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<第十三章> 地獄の裂け目

<第十三章>地獄の裂け目





 早朝二時。普通ならば多くの人間が寝ているべき時間帯だというのに、彼らはその脳を休めることはなかった。

 夏とはいえ、この時間帯ではまだ空も一面黒一色だ。まとわりつくように周囲に満ちている暗闇の中、彼らは歩みを止めた。

 目の前には四階建ての建物が建っている。下から見た限りでは屋上は二つのエリアに分かれているらしく、後部が受信塔、前部がヘリポートのように見えた。

「行くぞ、この上にヘリが止まっている」

 下田が友、庄平、安形、優子、志郎を促した。それに鎖で縛った三本腕を引きずりながら神崎と惣一も続く。彼らは淡々と言葉を発することなく入り口、階段と歩を進めた。

 電波塔で待機していたイミュニティーの人間が倒したのだろうか。所々に悪魔や四足悪魔の死体が転がっており、死体の中には熊悪魔の進化型と考えられるものまであった。

 ――こんな凶暴そうな奴まで……さすが訓練された人間の集団ということか。

 友は熊悪魔の死体を見ながらイミュニティーの手腕に感心した。

「君も訓練を受ければ、すぐにこれくらい出来るようになるさ。友くん」

 友の考えていたことが分かったのか、広野は彼の肩に手を置きながらそう言った。

「……こんな細長い人間でも大丈夫なんですか?」

「友!」

 広野と親しげに話す友に庄平が怒鳴りつけた。友がイミュニティーに入ることを喜んでいるように見えたからだ。

「お前――悟と亜紀ちゃんの無事も分かんないときに、未来の上司に媚を売ってんのかよ?」

「誰が媚を売っているんだ。ただ話していただけだろ。何興奮している?」

 友は自分ではそんなつもりは無かったのだが、事件の黒幕ともいえるべき相手、それも何人もの同級生の命を奪った相手と、何の隔たりもなく話す様子は確かにそう見えた。少なくとも庄平の目には。

「――……ふん」

 庄平は友を一睨みすると、ずんずんと階段を上がっていった。

「何カリカリしているんだ?」

 友は庄平の背中を不機嫌そうな目で見ながらそう思った。

 数十分前の福田と三本腕の争いから、庄平と友には僅かだが信頼という名の繋がりに亀裂が出来ていた。そしてその亀裂はこの先彼らの運命に大きな影響を与えることになる。二度と修復不可能な影響を――

「着いたぞ」

 屋上への扉の前で、下田はようやくこの任務も終わりになるという喜びから、少し明るい声で背後の庄平に呼びかけた。

 しかし庄平は眉間にしわを刻みながらふいっと視線を逸らす。

 ――……嫌われたもんだな。まあ、仕様がないけどよ。

 苦笑いしつつ下田は扉のノブを回し、外の世界と屋内の世界を繋げた。足を一歩踏み出すと同時に大型のヘリコプターが目に映る。暗闇とはいえ、その美しいフォルムははっきりと見えた。それはまるで光を放っているようにすら見え、自然と心が軽くなる。

