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その町、異形につき注意  作者: りーぱーさん
2/24

二、歪な夜

「咲ー、飲み物買ってこない?」


 午後十一時四十分、私達は買ったばかりのゲーム機で盛り上がっているところだった。


「本気で言ってる?」


 夜遅くに外出しない真面目な咲だが、最近は私の影響で、暗くなってからもついてくることが多くなった。しかし、さすがにこの時間になると抵抗があるらしい。


「だいじょーぶだいじょーぶ! この辺は夜に出歩く人いないから。」


 自分で言いながら不自然さに気付く。夜には本当に誰にも会わないのだ。会社帰りの人や酔っ払い、果ては見回りの警察官さえ見たことがない。だからこそ出歩けるわけではあるが。この街で物騒な事件などほとんど聞かないが、行方不明者がしばしば出る。引っかかるものを感じながらも、私は外出の準備を始めた。


「もー、仕方ないなあ。」


 観念したのか、咲も外に出る準備を始める。パジャマを脱ぎ適当なジャージを着て、階段を下り玄関へと向かう。


 ドアを開けると、自然光一つない新月の夜が出迎えてくれる。街灯の明かりだけが、張り巡らされたコンクリートの森を照らし出していた。まだ冷たい風が静かに吹き抜けて行く。


「やあー、風が心地いいね! ヒヒヒヒッ。」


 はしゃぐ私を眺めながら苦笑する咲。


「もう伶奈ってば、転んでもしらないよー。」


 うちからコンビニまでは距離があるため、自動販売機へと向かう。販売機には屋根が付いており、雨宿りにも使える場所だ。さらに珍しく食べ物の販売機もあり、私は決まってその場所へと出向くのであった。


「何食べよっか? たい焼きとかいいかもね!」


 食い意地全開の発言に、咲は冷めた目で見つめてくる。


「こんな時間に食べたら太るよ? ただでさえ最近ウエストラインが目立ってきてるのに。」


 的確な指摘に何も言えなくなり半笑いになった。


「じゃ、運動がてら自販機までダッシュだよ!」


 洗礼された美しいフォームで足踏みしている。街灯で照らされた咲は子供の時のようなはしゃいだ顔をしていた。


「もぉー、勘弁してくれぇー。」


 私は先行く彼女を懸命に追いかけた。


 荒い呼吸音が木霊する。私は自動販売機の隣で、冷たいコンクリートにへたり込んでいた。


「ふぅー、いい汗かいたね。うーん、何飲もうかなぁ。」


 心地よい風が体を撫でる。年月を重ね、こんなにも鈍足になった自分に呆れながら、咲が飲み物を選ぶのを眺めていた。


「はぁー、食欲完全に失せたわ、マジ。」


 私の独り言など気にもとめず、彼女は取り出し口からスポーツドリンクを取り、私の横に座った。自動販売機の冷却音だとか、屋根に設置された蛍光灯のジーっという音が、やけに大きく聞こえる。私は立ち上がり、へばりつく小さな虫を横目にジュースを物色していた。


 十分ほど経っただろうか。少し落ち着き、飲み物も空になる。帰ってから飲むつもりだったが、疲労困憊でそれどころではなかった。


「おーい……おーい……」


 ここ"慶隆町(けいりゅうちょう)"は、山に隣接した街である。そして、学校側とは反対に聳え立つ"狩馬山(かりまさん)"は、誰かを誘うような不気味な"音"を出すのだ。夜中に怖がる私を、パパは、


『洞窟を風が通る音だよ。』


 と優しく教えてくれたのを覚えている。今日はその音がはっきりと聞こえるため、少し気味が悪くなった。


「もう帰るか、明日寝坊しそう。」


  それを聞いた咲も、


「確かに。」


 と呟き立ち上がる。私は空き缶をゴミ箱に入れると、来た道を振り返えった。


  ……交差点の暗がりを、何かが通った気がした。


「ねぇ、こっちから帰ろうよ。面白そうじゃん?」


 私は少しだけ遠回りの道を指差した。とは言っても、別に知らない道ではない。ただ今見たものの方には行きたくなかった。


「気分転換にはいいかもね。」


 咲はそう言って笑う。彼女の笑顔が私を安心させてくれた。


 明日の学校のことなんかを話しながら、あまり通らない、住宅地特有の広くない道を歩いて行く。光の届かない場所にさっき見た何かがいるような気がして、私の中の不安が膨らんでゆく。


「どうしたの? 急に。なんかあった?」


 咲は不思議そうに私を見つめている。


「いや! 何でもない。……ただ少し暗がりが怖いなぁってさ。」


 私の返しに咲はふっと笑い、とんでもないことを言い出した。


「伶奈もそういうの怖いんだね、もっとタフだと思ってた。」


 なんてことだ。私は花も恥じらう乙女……いや、別にナルシシズムではないが……しかし、私は昔から対人で臆さない女だ。それにホラーが苦手なわけでは無い、がやはり怖いものは怖い。


 咲は、ムスっとした顔でいじける私を見て、ケラケラ笑っている。気分も落ち着いてきて、気を紛らせるために、他愛のない話をしながらしばらく歩いていた。


 その時だった。


「あ。」


 目が合った。


 交差点の少し先。正確には、目が合ったように見えた、だろう。右側にある家の生垣に、ぼやっと人の頭が見える。咲も気づいたようで、硬直しそちらを睨んでいた。すると、ささやき声で話しかけてきた。


