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<第八章> 銀野町

女性の言葉使いがちょっと変だったので修正しました。

読みにくかったり、違和感を感じていた方、申し訳ありませんでした。

まだ完全に修正は終わっていませんが、前よりはましになったかと思います。



<第八章> 銀野町



 悟、庄平、友の三人は、銀野町までもはや目と鼻の先といった距離まで来ていた。

 僅かではあるものの、土の上にゴミなどが目に付くようになってきている。

「生存者だ……!」

 あと少しで助かると思ったその時、悟は遠くの方にふらふらとした足取りで走る女性を発見した。かなりの美人だったが、大量の涙で顔を歪めているため、その綺麗な容姿を台無しにしている。

 ――結構若いな。俺と同じ連門大学の学生か?

 悟はすぐにでも声をかけようと思ったが、悪魔の気配を感じて踏み留まった。

「悟、どうした?」

 急に立ち止まった悟を不審に思ったのか、友が聞いて来る。

「……悪魔か?」

「もうかなり近くに居る。多分あの子を追ってるんだ!」

 悟は女性を見失わないように目を固定しつつ答えた。

「じゃあ、さっさと倒そうぜ! 大抵の悪魔の攻略法はもう、大体分かってんだ。今の俺たちなら苦労せずに殺れる」

 数時間前に死にかけていた姿はどこへやら、庄平は気楽そうに言った。

「待て庄平。何かこの悪魔、変だ」

「へ? 変って何が?」

「上手く説明できないけど、何かヤバイ気がする」

 ――何だろう、この感じ……悪魔の冷たさをさらに大きくしたような、まるで悪魔が成長したような感覚は……

「悟?」

「あ、ああ悪い。とにかく、用心しとこう。三本腕みたいな化け物が居たんだ、今更何が出ても可笑しくない」

「お前がそういうのなら、本当にヤバいんだろうな。運よくにこっちに向かってきているんだ、罠を張って置こうぜ」

 三本腕の触手の感触がまだ体にありありと残っている庄平は身震いしながらそう言った。

 友の案で女性が逃げてくる直線上の左右の木の枝に、つるに木片を巻きつけた物を掛けた。木片には洞窟のゴミから手に入れ、ペットボトルに入れていた油をかけ、紐が引っ張られると同時にそれが悪魔に巻きつくようにセットした。

 罠をセットして間もなく悪魔の雄たけびが聞こえてくる。

 三人が木の影に隠れると、同時に女性もこちらに駆けてきた。

 女性は見事に罠を通り過ぎたところで転倒した。友がそうなるように土の中に仕掛けをしたのだ。

 動きを止めてしまったことで、女性はかなり怯えているように見える。

 悟は女性が誤って罠に掛からないようにするためと、悪魔が女性を見つけやすくするためにその女性に声をかけた。

「あの、大丈夫……?」

 女性はいきなり現れた見知らぬ男にびっくりしたのか、じっと涙目で悟を見つめる。

 あまり女性に見つめられたことの無い悟は相手の行動に戸惑った。亜紀の容姿もあってか、少し照れてしまう。

「だ、大丈夫。ありがとう」

 やっと現状を理解したらしい女性が立ち上がる。

「よかった。死んでるのかと思ってヒヤヒヤしたよ」

 悟は怖がらせないように精一杯の笑顔を作った。

「君も連門大学の学生?」

「連門? いや、私は……旅行者だよ。車が壊れちゃって……」

「そうか、災難だったな」

 こんなところに秘境の温泉でもあるのだろうか、といった疑問が頭をよぎりつつも、敢えて深くは聞かなかった。

「君の名前は?」

「……わ、私は吉田亜紀」

「吉田さんか、よろしく」

 頭の中に高い耳鳴りが響く。第六感が敏感に警告を発した。

 ――来たか。

 悟は悪魔に備えて罠に近づいた。

「あ、そっちは……!」

「心配ない」

 悟が答えると同時に、数メートル先に悪魔が飛び出す。亜紀が驚いて悲鳴を上げた。

「きゃあ!?」

「さがって、大丈夫だか!」

「大丈夫って……!」

 悟の言葉が信じられないのか、亜紀は心配そうに言った。

「君が追われているのは見てて分かったから。罠を張らせて貰った。俺たちに任せろ」

「俺たち?」

 悟は手に持ったばかりの木の杭を握り締めると、左右の木の影に潜んでいる二人に目で合図を送った。合図を受けた庄平と友は同時に手に持った蔓を引き、地面からそれを浮かばせる。そして、悪魔が突っ込んでくる寸前にライターで火をつけた。

 悪魔は急に現れた蔓に足を取られ、見事に燃え盛る木片を引っ張った。

 当たり前のように、木片は悪魔に巻きつく。

「ギャアアアアア!?」

 悪魔は避ける間もなく炎に包まれた。

 ――今だ!