「――おかしいぞ? パイロットや他の人間はどこに行った」

 仲間の姿が見えないことに不信感を持ったのか、イミュニティーメンバー、神崎がそう言った。

「下田――」

 広野が顎で命令を下す。

 上司の意を理解した下田らは懐からコンバットナイフを出すと、素早くヘリの周囲を囲んだ。神崎が左から、惣一が右からそれぞれヘリの中を慎重に覗く。

「……ん?」

 躊躇した後、二人とも戸惑いながらヘリの中へと入っていった。その様子を見た志郎が小声で言葉を発した。

「問題発生みたいだね」

「え、どういうこと志郎さん?」

 志郎の意味深なセリフにビクンと震える優子。その疑問の答えは、惣一の叫び声で知らされた。

「広野さん! パイロットがどこにもいません。他の人間もです」

「何だと!? どうなっている、あの馬鹿どもどこに行った?」

「ぐぎゃあぁぁぁああ!」

 混乱の最中に突然遠くの方から悲鳴が聞こえた。

「この声は――高木か!?」

 声が聞こえた方向を見ながら広野が呟く。

「西裏湿地……あそこは……!」

「何だ下田!?」

「……『BULUCK・DOMAINブラック・ドメイン』です。あの方向はこのバイオハザードの発生源、地獄の裂け目がある所です」

「そういえばそうか、高木らは何故あんな所に?」

「何だ、地獄の裂け目って?」

 ブラックドメインのことを知らない安形が広野に聞いた。

「悪魔の元の生物が湧き出た場所だ。元々地の底に住んでいた奴らは、その裂け目を通してこの樹海に出て来た」

「地面の底から? ――まさに悪魔だな」

 一人納得する安形。

「広野さん。パイロットが居なければ、三本腕が目覚める前にここから脱出来ません。すぐに彼らを追わなくては」

 神崎がかなり焦った表情で広野を急かした。

「そんなことは言われなくてもでも分かっている。三本腕をさっさとそこら辺にくくりつけておけ」

「は、はい」

 神崎と惣一は急いで三本腕の鎖をヘリポートの柵に結びつける。

「よし、すぐに捜索を始める。最悪、パイロットの有村さえ助かればいい。任務達成が最優先だからな」

「了解しました」

 ほぼ同時に二人は返事をした。

 ――任務? あんたの手柄、三本腕を届けるためだろ。

 下田は心の中で広野をあざ笑ったが、顔には一切その心情を表すことなく素直に命令に従った。

「なあ、広野さん。僕達もそこに行かないと行けないのかい? 邪魔になりそうだしここで待っていたいんだけど」

 志郎が何食わぬ顔で聞く。

「駄目だ。家族を人質に取っているとはいえ、人間自分の命が一番大切だからな。逃げる可能性もある。それにここに残っていくのなら部下を一人置いていくぞ? 無駄な足掻きはよすんだな」

 お前の考えはお見通しだぞ、といった表情で広野はそう言った。

 これ以上誰も反対しそうにないのを確認すると、高らかに大声を上げる。

「よし、行くぞ」







 キツネは電波妨害の中でも使用できる特別製の携帯電話を切った。

「イミュニティーの人間か?」

 見え難い夜の森の足場に気をつけながら、すかさず悟が尋ねる。

「ああ、ヘリのパイロットが行方不明らしい。僕達も電波塔の前に直接『地獄の裂け目』まで行って彼を探してくれだと」

「パイロットが居ないってどういうことなの?」

 キツネの答えに亜紀がうんざりしたような顔で質問した。

「そんな顔で僕を見るな。多分悪魔の集団にでも襲われたんだろう。正直、悪魔退治のプロである彼らがそう簡単に逃げたとは思えないけどな」

「パイロットが死ぬのはまずい。俺たちもすぐに行こう」

 脱出にはパイロットの存在が必要不可欠だ。悟は直ぐに歩みを速めようとしたが、キツネがその背中に妙なセリフを吐いた。

「クスクス、そうだな。お前には特に大変だからな」

「え? どういうこと、悟君?」

 亜紀は先ほどのキツネと悟の間にあった、自分には聞こえなかった謎の会話を思い出してそう言った。

「ほ、ほら俺には庄平と友っていう大切な友人がいるだろ。あいつらが死んじゃったら堪らないじゃん」

「……何か嘘臭いね」

 明らかに咄嗟に考えたとしか聞こえない悟の言い訳を、亜紀は怪しんだ目つきで見る。

「そ、そんなこと無いよ。――こうしている間にもあいつらに危険が迫っているんだ。速く行こう」

 亜紀の視線から無理やり目を背けると、悟はドンドン前に進んでいった。

 ――……悟君。私に何を隠しているの? さっきの話は何だったの?

