<第十四章>” 怪女王 ”
<第十四章>怪女王
この世とあの世とを繋ぐ入り口のような異様な雰囲気を持つ沼の横に、揉み合う集団が居た。友を初めとする民間人の生存者と、政府の組織イミュニティーの人間が自分たちを囲んでいる怪女と戦っているのだ。
「くそ、離せ!」
友は地面につけていた片手に体重を乗せ、左足で自分を掴んでいる怪女の側頭部を蹴り上げた。
「ヒョオオォォォォオ!」
痛みに眉間のシワを増やす怪女だったが、それでも友の右足を掴んだ蛇腕の力は抜けない。どうやら一度掴んだ物は、よほどのことが無い限り離さないという性質を持っているらしい。友は包丁で蛇腕を斬ろうとしてみたが、怪女は足を掴んでいる腕とは反対の蛇腕で友の腕に絡みついた。
「――くそっ!」
素早く、攻撃能力に特化している悪魔タイプとは違い、怪女の動きは遅い。しかしその代わりに、接近戦に異常に強いという特性を持っていた。こちらが幾らナイフで切りつけようとしても、拳や足で攻撃しようとも、すぐに長い蛇腕が絡み付いてくる。
唯一の救いは女性にしか十秒感染をしないらしいということだけだった。
――遠距離攻撃なら効果がありそうだが……離れないとどうしようもないようだな。
友はありったけの力を出してもがいたが、怪女の紫色の口は確実に迫って来る。
仲間の一人がこれほどの窮地に立たされているなら、誰かが助けるのが普通だ。だが、現在彼らが相手にしている怪女はこの一体だけでは無い。安形、広野、志郎、下田、惣一、神崎、庄平もそれぞれあと四体の怪女の相手で精一杯の状況だった。誰一人友のピンチに気づいてはいない。深夜の、それも空を隠すほどの木々の下にいる友の姿は、非常に見え難いのだろう。かなりまずい状態だ。
このまま怪女の痛いキスを受ける訳にもいかないので、情けないと思いつつも友は故意に大きく叫び声を上げた。
「うあぁぁあああ!?」
まるで断末魔のような悲鳴が上がる。一瞬その場に居た人間全員の視線が友に集中した。
「友!」
やっと友のピンチに気がついた庄平が急いで駆けて来る。
「庄平、近づくな! こいつは遠距離攻撃に弱そうだ。遠くから攻撃しろ」
この言葉を聞いた庄平は、二日前からずっと使用していた石斧を躊躇わずに怪女に投げつけた。
「食らえ、この野郎!」
元野球部エース渾身の投げ斧が、怪女の脳天目掛けて飛ぶ。怪女は片方の腕でそれを防ごうとしたが、細い蛇腕では防ぎきることが出来ず、石斧は綺麗に蛇腕ごと怪所の頭に命中した。
「ヒョイウウアアァァ!?」
醜悪な額にめり込む石斧。
同時に拘束の解けた友はすぐに飛び出し、前につんのめった格好で怪女の首を切り裂いた。
「アアアァァ…………――」
甲高く一鳴きすると、怪女は膝から下が無くなったかのように崩れ落ちる。
「はぁ……危なかった。すまない庄平」
自分の命を救ってくれたことに礼を言った友に対し、庄平は無言でその場を離れた。まださっきのことを怒っているらしい。
これには流石に友も腹がたったが、今は仲間内で争っている場合ではない。舌打ちをすると、不機嫌そうな顔で安形や他の人間の援護のために駆け出した。
一方、悪戦苦闘する友や庄平、安形とは違い、イミュニティーの四人や志郎は、巧みな動きで逆に怪女たちを翻弄していた。最初こそ奇妙な攻撃に戸惑ったものの、相手の能力や動きが分かってからは彼らにとって怪女など悪魔と何も変わらない。前衛、中衛、後衛それぞれの役目を活かし、あっという間に周囲の怪女を倒していった。
「ほう……思ったよりやるな博士。伊達にあの事件で生き延びた訳ではないようだな」
「当然だよ。あの事件の後も僕はそれなりに苦労してきたからね、こんな『自然発生』の生物に遅れなんかとらないさ」
志郎は冷たく返した。その態度に広野は眉を寄せる。
「博士、我々が何故今になってお前を捕まえたか分かるか? 十二年も野放しにしていたのに……」
「何だいきなり?」
思わず耳を傾ける志郎。
「お前は世界的に高名な科学者となり、常にマスコミが近くにいた。それが計算によるものなのかは分からないが、おかげで我々はお前に安易に手出しが出来なかった。だが今は違う。この隔絶された環境にはお前を見守る目もない。例えこの場で貴方に何かあっても、真実は誰も分からないだろう。お前は俺の気一つでどうにでも出来るんだ。今のような態度は改めたほうがいいぞ?」