 悟、庄平、友の三人は悪魔が逃げ出すまえに倒そうと、それぞれの杭や槍で悪魔を貫いた。

 灰色の胸に木の杭を刺しながら、悟は相手を見た。

 眼球の周りの皮膚が全て無くなったのかと勘違いされそうな目、遠くからでもはっきり視認できる浮き出た血管、獣のように四肢で歩く姿。その全ての要素が悟に嫌悪感を抱かせる。

 ――化け物め!

 悟はまだ息のある悪魔に止めを刺そうと、杭に力を込めかけた。だが、その瞬間、悟は予期しなかったものを目にした。それは、悪魔のボロボロのズボンについている十字架のキーホルダーだった。

「ま、まさか……! 嘘だろ!?」

 全身の力が抜け、目の前が真っ白になる悟。

「お、おい!?」

「うわっ!」

 急に悟が力を抜いたため、友と庄平はバランスを崩してしまった。

 勿論、悪魔はそのチャンスを逃さない。体勢を崩した二人を突き飛ばすと、一目散に森の中へと逃げて行く。

 その光景を悔しそうに眺めると、友は今だに放心状態の悟に掴みかかった。

「何しているんだ! あそこで力を抜くなんて……あいつは間違いなく博士が言っていた悪魔の進化したやつだ。今逃がせばさらに強力にしてしまうんだぞ!?」

 友の怒りの表情にも悟は無反応で下を見つめ続ける。

「さ、悟……どうした?」

 普段とあまりにも違う悟りの様子に、庄平は遠慮がちに聞いた。

「……――だった」

ボソッと呟く悟。

「え? 何?」

 庄平は悟の声があまりに小さかったので聞き返す。悟はその問いに顔を上げると、絶望的な表情で口を開いた。

「あの悪魔……鈴野だった」







 銀野町。

 富山県内で比較的樹海に近いところにあるこの町は、町と言うには随分チャチな集落だった。

 町の中にある建物は殆どが一階か二階建てであり、それも年季を積んでいる物ばかりだ。

 総人口五百人。明らかに村と読んだ方が正しい数字だったが、住民達が田舎くさいと反対したため、二年ほど前に銀野村から銀野町へと改名し、こうなっている。

 悟、亜紀、庄平、友は、町に踏み入れた瞬間、そのあまりの状態に落胆した。

 人の気配など一切なく、ところどころに血の跡がある。悪魔の襲撃を受けたのは明らかだった。

「何だよ。結局はここも襲われてたのか。一体何のためにここまで来たんだか……」

 庄平は頭に手を当てながら座り込んだ。

 ――もう、御終いだ。この町が最後の希望だったのに……これじゃ、俺たちは死ぬしかないじゃんか。

 先ほど悟から鈴野の悪魔化を知らされたショックもあってか、庄平の落ち込みは半端ない。だが、それは他の人間も同様だった。

 全員がここに来れば助かると信じていた。きっと誰かが助けてくれると、自分たちを地獄から救い出してくれると。

 しかし、その思いは無残にも崩れ去ってしまった。

 最悪の形で。

「とにかく、もう六時過ぎだ。どこか休める所を探そう」

 皆が一言も発しないので、友が暗い雰囲気から逃れるように言った。






 四人は町の中でも一際破損が薄い家を寝床に選んだ。

 二階建てで部屋数は四つ、うち二つはリビングと和室といった一軒家だ。

 冷蔵庫に残っていた食料で軽い食事を終えると、疲れが溜まっていたのか、ほとんどの人間が睡魔に襲われた。

 はなばなれで寝ると何かあったとき困るので、全員が和室で睡眠を取ることにし、まだ九時前だというのに布団に潜った。

 友はすぐに寝てしまったが、鈴野が悪魔になってしまった悲しみと憤りの所為で、悟と庄平は中々寝付けなかった。

 庄平は夕方に散々気持ちを発散した所為である程度は落ち着いていたようだが、横になっていると鈴野のことばかり思い出してしまうらしく、天井をじっと見つめている。

 一方、自分の感情を押し隠す癖のある悟は、布団を顔まで被り、悲しみに耐えていた。

「……鈴野」

 誰にも聞こえないように、悟は小さな声で親友の名を呼んだ。


 『俺もさ、両親が離婚してるんだ。』 


 『色々大変だと思うけど、きっと乗り切れるよ。俺もそうだったから』