 悲しそうな目で心配している亜紀のことに、前を歩く悟が気づくことは無かった。

「あそこに小さな東京タワーみたいな物が見えるだろ? あれが電波塔だ。最終的にはあそこからこの樹海を脱出することになる。で、僕たちが今向かっているのは、そこから見て二〜三キロ左にある所だ。道を間違えるなよ」

「言われなくても分かってる」

 ――『感覚』が敏感に得体の知れない生き物の存在を教えてくれているからな……。

 過保護な母親のような物言いのキツネにイラッっとしながら、悟は歩き続けた。

 その様子を見ていた亜紀は、何故悟がこの事件の犯人の一味らしいキツネに歯向かわないのか不思議に思っていた。ついさっきキツネから庄平らがイミュニティーに捕まったことは聞いていたものの、それが理由とは思えない。巨狼を倒した後のあの会話が関わっているのだろうか、と再度疑いの気持ちを抱いたが、やはりその内容までは推測出来なかった。

 ――……はあ、ずっと考えててもしょうがないか、今はまず逃げることが大事なんだし、後で考えよう。

 頭の片隅にまだ不安が残っているものの、逃げ延びた後で聞けばいいと亜紀は自分を納得させた。

 しかし、その答えを悟から聞くこ機会は永遠に無いということを亜紀はまだ知らなかった。








「何かジメジメしてきたな」

 庄平が額の汗を手で拭きながら周囲に目を這わせる。

「どうやら、この先は湿地らしいね。キノコが沢山目に付くようになってきているし」

「湿地……いかにも何か居そうっすね」

 志郎の分析に目を細める庄平。

「おい、もうそろそろ地獄の裂け目だ。無駄話を止めて悪魔に用心しろ」

 下田が雑談をする面々に向かって呼びかけた。

「なあ、あんたらの仲間を大声で呼んでみたらどうだ。声でどこにいるか分かるんじゃないいか?」

 安形が服の裾をパタパタさせながら下田に聞く。

「話を聞いていなかったのか? 大声を出せばすぐに悪魔が集まってくるんだよ。地獄の裂け目はこの事件の発端であり最初の現場、これがどういう意味か分かるか?」

「どういう意味なんだ?」

「悪魔の第三形態がいるってことだよ。地獄の裂け目は古い感染体が多くいるからな」

「だ、第三形態ですって!?」

 優子はここに来てから何度目か分からないくらい繰り返した、安形の袖を掴むという行為を再び無意識のうちに行った。

「なるほど、確かに厄介だな。だから熟練のはずのあんたらがこうも緊張しているのか」

 広野らの微妙な変化に気づいていたらしい友が冷静に言う。

「その口調がいつまで持つか楽しみだぜ、秀才くん」

 自分よりも落ち着いている友に嫉妬心を感じたのか、皮肉っぽく惣一が睨んだ。

「おい、これ見ろよ!」

 突然周囲に響いた庄平の声に全員が振り向くと、そこには点々と血の跡が続いていた。

「これって、もしかしてあんたの部下――……」

「特定は早い。死体が無いからな。先まで行くぞ」

 庄平の問いを最後まで聞かないで、広野は血の跡を追い始めた。

「まだ随分と色が赤いな。垂れてからそれ程時間が経っていないようだ。やっぱりさっきの悲鳴を上げた高木の物か?」

「恐らくそうでしょうね。もういつ襲われても可笑しく無い。気をつけないと……」

 血を見ながら下田と神埼が神妙な顔つきでお互いの気を引き締める。

『シュルルルルルルルル』

 何かが這うような音が神崎の頭上で鳴った。

 しかし血痕に気を取られている面々は誰一人その音に気がつかない。

 音の主は枝に重なるように姿を隠しながら、着々と神埼の首へと近づいていた。まるで蛇のような動きだ。

「神崎!」

 それが神埼の首元に忍び寄る直前、気配に気づいた下田が間一髪でナイフを頭上に振った。

「ヒュオオオオォォオオオオ!」

 高音の笛を吹いているかのような悲鳴を上げながら、それは木の上へと引っ込む。

「な、何だあいつは!?」

 下田が木を見上げると、そこには悪魔でも三本腕でも無い、見たことが無い生き物が居た。

「――女――……?」

 神崎がそれの第一印象をそのまま口に出す。

 目と鱗、牙の無い蛇のような片手を、アームフードのように肩から生やしたその女性は、村の住民だったのか、農作業の服装をしたまま枝にぶら下がっていた。背中からは針のような無数の太い棘を上に向かって生やし、蛇型の右手に加え、左手も蛇の尻尾のような形になっている。さらに太ももから下は、象の足のように分厚い皮と爪に覆われていた。

