表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

なろうラジオ応募

スローライフの第一レッスン

作者: 明日




 死んだ母親が、家を訪ねてきたという経験。皆様はおありでしょうか。

 私はあります。



 それは私が元彼の部屋で同棲していた頃の話です。

 お葬式を終えて一週間後、私は食事当番で狭い台所に立っていました。


 そんな日、突然鳴った呼び鈴と、扉を叩く音。


 飛び上がるほど驚きました。

 ドアスコープの向こうには、たしかに死んだはずの母が立っていたのですから。



「お母さん!?」

「なんだい、死んだ人を見るような目をして」

「まさしくそれだよ!」


 母は、ズケズケと台所に足を踏み入れます。

「夕飯の準備はまだかい?」

「そ、そうだよ」

「ちょうど良かったね。今からあんたに、すろーらいふってもんを教えてやるよ!」


 そう言って腕捲りをする母を、私は呆然と見ていました。



 野菜を刻む音は、実家にいたときと全く同じです。


「まったく、あんたみたいにファーストフードばっかだから、現代人の心は疲れてんだよ」

「好きな人もいるんだから黙って」


 鍋に野菜をまな板から流し込み、火にかけて。根野菜は水からです。

 味噌を溶く手際もいいのですが……。

「お母さん、マドラーならこっちに」

「んなもんいるかい。お玉で充分!」

 そう言って、文明の利器を拒否する母には辟易しました。いえ、お玉も文明の利器なんですけど。



 出来上がった味噌汁が小皿に注がれ、私に差し出されます。

「我が家の味、よく覚えておきな」

 その味噌汁は、本当に、母の作った味噌汁でした。

「出汁にコンソメを隠し味にちょこっと、味噌は仙台と信州の合わせ味噌だよ」

「意外と洋風なんだ?」

「あんた、味噌が苦手だったからさ」

 ……湯気が入ったのでしょう、鼻水も啜らないと。


「いいかい、味噌汁をな、味噌汁を毎朝作れるような生活をしな。それが人間、ちょうどいいスローライフってやつなんだ」

「お母さん、何か漫画読んだ?」

「これ、これが言いたかったんだよね」

 その得意げな顔、腹立つわ。


 そんな懐かしい会話もそこそこに、母は不意に微笑み、背伸びをしました。もう終わりと言うように。

「……本当は、孫にこれを教えてあげるのが私の楽しみだったんだ」

「ごめん」

「まあ、あっちから楽しみに見てるよ。彼と喧嘩しないようにね」


 あんた、あたし似だから、と。その言葉までは聞こえませんでした。

 母は、唐突に現れて、唐突に去っていってしまったのです。





 ちなみに先程も来ていました。

「今日はババア特製唐揚げだよ!」

「どこから鶏肉持ってきたの!?」


 そろそろ成仏してほしいです。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 孫が産まれるまでは来そう。 下手すると孫が料理作れるようになるまで来そう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