「畜生……!」

 布団の中にいることをいいことに、大粒の涙を流し号泣する悟。無理やり声を押し隠している所為で、不自然に布団が震えた。


 亜紀は三人に助けられた後にこの樹海で起きていることを聞き、それでも負けずに生きようとする三人を強いと思っていいた。

 だが、こうして悟が悲しんでいる姿を見ると、彼らも辛いのだど実感させられた。自分や友、庄平の前では強がってはいたが、やっぱり悟も苦しいんだろう。みんなが感情的になっているときは、必死にその怒りや悲しみを抑えて冷静に行動する。自分も泣きたいのに、苦しいのに、叫びたいのに、みんなのためにそれに耐える。そんなことを続けていれば、いつか我慢できなくなって壊れてしまう気がした。亜紀は自分も悟と同じタイプの人間だから、その感情を押し潰す辛さも、痛みも、苦しみも、全て自分の気持ちのように分かった。

 嗚咽を漏らす悟。

 暗い部屋の中、同じく小宮の死のショックで眠れなかった亜紀は、その様子をじっと見ていた。









 樹海内銀野町、某建物の地下。ここは元々は食料庫として建設されたものなのだが、地震の時や火災のときなどの非常用避難場所としても活用されていた。

 三ヶ月前の富山大震災の時、多くの住民がここで夜を過ごしたという事実もあるほどだ。

 小学校の体育館ほどの大きさのその地下室に、現在似つかわしくないほどのモニターが置かれていた。元々在ったものではなく、一ヶ月前に持ち込まれたものだ。

 モニターの前にはカッコイイつもりなのか、顎鬚を生やした四十代の男が足を前に突き出して座っている。男は懐からタバコを取り出すと、楽しむようにゆっくりとそれを口に含んだ。

男 の薄ひげだらけの口から白い煙が逃げ出すと時を同じくして、背後に数人の人間が現れた。

「広野さん。高橋志郎と猟銃を持っていた人間、それと新種の生物を捕まえました。いかがいたしますか?」

 イミュニティーの調査員であり、今回の樹海保管計画を任された男、広野大地はその声にさっと振り向いた。

「高橋博士は殺すな、あいつは上が身柄を要求している。後の人間は好きにしろ」

「あの、新種の生物の方は?」

「……どんな生き物なんだ?」

 恐る恐る尋ねるイミュニティーの隊員。その問いに、広野はあまり興味がなさそうに応じた。

「媒体となった人間の名前は大森陽一。連門大学の二年生ですね。悪魔からの逃走中に三本腕の体内に取り込まれたらしく、細胞内に三本腕の因子を植えつけられています。数時間前にその因子が発症し、偶然遭遇した高橋博士と戦闘していた所を我々で捕獲しました」

「三本腕というと、この樹海ブラックドメインから見つかったばかりの新種の生物か。相手を自分の体内に入れることで、まるで調整槽のように遺伝子を改造するとは、また随分悪趣味な感染法だな」

「このまま時間が経過すれば三本腕の因子が成長し、ほとんど母体と変わらないモノになると予想されます。我々としては、そうなる前に研究所に持ち運びたいのですが……」

「分かった、ヘリを用意する。この銀野町には止められそうにないから、予定通り電波塔の方に向かえ。あそこなら十分な広さがある」

「了解しました」

「……――ちょっと待て」

 隊員はすぐに命令に取り掛かろうとしたが、広野に呼び止められた。

「あの男は――キツネは今どうしている?」

「黒服ですか? 彼なら任務のために『割り出し』に掛かっていますが」

「……ならいい」

 それっきり広野が黙ったので、新米はもう行けということだろうと受け取り、さっさとその場を後にした。

 広野はモニターのチャンネルを変えると、そこに映し出されたばかりの任務中のキツネを凝視する。

「キツネ……あの男、絶対何かを企んでいる」

 ブラックドメイン発見時に必ず黒服のメンバーを一人連れることは、イミュニティーと黒服の初期契約で決まっている。それはもはや固定規約のようなものであり、今更変えることは出来ない。イミュニティーも随分黒服にはお世話になっている以上、それに異を唱えることは不可能なのだ。

