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その町、異形につき注意  作者: りーぱーさん
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四、違和感

 朝の日差しが街全体を彩り、辺りは活気に溢れようとしている。そんな中、私は通学路をダラダラと歩き、それらを少し冷めた目で見流していた。


 昨晩の出来事が、まるで夢だと思えてくる。いや、もしかしたら夢だったのかもしれない。冷静に考えれば、あんなこと有り得ないだろう。


「危ないぞ!」


 気がつくと、目の前は車道、車が私の前を掠めていた。既の所で回避し、声の主に礼を言おうと辺りを見渡す。


「あれ? ……誰もいない。」


 しかし周囲には誰一人存在しないではないか。否、不自然なほど人気を感じない。まるで昨晩バケモノがいたあの場所を思い出させるような……


 何かが弾ける、そんな感覚を覚えた次の瞬間。


「伶奈ー! もう、置いてかないでよー。」


 咲が息を切らせながら私の肩を掴んでいた。


「驚かせないでよ…… つーかあんた、揺すっても全然起きなかったじゃん。」


 咲は、


「えー? ほんとー?」


 なんて、呑気に笑っている。それを見て嫌な気分が薄れていく。


「ほら行くよ、早く座りたいし。足痛すぎる。」


 咲はかなり元気そうだが、私は歩くので精一杯である。今日は体育がないだけマシだろう。


「そういえば咲、あんた病院行かなくていいの?」


 あの場所から帰ったあと、塀に思いっ切り突っ込んだ話を聞いた。途中で気絶したくらいだ、万が一のためにも医者に見てもらった方がいいだろう。


「大丈夫だよ、タブン。なんともないって!」


 酷く信用できないが、今説得しても無駄だろう。放課後に連れて行くと念を押しておき、ひとまずはこの通学と言う名の拷問に集中しなければ。学校までの坂道を目の前に、吐きそうな気分になっていた。


 放課後の教室。残った生徒達の話し声を聞きながら、机に突っ伏して咲が来るのを待つ。


「あががががががが。」


 帯刀は昨日のことなどなかったかのように、なんの動きも見せなかった。と言うよりも、私のことなど眼中にないように感じる。


「おーッス! って何してんのさ……」


 何してるもなにも、顎を机につけてガクガクさせているだけである。私は口を閉じ、さっとカバンを取ると勢いよく立ち上がった。


「あああだだだだだだ!」


 損傷した筋肉が悲鳴をあげる。松葉杖が欲しいくらいだ、なんて考えながら、なんとか立ち上がり廊下へと歩き出した。他人の体を心配している場合ではないのだが、放っておけば彼女が自分から病院に(おもむ)いたりはしないだろう。


「ねぇ……寄って行きたい場所があるんだけど。」


 唐突に咲が切り出した。私が適当に返事をすると、彼女は私の手を取り、特別教室棟へと引っ張って行く。何となく行き先は見当がついていた。


 特別棟ニ階、多目的教室四。昨日と違うのは、チラホラと生徒が行き交い、不気味な雰囲気など微塵も感じられない、というところだろう。


「失礼します。」


 咲が戸を開けると、昨日のような姿で帯刀が座っている。


「あら、凰天教の入信志願者かしら?」


 こいつの決まり文句なのか、同じ言葉をかけられた。前に感じた威圧感はまったくない。


「緒方です。ほら、夜に会った。」


 思い出すような顔をしたかと思うと、


「あーあ、貴女達だったの。」


 そう言って椅子に思い切りもたれ掛かる。


「それで? 私に何か用?」


 咲はすかさず切り返す。


「夜にあったこと、教えてよ! アレがなんだったのとか、あの場所のこととか…… あと、あと何故私達を引き止めたのか、とか。」


 帯刀は上の方を向き、話を聞き流しているようにも見える。


「言ったでしょ? 知らなくていいこともあるの。」


 そんな話したところで食い下がる女ではないと、私がよく知っているわけだが。


「少しだけでも! 私、正体が知りたい、アレの。」


 帯刀は深く溜息を吐き、少し考え込んでいる。暫しの沈黙が流れたところで、彼女は話し出した。


「いいわ。話しましょう。」


 どうやら観念したようである。私も正体については気になっていたため、内心ワクワクしていた。


「その前に、条件があるわ。それを呑んでくれるなら、知っていることをすべて話す。どう?」


 そんなこと言われても、内容を聞かななければ判断のしようがない。咲が軽く頷くと、条件を話し始めた。


「貴女達二人とも、オカルト研究部に入部すること。もちろん活動をサボって遊びまわるなんて許さないわ。」


 頬杖をつきながら、帯刀は私の目を見つめてくる。冗談じゃない。こんな怪しい部活に入るなど勘弁してほしい。昨日だってこいつがいなければ何もなかったかもしれない。


 一方咲は、私にチラチラと目配せしてくる。この子の好奇心には呆れる。しかし帯刀の顔を見る限り、咲だけでは教えてはくれまい。逃げるように私は正面を向いて、帯刀を見据える。


