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七曜  作者: 酣酔楽
8/8

秘密

ものの1時間足らずで金袋は三倍に増えていた。

いままで目にしたことのない大金を目の前に、節は軽くめまいを覚えた。


(さすが商売人…)


暴論を暴論と気付かせず、極論を極論と悟らせず、欠片も筋が通ったことを言っていないくせに嘘を真にしたてあげた俊蔭の口のうまさには閉口した。嘘も方便ということわざだって顔から火を吹いて裸足で逃げ出したくなるだろう。

釈然としないながらも、言い値をよこした使者は先ほどよろよろと足取り重く関所をあとにした。

けらけらと朱夏が笑う。


「まったく、とんだ詐欺師だよ!物価が違う?貨幣の価値が低い?ここの貨幣は希少性もあって高いって知らなかったのかねえあの使者は。ま、不破家が外との外交を一切し切ってるわけだから知らないのも無理ないかね。これからそれで稼いじゃどうだい?俊蔭」

「相手が馬鹿だっただけだから。よい子は真似しちゃダメだよ」

「え、あ、は…い…」

「おいこら!槿花に手出すんじゃねえこの色魔!いくら女みたいに可愛いからっててめえは…ッ」

「しき……誰だそんな言葉教えたやつは」

「あたしじゃないよ。こっちを見ないでほしいね。大方あんたに女を横取りされた野郎の腹いせか、あんたが横取りした女が面白半分に教えたかだろう」

「ほーら見ろ、やっぱりお前が悪いんじゃないか。へっへーん」

「いや、あのな……」


とりあえず俊蔭が悪いとわかって、意味もなく威張る太牙に俊蔭が頭を抱えた。

目まぐるしい3人の応酬の渦中にあった大混乱中の槿花がひどく哀れである。

肌理の細かい白い頬を紅潮させて、必死に俊蔭を慰めている。見事にから回っているが。

うふふ、と節の隣で子夜が笑った。

目を細めて、いとおしそうに4人を見つめる。


「仲がいいですね」

「そ、そうだ、ね……?」


あれを仲がいいと表わしていいものか、いささか釈然としないものの、確かに喧嘩するほどという言葉もあるしと、自分を納得させる。

ぎゃいぎゃいと、目の前の言い合いは世界が終るまで続きそうだ。

すっと音もなく立ち上がった黒い影が視界の端にうつって「あ」と節は声を上げた。


「あの…!秋水さ、んですよね。えっとどこに…?」


これから何年になるかわからないほどの長時間を一緒に過ごすのだから、とりあえず打ち解けねば!と声をかけた相手は冷たいアイスブルーの一瞥をこちらに向けた。

ぞくりと肌が粟立つ。怒っているわけでも殺意を持たれているわけでもないのに、わけもなく謝りたくなる。簡単に言うと怖い。お化けよりも。


「その、言いたくなかったら別に…どこ行くのかなって思って…えーっと……」


言葉が継げない。そもそもどこに行くかなんて勝手ではないか。なんて質問をするのだろう自分は。

ぐるぐると頭が回る。ただし重要な部分は全く回っていない。これすなわち空回り。


「きっと外は寒いですわ。使者の方が置いて行ってくださった外套をお使いになった方が暖かくていいと思いますの。ね、節さん」

「え、あ…うん」


子夜の助け船に、しどろもどろに頷く。

面倒くさそうに秋水が目にかかる前髪をかきあげた。


「不破家が外のものを入れることは珍しい。屋敷を見て回るだけだ」


低いがよく通る声でそう言うと、一歩踏み出しかけて


「なんだ、それならそうと早くいやあいいのに」


また別の声に見事に阻止された。

顔を向けるまでもなく声でわかる。七曜には男は5人しかおらず、そのうちの2人はまだ声変りが始まるかはじまらないかであり、これからもまだ一度か二度はあるだろうといった10代、もう一人は自分、となれば成人男性の声を持つ野郎は1人しかいない。

太牙とのじゃれあいを切り上げて、俊蔭は水くさいなと笑った。


「珍しい屋敷じゃないけど、見たいってんなら案内するぜ?別に宝があるわけでも開かずの間があるわけでも拷問部屋やら囚人部屋やらがあるわけでもないし。余所者を中に入れないのは、ここの人間も向こうの人間もほとんどまったく互いのことわかってないから。問題なんて起こされちゃたまんないし。他人のしりぬぐいほど嫌なもんはそうそうないからね。あ、興味あるなら節たちも来るかい?どうせだから案内しちゃうよ。太牙も来るか?迷子にならないために」

「誰がなるかっ!」

「ほー。そうかそうか。じゃあ兄ちゃんが夜にトイレに一緒に行かなくても大丈夫だな」

「いつの話だこのドアホ!」

「つい5日ほど前だったかな。あの百物語大会の日」

「消去しろ!俺は過去なんて見ないんだ!」

「ちょっと、屁理屈言うとこがだんだんあんたに似てきてるよ。やっぱり親がコレだと碌なもんじゃないね」俊蔭を肘でつついて小声で朱夏。


耳ざとく聞きつけた太牙がやはり全力で否定する。


「あんな奴に似てるとか言うなー!」

「で、でも、兄弟だし、一緒に住んでたらちょっとは似ちゃうものじゃないかな?太牙兄さん。…あれ?でもあんまり太牙兄さんと俊蔭兄さんって似てないね?髪の色も違うし……」

「え……?」


一瞬の沈黙が永遠にも感じられた。

槿花が不安そうに首を傾げる。自分はなにか悪いことを言ってしまったのだろうか。

太牙が俊蔭を見る。すがるような目で。

なんでいつも見たいに軽く流さない?

引き攣った彼の顔は、近くにいた朱夏が気づいたくらいですぐにいつもの表情に戻った。

戸惑う太牙の肩にぽんっと手を置き、恐ろしいほどの真顔を作る。

ただならぬ俊蔭の表情に、ごくりと太牙は生唾を飲み込んだ。


「実はな、今まで隠していたんだが…」

「お、おう…なんだよ…」

「俺たちは兄弟じゃなったんだ。実は俺はお前の父おyぐほっ」

「嘘つけえええええええええええええええ」


俊蔭の無防備なみぞおちにひざ蹴りをたたき込み、太牙は俊蔭の手を振り払うと部屋から飛び出した。


「太牙兄さん…!」


無垢な疑問からわけのわからないこの空気の原因を作った槿花があとを追って飛び出す。

ばたばたばたばた

二つの軽い足音は次第に遠ざかり、奥に消えて行った。

咳きこむ俊蔭の背中をさすってやり、馬鹿だねえと朱夏がつぶやいた。


「まだ言ってなかったのかい?」

「知らなくていいことも、世の中にはあるだろ」

「はーん、いいけどね。覚悟しときなよ、隠しごとはたいていばれる。天知る地知る我知るなんだから」

「……わかってるさ」


ごろんと、寝返りを打ってあおむけになる。

天井が見えた。天井のシミが人の顔に見えて怖いと太牙が泣きついてきた夜があったなと思いだす。

いつかは、言わねばならない。自分と太牙が血のつながった兄弟でないことを。

それどころか太牙はこの国の出身ですらないことを。

そして、この旅で訪れることになるだろう。太牙の両親が住まう国を。




ああ、それでも願わくば




俺たちの関係が壊れてしまいませんよう




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