「よりによって、何であの男なんだ?」

 黒服は数千人のメンバーを抱える大集団というわけではないが、それなりの人員は居る。

 広野から見れば、今回の仕事だって新しいブラックドメインの発見という、本来ならばキツネなんて若造よりも、もっと経験をつんだ熟練の人間が来るのが妥当だった。

「あんなまだ三十にも満たない若者を寄こすなんて……黒服の奴らも、上の人間も何を考えているんだ?」

 ――あの男には経験の無さを凌駕する何かがあるのか?

 広野はいくら考えてもその答えを導き出せなかった。







 深夜二時、友は誰かが話をしているような音を聞き、目を覚ました。

 その声は二人組みのようで、丁度自分たちが止まっているこの家の前を歩いているようだ。

 声からすると、恐らく男一人、女一人のペアだろう。

 ――住民の生存者か?

 友は声の主を確かめようと、暗い部屋の中を音を立てずに歩き窓の外に目を向けた。しかし、足元が良く見えなかったため窓際に寝ていた庄平の太ももを思いっきり踏みつけてしまった。

「あぅぐぁん!?」

 庄平は産卵中の亀のような悲痛な悲鳴を上げた。

「――っち、庄平、静かにしろ!」

 友は踏みつけたことを謝りもせずに、庄平を怒鳴りつけた。

「ゆ、友……何してんだよ……!」

 目に涙を湛え友を睨む庄平。

「外に誰か居る。町民かもしれない」

「まさかぁー、悪魔じゃないか?」

「いや、あれは確かに人間の話し声だった。――くそ、もう居ない」

 そう言うと、友はすぐにでも外に出て行こうとした。家で手に入れた武器入りのリュックを背負う。

「お、おい、どこ行くんだよ!」

「生存者の可能性があるだろ?確かめて来る」

「確かめて来るって……」

「心配するな。相手は人間なんだ。命の危険はない」

 庄平がいくら止めようとするのも無視し、友は家を出て行こうとした。


 悪魔が居るかも知れない町の中を、しかもこんな夜中に一人で行かせる訳にはいかない。仕方がなく、庄平も体を起こした。

「――っ畜生、俺も行くよ。ちょっと待っててくれ」

 もし悪魔がいれば、友一人だけでは危険すぎる。まして今は進化した四足のやつまでいるのだ。

 夕方は不意打ちで追い払えたからいいものの、次もそう上手くいくとは思えない。

 悟らを残すことも心配だったが、少し周囲をみて戻ればいいと考え、二人は置いていくことにした。

 庄平は素早く身支度をすると、友に向き直った。

「よし、いいぜ。行こう!」











「曲直君、起きて!ねえ、起きてって!」

 悟は聞きなれない声で意識を呼び戻された。

 ――こんな目覚まし買ったけ?

 そのままま寝ぼけたままの状態で気だるそうに瞼を開ける。

 どうやら布団の中に丸まって寝ている悟を誰かが揺らしていたようだ。眩しさに目を細めながらゆっくりと上を向くと、すぐ前に亜紀の顔があった。

「う、うわあああ!?」

「きゃあ!?」

 悟がいきなり布団から飛び出したので、亜紀は驚いて悲鳴を上げた。

「ご、ごめん。吉田さん」

 まだドキドキする心臓を必死に押さえながら、悟は立ち上がった。

 悟は女性に対してほとんど免疫がない。手を繋いだことだって小学校の運動会以来一回も無いほどだ。勿論、誰かと親しい仲になった事も無い。

 別に女性嫌いとか、モテなかったとかそういう訳ではなく、これまで女っ気の全く無い生活を送っていたからだ。

 中高生の間はずっと男子校、部活は帰宅部で、家に帰るとすぐに生活のためのアルバイトに行く。そのアルバイトもビルの警備員という、男だらけの環境だったため、悟は大学に入るまで女性との接点は薄かった。だから目をあけてすぐに亜紀の綺麗な顔を目にした悟の反応は、当然といえば当然のものだった。

「もう、ビックリした〜」

 亜紀は悟の行動に怒ることはせずに笑顔で答えた。

「えーと、吉田さん。どうしたの?」

 悟は動揺を隠すように言葉を発した。

 今だ治まらない心臓の音を感じながら、大学に入って四ヶ月経ったくらいではまだまだ女性に慣れてはいないのだと再認識する。

 ――会話だけなら普通に出来るんだけど、今みたいに接近するとやっぱ刺激が強いな……。

 亜紀は悟のそんな心情にはまったく気がつかずに会話を続けた。今さっき笑っていた笑顔はどこえやら、その表情はどこか暗い。

「――あのね、友さんと大井田くんがいなくなってるの」

「え!?」

 悟は事実を確かめるべく部屋の中を見渡したが、確かにどこにも二人の姿は無い。

 ――あいつら、どこにいったんだよ!?