広野は声に凄みを利かせて囁いた。
「――僕に脅しなんてしても効果は無いよ。ここで僕を殺したいなら……いいさ、好きにすればいい。その代わり君も死ぬ覚悟はして置くべきだね。民間人だからって甘く見ないでくれよ」
普段あまり強い言葉を言わない志郎が、それもありったけの憎しみをこめて睨んできたので、広野は僅かだがたじろいだ。
――そうか……そういえば資料には妹を十二年前のあの『白夜事件』で亡くしていると書いてあったな。それでイミュニティーを恨んでいるのか?
広野はとてつもなく我が強い人間だ。彼にとって志郎と三本腕をイミュニティーの施設に持ち帰ることは最重要項目だった。
もうじき中年に差し掛かる年齢にも関わらず、管理職には就けず今もこうして現場で働いているのは、何も好き好んでそうしている訳ではない。同僚や部下の間では才能が無い、何故生き残っているのか不思議だと噂されている。広野は決して認めようとはしないが、それは疑うまでも無く事実だった。
この高橋志郎と三本腕を持ち帰ることは、彼にとって今後の人生に関わる非常に重要な問題だった。この仕事を達成できるか出来ないかで、永遠の現場中年かデスク組かに未来が分かれるのだから。
志郎が予想していたよりも高い実力の持ち主だと理解した広野は、脅しをかけることで自分の思うように志郎を従わせようとした。だが、予想外なことに志郎は反抗的な態度を取り、しかもあからさまな敵意まで見せてきたため、考えを改めざる終えなかった。
「ふん、そう憤るな。俺にも立場というものがある。代表が直接お前に聞きたいことがあるそうだ。ここでお前を逃がしてしまっては、俺の出世に関わるからな。つい強い態度を取ってしまった」
「六角行成自らが僕に用がある……?」
六角行成とはイミュニティーの非確認生物イグマ部門総合代表のことで、早い話イミュニティーのイグマ関係における現ボスの名だ。それ程の地位に居る人間が何故自分に用があるのか、志郎にはさっぱり見当がつかなかった。
「それってどういう――」
「ヒョオォォォォオオー……」
志郎は細かい事実を問い詰めようとしたが、下田らが倒した怪女の最後の一声の所為で邪魔をされた。
「よし後一匹か。下田さん、ちゃっちゃっと倒しましょう」
神崎は今倒したばかりの亡骸を泥まみれの靴で踏むと、最後の怪女の方に歩を進めた。
惣一が蛇腕を引き付け神崎が懐中電灯で怪女を照らし、そして隙が出来た所で木の槍を投射するため、遠方で下田が相手の様子を伺う。
「ほう、さすが本場は違うな」
「そうっすね」
庄平と安形はそのパターン化されたような三人の動きを、感心した目つきで見つめた。
だが二人とは違い、友だけは何故か首をかしげている。
――さっきから何か違和感がある。聞こえた怪女の鳴き声と姿を見せた怪女の数が合わないような……
ゆっくりと、かつ着実に怪女の前に進んでいく惣一の背を見ながら友は嫌な予感が頭から離れなかった。
チャポン――
「ん、今水の音がしなかったか?」
安形は空耳かと、軽い気持ちで庄平に確認を取った。
「いや、俺も聞こえたっすよ。多分アッチの方からだと思うっすけど」
庄平が音の発生源を探して横を向くと、そこはあの大きな沼がある位置だった。不気味な波紋が沼の奥から広がっている。
「虫でも落ちたんだろうな。緊張していたから微かな音でも聞こえてしまったんだ、きっと」
「そうっすかね……」
庄平は沼の奥に目を凝らしてみたが、闇と霧の所為で何も見えない。
――やっぱりただの虫か。
庄平は安堵の溜息をついた。
だがその途端、今度は何かが水面から飛び出した音が聞こえた。流石にこれは間違いようが無かった。只の虫でこれほど大きな音が出るわけは無い。
「あ、安形さん? 何か居ますよね、確実に」
「庄平君、下がろう。ここじゃ沼に近すぎる」
「――はい」
沼の方に隠れていたのか、反対側から来たのかは分からないが、怪女がまだ居るみたいだ。二人は慎重に後ろに下がった。
丁度下田らが最後の怪女を倒し終えたのを確認した後、友は庄平と安形が沼に向かって後ずさっているのを目にした。
――やっぱりまだ居たのか!
