二十一、穢れし者
鞄を掴み、足早に教室を飛び出す。いつもの掛け声を聞きながら、部室まで駆けて行く。
「あら、二人共。早かったわね。」
毎度ながら、帯刀には時間や空間の概念が無いのではないかと疑ってしまう。いやそれよりも彼女に今回の件を報告しなければ。
「ちょっと話したいことがあるんだけど。」
真面目な雰囲気が伝わったらしく、帯刀も真剣な表情になって頷く。いや、いつもこんな顔だったか。
「実はかなり進展があってさ。その内容を聞いてほしいってわけよ。」
とりあえず昨日聞いた小百合ちゃんの話を一通り聞かせる。帯刀は終始黙っていたが、話し終えると同時に自分の鞄を漁り始めた。何をしているのか観察していると、一冊のファイルを取り出す。
「興味深いわね。私もよく図書館には行ってたけど、同じ物は見たことないわ。元凶が何であれ、私を意図的に避けているか否かでも、ソレの力量は変わってくるわね。」
帯刀は私が話した内容を紙にまとめながらそう話した。
「どゆこと? 婭里寿を避けると何かあるの?」
不思議そうな表情で咲が尋ねる。
「私はある程度強力に守られてるから、普通は手を出せない。ほら、この間溜池まで散歩しに行った時のこと覚えてる? あの時溜池の近くにいた何者かの気配。ヤツは私を警戒して近付かなかったのよ。」
情景が浮かぶ。確かにあの時の雰囲気は気味の悪いものだった。
「まあその程度なら問題なく対処できるかもしれないけど。とにかく実害が出てる以上、さっさと駆除しないといけないわ。……そうね、私を一度その子に合わせてくれないかしら?」
我らが"図書館に出る髪の長い女"なら何かわかるかもしれない。
「なーんでにやけてるのよ。」
その言葉が引き金になり、笑いを堪えきれなくなった私は噴き出した。飲んでいた牛乳を添えて。
「ああ?! ちょっ、馬鹿野郎!」
さて、小百合ちゃんに連絡取りますか。
ケータイで、昨日聞いた番号に電話を掛ける。四コールしたところで受話器が上がり、
「もしもし?」
と聞き覚えのある声がした。
「もしもし、綾乃ちゃん? 伶奈だよ。」
不安げな声音は失せ、明るい返事がきた。
「こんにちは! どうしたの? なんで電話知ってるの?」
小百合ちゃんは、綾乃ちゃんに電話番号を教えたことを話していないのだろう。
「お姉さんに聞いたんだよ。そのお姉さんにお話があるんだけどいいかな?」
そう伝えると彼女は、元気よく返事をして小百合ちゃんを呼びに行った。数十秒ほどして、誰かの足音が近づいてくる。
「もしもし、小百合です。伶奈先輩っスか?」
恐る恐るといった雰囲気を感じる。こんな状態で会わせて大丈夫だろうか。
「うちの部活の部長が小百合ちゃんに会ってみたいんだって。帯刀婭里寿って名前で、無愛想だけどいいやつだよ。」
冷ややかな視線を感じつつ、私は帯刀の提案を話した。戸惑っているのが受話器越しでも伝わってくる。
「えと、その……今からっスか?」
私は顔だけ帯刀に向けた。
「今から行くの? ってさ。」
当の本人は、脚を組んで背をもたれ、天井を眺めてやがる。
「そちらさんの都合に合わせるわ。」
とのことなので、小百合ちゃんにそのまま伝えるとしばらく考え込んでいた。どうやら何か決めたらしく、大きく息を吸う音が電話から響く。
「わかりました。じゃあ待ってるので……お願いします。っス……」
昨日とは打って変わって暗い雰囲気だ。私は短く返事をして、別れの言葉を言うと電話を切った。咲も話をしたかったらしく、文句を言っている。
「さ、行こう。待たせるのも悪いし。ほーら、咲も! 会ってから話せばいいんだから。」
全員荷物を持って廊下に出る。そこで仲馬先生が偶然通りがかった。
「お、また外回りか。アクティブな連中だな。いいことだが、危ない場所には近づかないようにしろよ。」
これは物理的にという意味だろう。私は適当に、
「りょーかーい。センセ、また明日ねー。」
と返すと先生は短く手を振って別れる。先生は少し、寂しそうな表情をしていた。
学校を出て坂を下ると、小百合ちゃんの家がある道に進む。普段は通らないが、知らない場所でもない。迷うことなく家がある通りに到着したのだが、ふと帯刀の方を見ると、口を開け上空を見上げていた。
「あー……もしかしてこの通り?」
帯刀はそう呟き、あからさまに嫌な顔をしながら私達に顔を向ける。
「何かあるの? そういえば昨日、伶奈も嫌な顔してたよね。」
そうして咲は私の顔を覗き込む。しかし私には、嫌悪感の正体はわからなかったわけだが。