「わかった、とりあえず考えさせて。今日は帰るから。」


 そう言って立ち上がると、出口へと向かい扉に手を掛ける。


「ちょっと! 伶奈! 待ってよ……」


 そのまま私は廊下に出ると、咲が追ってくる。とにかく今は彼女を医者に連れて行かねばならない。


「話は帰ってからでもできるでしょ。それより身体診てもらわないと。」


 咲はしょぼんとしている。彼女を連れて、病院へと向かった。


 それから数時間後、辺りが漆黒の闇に呑まれた頃合い。いくつもの水滴が身体を滑り落ち、狭い室内を賑やかにさせる。結局咲はなんともなく、ひとまずは安心だろう。


「うわ、ちょっと熱いかな。」


 風呂に桶を突っ込み、かき混ぜる。冷水シャワーを注いでいた時、ふと帯刀の言葉を思い出した。


「オカルト研究部ねぇ……」


 咲のキラキラした目、あれは確実に入部を誘ってくるだろう。別に私も正体が気にならないわけではないが。


 シャワーを止め、身体を湯船に滑り込ませた。湯は身体の動きと連動し、軽やかな音色を奏でる。


「はぁ、沁みるわぁ。今日は早めに寝ちゃおうかなー。」


 いつもは夜遅くまで起きているが、今は流石に体が保たない。


 天井に集まった水滴が、重力に引き寄せられるのを数十分、呆然と眺めていたが、さすがにのぼせてきた。


「うー、もう出よう。」


 纏った水滴をタオルで拭き取り、パジャマに着替えて自室へと向かった。


 暗黒から暗転。カーテンから差し込む僅かな光で、ジワリと辺りが見え始める。時計に目をやると、午前二時を回ったところだ。


「なんだろ。嫌な夢見てた気がする……」


 喉が酷く乾いているのに気付く。キッチンへ向かおうと立ち上がり、瞬間、身体がそれ以上の動作を拒む。


 ……何か……歩いてる。それが何なのかはすぐにわかった。

 

 ー 錐馬の多羅女(きりまのたらめ)

 

 錐馬(きりま)とは、私の住む地区である。錐馬の多羅女は、この錐馬一帯で出没するお化けの名前だ。私も何度か遭遇しているが、やはりこの緊張感は慣れるものではない。


 多羅女は足音やボソボソ呟く声を聞くのみで、その姿を見た者はほとんどいないらしい。実際私もその姿を見たことはない。噂によると、顔がいくつもある女だとか。


 不意に足音が変わる。正確には、足元の材質が変わったのだ。それは私の家に敷かれた砂利の音。


 ……庭まで入ってきた? 何かを呟く声が、恐怖感を増幅される。


  「……!」


 声が出ない。金縛り、ということは、多羅女には私が認識されているのではないか? そうなことを考えていると、どこからか不穏な気配が。意を決して私は振り向いた。


 カーテンの隙間から覗く、いくつもの無表情な女性の顔。


 飛び起き時計を見ると、朝の六時四十分。


「ゆ……夢?」


 少しだけ、少しだけ頭痛がする。


 身支度を終えて、朝食を食べていると、母が私に声をかけてきた。


「ねぇ、具合悪そうだけど……大丈夫なの?」


 返事をしようか迷い、一呼吸置いて答える。


「ん、大丈夫。たぶん。」


 母は大きな溜息をつきながら、まだ夢の中にいる父の朝食にラップをかけている。


「そう……無理しないでね。あ、そういえば部活、どうするつもりなの? もうすぐ入部届け出さないといけないんでしょ?」


 雨の音がうるさく響く。


「咲と同じ部活入るよ。」


 母は一瞬考え、驚愕の表情を浮かべる。


「咲がさ、私と同じ部活に入るって。まあ文化部だよ、どーせ。」


 私は食パンにジャムを塗り込むと、牛乳を一口飲む。雨音が一層強くなり始めた。


  「そう。咲ちゃんも色々あるんだろうけどね。よく話して決めなさいよ。」


 言われなくとも分かっている。あの子を放ってはおけない。


 その後は黙々と朝食を済ませ、すぐに傘を持ち家を出る。頭痛が段々と酷くなってきた。道ゆく人達がチラチラとこちらを見てくるのが気になった。


 学校にやっとの思いでたどり着く。昨日とは違う、不快な疲労感に襲われる。教室に入ると、帯刀と目が合ったのだが、一瞬ぎょっとした顔になり、私に小さく手招きをする。


「ん、何? 今機嫌悪いんだけど。」


 彼女の(いぶか)しげな顔にどこか怒りを覚えた。教室で話すのは初めてで、少し戸惑っていたのもあるが。


「貴女、昨日帰ってから何か変なことなかった?」


 ああ、錐馬の多羅女か。名前と同時に、あの光景が脳裏に蘇る。酷くなる頭痛がさらに勢いを増す。黙っていると帯刀は私の手を取り廊下へと連れ出した。


「部室に行くわよ。このままだとまず……」


 声が籠ってよく聞き取れない。さらに、思考もうまく回らず、抵抗する気力さえも起きないのだ。しかしボヤけた音と景色の中、雨音だけがやけに大きく聞こえている。しかしその雨音も、まるで水の中で聞いているようだった。


 気が付くと、私はオカルト部の部室に突っ立っていた。


「え? あれ、なにこれ。」


 右手の中指には、この間貰ったシルバーのリングがハマっている。


「れ、伶奈? 大丈夫なの?」


 咲が心配そうに私を見つめている。後ろで帯刀が何かを片付けていた。


「よかったわね、何ともなくて。」


 頭痛は嘘のように収まっていた。ふと違和感に襲われる。なんだろう、何かが変だ。


「あ、外。」


 窓から見た街の景色。晴天の青空が広がり、辺りには目立った雲一つない。


「嘘、あんなに雨降ってたのに。」


 しかし二人は、今日は雨など降っていないというのだ。


「そうそう、入江さんは指輪、当分付けてなさいな。」


 帯刀はそう言うと、荷物を持ち部室を出て行く。直後、朝のホームルームを知らせる予鈴。


「色々気になるけどまた後だね……」


 溜息を一つ吐き、咲と二人で教室へと歩き出した。

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