「貴女達! 家は近いの?!」


 女だろうか。口振りから察するに、その人間は少々焦っているようだ。私たちが黙っていると、再び声をかけてくる。


「とにかく、こっちに来なさい!」


 異様な雰囲気に呑まれ、私たちは言われるがまま生垣を乗り越えて、その人物の元に近づく。


 あの女だった。帯刀婭里寿(たてわきありす)。動きやすい、いわゆるスポーツウェアで、髪を後ろで束ねた姿は、普段の地味な印象はもちろん、夕闇に染まった狂気的な印象は皆無(かいむ)である。しかし、今もっとも会いたくない人物であることには変わりない。唖然としていると、帯刀は下を指差し話し出した。


「いい? ここでじっとしててほしいの。何があっても、決してこの陣から出てはダメよ。声を出してもダメ。」


 地面を見ると、怪しげな円形の魔法陣が書いてある。何を言っているのだこいつはと、(いぶか)しげな顔で帯刀を見つめる。咲も同じような顔をしていたのだろう。


「悪いけど、貴女達のためでもあるの。もちろん、どうなってもいいならどうぞ。何処へでも行けばいいわ。」


 少しカチンときて、言い返そうとしたが、咲がそれを制止する。


「な、なにかあるの? 説明してよ。」


 帯刀は先ほどの動揺もなくなったようで、真剣な眼差しをこちらに向けている。


「説明しても仕方のないことよ。どうせ信じないわ。とにかく静かに見届けて欲しいの。この中ならヤツは私達を認識することはできない。」


 どうやら私も観念したほうが良さそうだ。この手の人物はあまり刺激しないのが吉だろう。下手に騒げば私の身が危険だ。


 相変わらず、気味の悪いほど辺りは静まり返っている。


 今は十二時くらいだろうか。私たち三人はしゃがみ、何かが起こるのを待っていた。帯刀はチラチラと腕時計を気にし、辺りをキョロキョロしていた。


 不意に空気が変わる。咲を見るが、特に何も感じてはいないようだった。しかし、帯刀の発言が私の感覚は正しいと確信させた。


「来る……」


 咲はその言葉を聞き、キョロキョロと見回していたが、私の変化に気づき、一変、緊張した面持ちになる。


 それから一分かニ分ほどたった頃。何もないのではと思い始め、体勢を変えようとした時。


「〜〜〜〜〜。」


 歌? のような、しかしハッキリとは聞こえない。ただとにかく、音がするのだ。


「〜〜〜〜〜。」


 耳を澄ます。


「ぁ〜〜〜ぃ〜。」


 その音は、だんだんと近づいているようだった。そしてこの状況に、私は漠然とした嫌悪感を抱いていた。


 咲と帯刀を交互に見る。咲は音のする方角を眺めていおり、その顔は暗がりでもわかるほどに青ざめていた。どうやら咲にも、音が聞こえているらしい。


 一方帯刀の表情は、私の前にいたためによくわからなかったが、なんとなく楽しそうに見えた。


「おーーや〜せ〜〜のおーお〜おー。」


 どんどんと音は近づいてくる。言葉はめちゃくちゃだが、一定のリズムがあるのは理解できた。そしてそれは、私たちが歩いてきた道の奥に現れた。


 戦慄する。


 認識するまで時間がかかったのは、それが全身を覆う黒い衣服のような物を纏っていたからだろう。ハッキリとはわからないが、身長はニメートル以上ありそうだ。


「ッン!!」


 すんでのところで叫びそうになるのを抑える。咲の方を向くと、口元を押さえる手が震えており、アレの姿は三人とも見えているようだ。


 ついにそれが目の前の街灯の下を通り、それの全容が明らかになる。

 

 ー (いびつ)なる者 ー

 

 顔に見える場所は赤紫色に染まっている。その真ん中には見惚れるほど美しいエメラルドグリーンの小さな球体が埋まっていた。


「あーーあ〜〜、ま〜のーに〜〜いーい〜。」


 嫌悪を覚える歌に、ゆったりとしたその動きは、この時間を永遠のように感じさせた。


 目の前を通り過ぎる。私たちには目もくれず、ただ歌っている。そうしてジワリ、ジワリと見切れていった。


 よかった、終わった。そう思い、口にしようとした時だ。


「〜〜〜〜〜。」


 腰を抜かしそうになった。再び声が聞こえてくる。それも、消えた側ではなく、現れた方から音がする。


 何故? もう終わったんじゃないの? 私は道の奥から目が離せなくなっていた。


「ぁ〜〜〜ぃ〜。」


 来た……私を見てるんじゃないか?


「し〜〜のーーお〜〜おーー。」


 嫌だ……怖い、怖い……


「おーーや〜せ〜〜のおーお〜おー。」


 助けて……助けて!


「れ〜けーーさ〜〜あーーあ〜ひーい〜〜いーー。」


 肩を掴まれ我に帰る。声が出そうになり、口を誰かに抑えられた。そのままゆっくりと手が離れ、振り返ると、そこには咲が。


 お、ち、つ、い、て。口パクでゆっくりと伝えてきた。正面を見ると、ヤツが交差点を歩いているところだった。


 そうだ、あいつには私達は見えてない。なにを怯える必要があるのか。


 あ、り、が、と、う。私も口パクで返事をすると、咲はニッと笑う。彼女の存在はとても心強かった。


 何度か現れては消えを繰り返しているのを眺めていたが、帯刀がチラッと腕時計を見る動作をしているのを見て、もうすぐ終わるのかな、と思った。


 ヤツが再び前を通る。


 途端、甲高い機械音が唸りを上げる。


 え? 何?! 電話?! いや、これは……私だ! 早く早く早く!


 しまった! 手が!


「落とし……」


 あ。ああ。あああ……


「きゃああああああ!!!」

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