「……未調査だから何がいるかは知らないけど、次の調査候補に挙げてた場所よ。」
どうやらこの場所、何かしらの曰くがあるらしい。だが現状、気にしている場合でもないだろう。この通りにも普通に生活している人がいるのだから、まずは小百合ちゃんの元へ行くべきだ。
「とにかく行こ。前回来た時はなんともなかったし。」
帯刀は眉をひそめたが、すぐに元の無愛想な顔に戻って言う。
「そうね。まあ大丈夫でしょう。」
かなり適当に言っているということは理解した。とりあえず家に向かおう。
三人で西野宅のチャイムを鳴らす。数秒後、廊下を走る音が。
「こんにち……わぁ!!」
玄関を開けた綾乃ちゃんが悲鳴を上げた。帯刀を見つめながら狼狽えている。
「大丈夫だよ。うちの部活の部長。化け物じゃないから。」
咲も前に彼女が話していたことを思い出したらしく、
「あー、あの話かな。」
と苦笑いしていた。なんとも複雑な表情をしている帯刀と、恐怖で固まる綾乃ちゃんを無視して玄関に入る。小百合ちゃんの名前を呼ぶと、二階から軽快に下りてきた。
「ふぅーん、この子が……」
小百合ちゃんをまじまじと見つめる帯刀。その形相に彼女は恐怖しているようだ。
「あ、あの、この人なんなんスか。」
怯えた表情で私に訴えかけてくる。
「大丈夫。悪いやつじゃないから。上がってもいい?」
小百合ちゃんは頷くと、私達を部屋へと招き入れた。昨日と違うところといえば、帯刀が小百合ちゃんのことを回りながら観察しているところか。しかしその行動、表情も相まって、かなり圧迫感を煽ってくる。
「あの……なんスか? さっきからジロジロと。」
確かに帯刀は小百合ちゃんを食い入るように見つめおり、いつもとは雰囲気も違う。
「たぶんこの子、放っておくと気が狂うかもしれないわ。」
大真面目な顔で言うものだから、小百合ちゃんも相当動揺していた。
「は? ちょっとマジ? 最近は幻覚も見るペース下がってるって。」
帯刀は黙って頷き、こう言った。
「顔から頭にかけて穢れが発生してるわ。しかもかなり内部まで侵食されてる。」
真剣な声色に恐怖心が沸き起こってくる。本当に危険なときの雰囲気だ。
「なんスか? 穢れって……私どっか汚れてます?」
帯刀は不思議そうな顔をする小百合ちゃんの右隣に座ると、穢れについて話し始めた。
「穢れは異形に触れることで、心身にこびりつく汚れみたいなものよ。ただそれは人間に害をなす。深度が酷いと体や魂に染み付いて取れなくてなるわ。しかも心身共に酷い影響がでるの。」
私は堕閫童磔から取り出した赤ん坊を思い出して鳥肌が立った。
「じゃあ早くなんとかしてあげないと!」
焦る咲をなだめ、帯刀は小百合ちゃんに向かって話し始めた。
「生きているうちなら穢れは取れる。もちろんなるべく早く対処したほうがいいけど。どうする?」
だんだん治ってきていると思っていた小百合ちゃんは、恐怖で顔が引きつっている。
「え? あ、えーっと……お、お願いします……」
精一杯絞り出したその一言に、帯刀はニヤリと笑った。
「それじゃ道具準備するから、明日同じ時間に来てもいい?」
小百合ちゃんが頷くのを確認すると、帯刀はさっさと帰って行った。
残された我々は呆然とするしかない。仕方がないので私達二人も帰ることにした。
「ごめんね、また明日来ると思うから。咲、行くよ。」
申し訳なく思いながらも家を出る。小百合ちゃんは玄関まで来て見送ってくれたのだった。
「時間余っちゃったね。何しよっか。」
私の問いに咲は意外な言葉を口にする。
「なんだっけ、近所の林に何か出るんだよね? それ探しに行こうよ!」
楽しげな彼女とは裏腹に、私は顔をしかめていたと思う。
「まあ、いいけど……様子見に行くだけなら。」
家から近いため、これといって大変なことでもない。しかしあの日の光景が、あの林に向かうことを躊躇わせる。
「やった! 早く行こ!」
全速力で駆け抜けて行く咲。自分の走るペースがおかしいということを自覚してほしいものだ。
一旦帰宅し、荷物を置いて再び合流。くだらない話をしながら林に向い、目の前まで到着する。相変わらず妙な気配を感じているが、これはやはり気のせいなのだろうか。
「昔と雰囲気変わったよね。近所の人も君悪がって誰も近づかないらしいよ。」
相応の違和感は皆感じているようだ。しかし根源を特定するのは簡単なことではないだろう。
「本当にヤバイと思ったらとにかく逃げよ。いい?」
咲は無邪気に笑い返してくる。……なんとなく、不安だ。