「二階にも居なかった?」

「うん、二階もこの近くも一通りみたけど、どこにも居なかった。どこに行っちゃったんだろうね」

「え、外を見てきたの?」

 悟は亜紀が一人で出歩いてきたことを知り、驚いた。

「だって、散歩とか周囲の探索とかしにいったかもしれないじゃん?」

 ――……すごいな。

 どうやら彼女はおしとやかな顔に似合わず、そうとうな根性があるようだ。きっとこれが庄平だったのならば、泣きそうな顔をしながら、一緒に行動するように頼んでくるだろうだろう。

曲直まなせくん、どうする?」

 悟が和室のど真ん中に立ったままボーとしていたので、亜紀が怪訝な顔をしながら聞いてきた。

「ここに戻ってくるかもしれないし、下手に動くのはよそう。森のほうに武器の材料を取りに行ってる可能性もあるから」

「分かった、そうだね。まだ何とも言えない状況だし。あ、お腹すいてない? 私朝ごはん作るよ」

「本当? ありがとう。じゃあ、お願いするよ」

 悟は今までに感じたことの無い感覚に戸惑いつつも、笑顔で答えた。

 亜紀が作ったフレンチトーストとコーヒーを平らげ、その後二時間ほど悠々と和室で時間を潰していても、庄平と友が帰ってくることは無かった。

 いくら何でも遅すぎる。さすがにこれはおかしいと思った悟と亜紀は、家の中から使えそうなものをかき集めると、すぐに二人を探しに出かけた。

「やっぱりどこにもいないね……」

「ああ、本当にどこに行っちゃったんだよ」

 町の中の殆どの家の中を見てみても、二人の姿は無い。

「あの家で最後だな」

 悟は町の中心部にある目立たない小さな一階建ての家に体を向けた。町の中心にある広い空間を、円形に囲むように広がっている他の家とは違い、その家は良く目を凝らさなければ気づかれないかのように、他の家の影に建てられている。

 二人は無言で家の敷地に浸入すると、窓を割って家の内部に入った。もう幾つかの家でも繰り返してきた動作だ。悟は慣れた手つきで探索をする。

 部屋数も少なく、一つ一つの部屋の大きさも小さいため、数分で調べ終わると思った。

 捜索作業を半分ほど終わらせても、予想通り人の気配は無い。

 ――ここもだめか。町に居ないとなると、森の方に行ったのか? でも何で? 町中を歩いたけど悪魔の一匹も見なかったから、逃げて遠くにいったってことは無いだろうし……

 ガタン!

 何の前置きも無く、大きな音が家の中に反響した。

「っ!?」

 亜紀は思わず悟に飛びついてしまう。悟は物音の驚きと、亜紀に抱きつかれた驚きで一瞬息が出来なくなった。

「と、トイレの中に何かいる……!」

 亜紀が悟にしか聞こえない声で呟く。

「み、見てみよう」

 悟は恐怖とは別の意味で高ぶる心臓を押さえながら、ゆっくりとトイレに歩み寄った。その際も亜紀がずっと腕にしがみ付いていた為、少し動きにくかったのだが、動揺している悟には彼女を離す言葉が見つからない。

 悟は慎重に、茶色い木製のトイレの扉に耳を押し付けた。

「……スゥ……スゥ……」

 微かだが、生き物にしか出せない独特の息遣いが聞こえる。

 ――確かに何か居るな。人間か、それとも悪魔か……。

 悟は亜紀を背に隠すように立つと、力の限り扉を蹴りつけた。鈍い音と共に、扉の蝶番か吹き飛ぶ。

 と、同時に男の悲鳴が聞こえた。

「ひっひぇぇえええ!?」

 トイレの中には、便座の上に体育座りのカッコで三十代らしき男が座っていた。



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