すぐに二人の近くに走り寄る友。だがそこで目にしたものは怪女などでは無かった。
霧を被った沼の中からゆっくりと何かが近づいてくる。まだシルエットしか見えないが、それだけで判断すれば怪女のようにも見えるのだが、大きさがおかしかった。怪女の二倍――いや、三倍はありそうな体躯なのだ。身長でいえば三メートルは超えている。
何か危険が迫っていることにようやく下田らも気づき、友や庄平のいる位置に走ってきた。
「何だあれは? まだ何かがいたのか」
下田は疲れた顔で一声漏らした。
その瞬間、いきなり黒い物体が沼の方から飛び出し下田を直撃した。
「うおおおお!?」
あまりに突然のことに避けることが出来なかった下田は、その物体と抱き合うように泥まみれの地面に倒れこんだ。物体が悪魔だった場合ここまで接近しているのは非常にまずい。下田が慌ててその物体を体から引き剥がすと、それの顔が目に入った。
「た、高木っ!?」
それは自分たちの仲間、パイロットの有村と共に姿を消していた高木だった。ただ死んでいることを除けば。
高木の死体は首の骨折、全身打撲に加え、何か強い力で圧迫されたように所々赤く内出血していた。
驚く面々を意に介さず沼にいた「何か」は尚も前進してくる。かなり近くに来たためか、ようやく友たちにもその姿が見えるようになった。
美しい女性の上半身に、象のように分厚く太い四本足を持った下半身。それに怪女の倍はありそうな長く大きな蛇腕。そして極めつけは背中に広がった、孔雀の羽のような無数の棘だった。特に腰からは一際大きな棘が兜の飾りのように左右に伸びている。
「うおい何だこいつ――怪女の親玉か……!?」
庄平は顔を引きつらせてそう言った。
「ビュウゥウオォォォオオオー!」
高く、それでいて太い音で、その何かは自分の存在を誇示した。周囲が高音に振動し木々がざわめく。まるで森そのものがこの化け物を恐れているかに見える。
「女王様がお怒りみたいだね」
志郎は真横の木の根元に倒れている怪女の死体からナイフを引き抜くと、それを怪女王に向かって構えた。
――まずい!
