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翻訳作業  作者: HasumiChouji
3/6

(3)

「あのさぁ、この小説の『先輩』って単語の言い換え、一体全体、どうなってるんだよ?」

「何がですか?」

 結局、俺は、あまりにおかしい言い換えが山程有るので「世代間翻訳」をやるのは無理だ、と云う事にする作戦に出た。いや……前回、その手を使おうとして、見事に論破されてしまった気もするが、まぁ、こっちは、これでも言葉が商売道具だ。何とでも成るだろう。

「まず、何で、君ぐらいの世代向けのバージョンでは『パイセン』になってるんだよ?」

「そりゃ、私達は、若い頃、普通に先輩をパイセンと言ってたような世代で、しかも、この登場人物は我々の世代からすると『パイセン』と云う言葉を使うような感じのヤツですから」

「じゃあ、次に聞くけど、何で、二〇代向けのバージョンでは『兄貴』になってるんだ?」

「だって、今の二〇代・一〇代って第4次韓流ブームの影響を大きく受けてる世代ですよね」

「それが?」

「その影響で、今の二〇代以降では『年上の男性に対する先輩より軽い感じの呼び方』として『兄貴』って言葉を使うのが一般的になってるんですよ。ほら、韓国の映画やドラマの字幕や吹き替えで、年上の男性を『兄貴』って呼んでる事が良く有るでしょ?」

「でも、それなら『先輩』でも『兄貴』でも良いだろ? 君が前回の打ち合わせの時に言った通り、言葉を変えても、感想が大して変らないなら……」

「『先輩』って単語に関しては、作品の感想を変えてしまう可能性が高いんですよ。」

「えっ?」

「今の一〇代・二〇代にとっては、『先輩』って単語は『フィクションの中でしか使われない言葉』なんですよ。だから、今の一〇代・二〇代にとっては、逆にフィクションの中で『先輩』と云う単語が使われていると『この話は、あくまでフィクションだと受け取ってくれ』と云う記号になりかねない。作者が『フィクションではあっても現実とは地続きの話と受け取って欲しい』と思ってる作品の一〇代・二〇代向け世代間翻訳では、うかつに『先輩」って言葉を使えないんですよ」

「いや、待ってよ、それって、世代間翻訳版を作ってる誰かの思い込み……いや待て、そう言や、世代間翻訳版って、誰が作ってるんだ?」

「各世代向けに最適化された翻訳AIが作ったものを、各世代の人間の『翻訳家』が確認・修正して作ってます」

「え……じゃあ……」

「そうです。世代間翻訳版こそが、今の『各世代の生きた言葉』に近いものなんですよ。完全ではないにせよ、人間業で可能な範囲内では」

「何ってこった……そんな時代になったのか……」

「どうします? どうしても世代間翻訳版を出すのが嫌なら、資料や学術書として出しますか?」

「資料って何だよ?」

「古典作と言い換えても良いですね」

「いや、古典ってのは聞こえが良いけど、要は、師匠の作品は、読む価値は有るけど、それは教養としてであって、今の時代にも通じるものじゃない、って言いたいの?」

「でも、古典として読み継がれる作品が、どれだけ有るって言うんですか?」

「でもさぁ……」

「じゃあ、若い人にも読んで欲しいと云う前提で話を進めますね。で、さっきの『先輩』って単語ですが……郡山先生の意図としては、あの作品を『あくまでもフィクション』として読んで欲しかったんですか? それとも『フィクションであっても現実と地続きの話』として読んで欲しかったんですか? どっちです?」

「いや、そんな事、師匠が、あんな状態になってるのに判る訳ないだろ‼」

「越谷センセ……センセが全集の解説を書くんですよね?」

「……あっ……」

「センセが私の立場だったら、さっきセンセが言ったような事を口走るような人に、郡山先生の全集の解説を書かせる気になりますか?」

「……えっと、その……」

「じゃあ、次回の打ち合わせまでに方針を決めて下さい」

「方針?」

「だから、全集は、あくまで古典作として出して、世代間翻訳版は付けないか、広く読まれるものとして出して、世代間翻訳版を付けるかですよ。どっちにするか決めといて下さい。まぁ、どっちでも無い第3の方針でも良いんですけどね。センセが興味深い『第3の方針』を思い付いたらですが……」


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