「あの顔と灰色の体色を考えれば悪魔の一種だろうが……下田さん、あれは何なんだ?」

 友は包丁槍を前に据えながら目を細めて聞いた。

「俺も見たことがないな。――恐らく、イグマ細胞の突然変異だろうよ」

「突然変異?」

「まれにあるんだよ。地下とは全く違う環境の地上に出て来た所為で細胞変化を起こし、本来の悪魔とは別の形を形成するようになるイグマ細胞が」

「イグマ細胞の亜種か。今更だが、ホント変な生き物だ」

「ヒョオオオオォォォオオ!」

「ちょっと、何であちこちから聞こえるのよ!」

 優子はぐるぐる目を森中に走らせながら怯えた声で叫ぶ。

「……またこれかよ」

 安形は自分の周囲を見渡してそう言った。

 木の影から目の前の怪物と同じような女性の化け物が、次から次へと出て来たのだ。

「これはまずいね……」

「お、おい囲まれたぞ」

 志郎が苦虫を噛み潰したような表情で怪物を見る横で、庄平も顔を引きつらせながら石斧を取り出した。

 怪女は合唱のように他の怪女と声を共鳴させながら、獲物を殺すための雄たけびを上げた。

「ヒョオオオォォォオオオー!」







「何だあの声……?」

 相変わらず真っ暗な森の中。自分たちが向かっている先から突然奇声が聞こえてきたので、悟はいぶかしんだ。

「クスクス、新種の化け物が三本腕の他にも居たみたいだな」

 キツネが面白そうに言う。

「この声……かなりいっぱい居るみたい。悟くん、急ごう」

「ああ、そうだな」

 悟は巨狼や悪魔から受けた傷の所為で正直歩くのも辛かったのだが、庄平と友を助ける為に必死に痛みを押さえ込み、亜紀に続いた。

 その様子に目ざとくキツネが気づく。

「亜紀ちゃん。あまり悟に無理させない方がいい。応急手当をしたとはいえ、左腕も折れてただでさえボロボロなんだからな」

「あっ――ごめん……悟くん」

 悟の怪我のことを思い出して亜紀がすまなそうに謝る。

「気にしなくていいよ、まだまだ全然元気だから」

 悟は強がってみたものの、亜紀にはそれがバレバレだったようだ。心配そうに悟の腕を肩に担ぐと、二人三脚よろしく歩き出した。

「仲がいいな」

 ニコニコと二人を見るキツネ。

 ――五月蝿い……そんなに嬉しそうな顔をされなくても分かっているよ。約束は守る。

 悟はキツネに怒りの篭った視線を投げると、黙って亜紀と一緒に歩き続ける。

「何か湿ってきたね」

「……そういえばそうだな」

 亜紀と悟は急に周囲に薄い霧が出てきたのを感じていた。気のせいか空気も水気が多くなっている。

「亜紀。俺、こんな状態だしさ。亜紀を守りきれる自信が無いんだ。もしもの時はすぐに一人で電波塔まで逃げてくれ」

「何言ってんの、悟くんも一緒に逃げよう。絶対に置いてったりしないから」

「俺はいいんだ。どうせ――……」

 悟はその先を言おうとして言いよどんだ。

「……どうせ何?」

 当然亜紀はその続きを促す。

 悟は答えることが出来ず、ただ黙って亜紀の瞳を見つめた。しばらくの間その状態が続いたが、気まずくなった悟は何事も無かったかのように話題を変えようとした。

「そういえば亜紀って……」

「悟くん。聞かない気だったけど――やっぱり教えて。キツネに何を言われたの?」

 話題を変えようとした悟を亜紀が強引に元の内容に戻した。

「別に大したことじゃないよ。亜紀は気にしなくて言いって」

「大したことじゃないなら教えられるでしょ、教えてよ」

 その言葉に再び悟は黙り込んでしまう。

 ――言える訳ないだろ、あんなこと……。

 答えが返って来ないので亜紀は悲しそうに言葉を発した。