広野は直感的にそう思った。
実力、頭脳、運の全てに見放された広野の唯一の武器。それは臆病さだった。
悟のように超感覚とはいかないまでも、広野は敏感に相手の危険度を察知することが出来る。
臆病だから。覚悟がないから。誰よりも早く自分が生き残ることを考え、相手と自分たちの戦闘結果を無意識にシミュレートし分析する。
――あの怪女のボスは恐らく有村と高木が逃げる原因となった相手だろう。恐らくかなりの凶暴さを持っているはずだ。
広野はこのまま怪女王と戦っても勝てないと踏んだ。強い意志を感じさせる面構えで怪女王を睨み付ける志郎に気づかれないように、懐からあるものを取り出した。
「ガチャリ」と何かが志郎の片手にはまる。
「は?」
志郎が手首の冷たい感触に目を向けると、そこにはテレビドラマでよく目にするあの大きな金属性のリング、手錠が装着されていた。さらにその片方のリングは広野の腕にはめられている。
「な、何をしているんだ!?」
当然驚く志郎。
「あの怪女のボスはかなりヤバそうだ。お前は俺の大事な切符だからな! ここで死なせるわけにはいかない。ついて来い」
「何だって!?」
広野は驚く志郎を無理やり引っ張り、電波塔の方へ歩き出した。だが志郎は友らを見捨てて自分だけ逃げるつもりは無い。広野の強引な引きに対して逆に力を込め踏みとどまった。それを見た広野はナイフを志郎に向ける。
「一撃で熊を殺せるWASPKNIFEだぞ? 揉み合えばどちらに分があるかは考えなくても分かるだろ。俺はお前が死ななきゃいいんだ。ふん。言うことを聞かないのなら、腕の一本か二本を斬ってでも連れて行ってやる」
WASPKNIFEとは、アメリカのとある企業が製造した特殊なナイフで、刃先から高圧力の冷凍ガスを噴出するという代物だ。これをまともに食らえば、体が凍りつきながら内部から爆散させられることとなる。
「パイロットが居ないのにどうやって逃げる気なんだ!? 僕たちだけで電波塔に戻っても逃げられないぞ!」
「ヘリで逃げようとしたのは三本腕を持ち帰るためだ。だがこうなってしまった以上……残念だがあれは諦める。もともとお小遣い程度の気持ちで捕まえたものだしな。代表のじきじきの命令であるお前を本部に連れて行くことの方が、よっぽど重要なんだよ。電波塔についたら、樹海隔離用の部隊が来るまで地下の食料庫に隠れていればいい。心配するな」
広野にナイフを手首の位置に突きつけられたため、志郎は歯向かうことは出来なかった。
姿をこっそりと消した広野と志郎を気にする暇も無く、残ったメンバーはそれぞれ怪女王に向かって武器を構えていた。
「こいつに火は効きそうにないな。沼から出て来た所為で全身水だらけだ。下田さん、どうする?」
友は緊張した面構えで下田に聞いた。
「火が効かないとなるとかなりマズいぜ。普通の大型イグマ生物は大抵火をきっかけに倒すからな。このままだとナイフだけで戦うしかない」
「な、ナイフだけで? それはちょっと遠慮したいな」
広野の言葉に安形は息を呑んだ。果たして近接戦であの化け物に勝てるのだろうか、そもそも近づくことができるのか、多くの不安が頭をよぎる。
それは訓練を受けているイミュニティーの人間でも同じだった。惣一は細かく呼吸をしながら、不安そうに下田に話しかけた。
「下田さん、ここは逃げましょう! 高木が殺されている以上、有村も恐らく無事ではないはずです」
「確かにそうだな。命を捨ててまであの無能上司のお小遣い集めに協力する筋合いはない。――全員逃げるぞ、本隊が来るまで電波塔に立て篭る」
「待て、あれを見ろ!」
いざ逃げようと身構えた瞬間、庄平が沼の方を指して叫んだ。そこだけ霧が晴れた所為か、先ほどまで見ることの出来なかった怪女王の数メートル後ろに大きな岩があるのが分かった。しかもその上にはパイロットの有村がぐったりした様子で倒れている。
「有村! 生きていたか。何故あんなところに……」
「多分、怪女王に保存食のつもりであそこに置かれたんだろう。助けるにはあいつを倒すしかないな」
下田のように驚くどころか、異様に落ち着いた口ぶりで友は言った。
