺には水を準備する時間はなかった。そんな慌てふためいた俺の足ごと水をぶっかけてくれたのが夏織であった。
それからいろいろと、戸惑いながらも話し、
「ほう、やっぱいいやつだったねっ。外見で判断しちゃいかんよー皆。でもここは公園。
人目がつくから暴力は穏便にふるってね。正義の鉄槌!じゃっ、また来週!」
そう言って別れた。聞けばクラス担任から俺の処遇について相談されており、困っていたところ、俺を偶然見かけてストーキングしていたらしい。しかし話ができたことで一歩前進だ!とのこと。ストーキング……?
因みに担任は陸上部顧問で生活指導の先生である(名を堂籐 勝。何度かデマに騙されて、俺を呼びつけては誤解を重ねていく少し困った先生であるが、いい先生であることには変わりない。多分。)
「よう鮫野。今日もすこぶる不機嫌面だな」
俺へ話しかける奴は誰もがそうなのか?
横のドアから一人また教室へと入ってくる。
「おう、江口。お前は相変わらずの真面目顔だな」
「おはよっ江口くん!」
江口 良。俺の中学の時からの親友で、生徒会書記を務めている頭のいいやつである。
俺のこの顔を怖がるどころか興味を持ち、なんだかんだあった後に今ではすっかり多分一番の親友だ。こいつが散々接してくれたからこそ他の人間の目が緩和されて中学の楽しい学生生活を送れたと言える。高校でもそうなればと思ってはいるが難しそうだ。
夏織が道を開けるために一歩下がった。そんな彼女におはよう委員長と言う江口。
「……ん?江口眼鏡変えたのか?白い眼鏡、意外と似合うじゃないか」
「ははっ、イメチェン、イメチェン!……この前居眠りしてフレームをぽっきりしちゃったからな。意識のたるんでいると、神からの警告と思ったので思い切ったフレームにしてみたんだ」
元々の知的な顔に白眼鏡がはまり込み、さわやかさを醸し出していた。それでもにじみ出る真面目くんオーラが残念なくらいに相殺しているが。
「あ……、えっと江口くん今日は日直だったよね?黒いのハイッ!先生から預かっていたんだ」
「ありがとう!さて今日は何を書くかねえ・・・・・・」
屈託のない笑顔で出席簿を受け取り、校内テスト三位の男はペンを胸から取り出した。俺たちの学校では日直がその日の出来事や授業中の皆の様子を書くことになっているのだ。
腕の中で出席簿を書きづらそうにしている友人を見て俺はというと、
「ちょっと手洗い行ってくる」
俺は席を立った。そんな俺の計らいを江口は読み取ったのか、
「ん。・・・・・・あ、ちょっと机借りるよ」
おう、と一言だけ言って席を後にした。
教室を出たところで本当にトイレに行きたくなった。なるべく目を隠して歩かなければと廊下の床を眺めながら歩く俺は何とも情けない野郎だ。