「下田さん、ここは逃げるべきだ。船無しではあそこまで行けない。泳ごうにもこの沼の水を体内に入れれば感染してしまう。残念だが、有村さんはもうどうしようもない」
「おい、何言ってんだよ! 見捨てるのか!?」
庄平は友の襟を掴んだ。
「ビョゥウウオオオオオ!」
怪女王はようやく沼から上がると、大声で叫び両の蛇腕を自分の周囲一体に振り回した。その中の一撃が友と庄平の右斜め前の地面を割る。
「うわっ!?」
「うおっ!」
大きな揺れに耐え切ることが出来ず、友と庄平は近くの木の根元に倒れこんだ。
「お前ら、揉めるのは自由だが他所で遣ってくれ。気が散る。逃げたいなら勝手にしろ。俺は部下を見捨てたりはしない」
下田は憤慨した目つきで二人を睨むと、怪女王に向かって走りだした。
それを見た神崎が声を上げる。
「下田さん!」
「はぁ、はぁ……――」
亜紀は全速力で走っていた。背後からはうねうねと蛇のような腕をくねらせながら怪女が追ってくる。
「ヒュオオオオオオ!」
怪女は中々亜紀を捕まえることが出来ないので痺れを切らしたのか、大きく鳴き声を上げた。
「きゃぁっ!?」
その声に後ろを振り向いた亜紀は、足元にあった地面から飛び出した石に気づけず、つまずいてしまった。
怪女はこれはチャンスとばかりに亜紀に急接近し、その異様な腕を伸ばしてくる。
『パッ』
突然赤い光が怪女の顔を照らした。
いきなり目の前が明るくなったことで怪女は視界を奪われた。
「今だ!」
松明で怪女を照らしながら悟が声を張る。すると怪女から見て後ろの方向から数本のナイフが飛んできた。怪女は亜紀を捕まえようと前に腕を伸ばしているため、当然これを防ぐことは出来ず、また急に照らされた松明の光で攻撃に気づくことも出来ないまま、その銀色の刃を体内へと吸い込ませてしまった。
「ヒュウアァァァアアア!?」
ナイフは遠くから、それも後ろからに関わらず実に的確に心臓を貫いている。怪女は誰も傷つけることが出来ないまま、二度目の死を迎えた。
「はぁ……――危なかったぁ」
近づいてくる悟の顔を見て緊張が解けたのか、亜紀は胸を撫で下ろした。
「いきなり転んだ時は本気で焦ったけど、上手くいってよかった。大丈夫?」
悟は折れていない方の右手を差し出す。
「自分より大怪我をしている人の手を借りて立つわけにはいかないよ」
亜紀は微笑みながらその手を押して引かせると、ゆっくり立ち上がった。
二人の立っている付近には数体の怪女の死体が転がっている。全部今のように悟、亜紀、キツネの戦法で倒したものだ。それを見渡しながら悟は顔を上げた。
「これでこの辺りの怪女は全て倒せたみたいだな。早く庄平達の所へ行こう。心配だ」
「そうだね、無事だといいけど」
「おい、お前ら」
キツネが横を向いたままこちらに歩いてきた。
「ここから先は二人で行ってくれ。僕はちょっと用ができた」
「何だ用って?」
「今向こうの方に博士とイミュニティーの人間が駆けて行くのが見えた。少し気になることがあってさ、僕はあの二人を追う」
「何?」
自分は殆ど自由に動けない体である以上、今ここでキツネという強力な矛を失うのはまずい。悟は何とかして食い止めなければと考えた。
「待てよキツネ、ただ逃げているだけだろ? どうせ行き先は電波塔だ。今はそんなことよりパイロットや友たちを探そう」
出来るだけ敵意の無い声でそう言う。
「ここからあいつらの所までは、もうすぐそこの距離だ。僕が居なくても向こうの生存者と戦法を組めばいいだろ? 何度も言うが、僕がお前達やイミュニティーの人間を助ける義理は無いんだ。僕は僕のしたいようにする」
キツネは小さくあざ笑うとこちらに背を向け歩き出した。
「……くそ……!」
――あいつが一緒じゃないなら俺たちが行く意味なんて殆どないじゃないか。ただ足手まといを増やすだけだ。あんなことを言っておいて、一体何を考えているんだあいつは……?
悟は短く舌打ちする。
「……悟君、行こう」
いつまでもここに居るわけには行かない。亜紀の呼びかけに頷くと、悟は重い足取りで再び歩を進めた。