「……分かった。悟くんがどうしても言えないっていうのなら、何も聞かないよ。ただ、一つだけ教えて」

「何?」

「悟くんは絶対に……私と一緒にこの樹海から出られるよね?」

「ああ、当たり前だろ」

「そっか。それなら、いいよ。何を言われたかは後で幾らでも聞けるしね」

 亜紀は少し顔に悲しみを湛えさせながら微笑んだ。

 悟も微笑み返す。しかしやはりどこか悟の顔にも悲しみが漂っていた。

「おい、お前ら。あそこにしゃがんでいる奴ってお前らの知り合いか?」

 キツネが松明で照らしながらいきなり前方の一点を指した。

「え、優子?」

 目の前にうずくまっている優子に対し、亜紀は驚きの声を上げた。てっきり優子は鈴木らにもう殺されていたと思っていたからだ。

 冷たい態度を取られたとはいえ、やはり友人の一人には違いない。亜紀は嬉しくなって優子のもとへ駆けた。

「優子、よかった! 無事だったんだね」

 嬉しさから涙目になる亜紀。

「亜紀……?」

 優子は虚ろな目で亜紀を見ると驚いた顔をした。

「優子、怪我は無い? どうしてこんなところに居るの?」

 亜紀は笑顔で質問する。

「亜紀……亜紀……」

「何?」

「――タすケて」

「え!?」

 松明の光の中に優子の全身が入ると、亜紀は我が目を疑った。

 優子の右手には切断された蛇の尻尾のようなものが巻きついており、その手は灰色に染まっていく真っ最中だったのだ。

「ゆ、優子!?」

「亜紀、ヤダよ……私あんな化け物にナンてなりたくナイ、タスケテ……!」

 徐々に灰色の領域を体に増やしながら、優子は一歩一歩亜紀に近づいていく。

「亜紀っ、逃げろ!」

 優子の姿を見た悟は、全身の痛みに歯を噛み締めながら亜紀へと走る。

「優子……そんな……嘘だよね……?」

「亜紀……アキ……ア……キ…………」

「優子……!」

 段々と呂律が回らなくなってきた優子の体は、もう八割近く怪女化していた。小さく細い指は同化し一本になり、しなやかで整った両足はその太さを増長していく。

「逃げろー!」

 悟は思うように動かない自分の足に舌打ちしながら必死に叫ぶ。

「ア、キ……ヒュッ……オオ……」

「……優……子……」

 亜紀は優子の変わり果てた姿を目の当たりにし、恐怖と悲しみから涙を流した。

 自分の所為でこの樹海に来てしまった優子。本当ならば今頃はアルバイトの疲れでぐっすり柔らかいベッドに寝ているはずだっただろう。

 償いから、友情から、命を助けると誓った友達。

 その相手が今自分の目の前で醜く体を変形していく。

「ごめん……優子……ごめん……!」

「ヒュオォォォオオ!」

 甲高い鳴き声と共に、優子は――いや、怪女は蛇状の腕を亜紀に叩き付けた。

「きゃあ!?」

 亜紀はそれを辛うじて両腕で防いだものの、地面にお尻を打ちつけしゃがまされてしまった。防いだ腕はまるで鞭で叩かれたかのように赤く腫れ、激痛が走る。

 そのままシュルシュルとその蛇腕は亜紀の首に絡まろうとしてきたが、間一髪で悟が間に合った。

「っこの――!」

 悟は僅かな力を振り絞って包丁を蛇腕に切りつける。

「ヒョオォゥウ!?」

 怪女はその斬撃に怯むと僅かだけ退いだものの、大した間も開けずに第二撃を繰り出してきた。

 悟はしっかりとその攻撃を認知していたのだが、ガタがきている体では到底避けることは出来ない。怪女の左蛇腕を胸に直撃させられた。

「っぐ!?」

 包丁を胸の前にかざしていなければ風穴が出来ていたかも知れないほどの衝撃で、悟は草村の中に吹っ飛ばされる。

「悟くん!」

 亜紀はすぐに悟の所に行こうとしたのだが、怪女の両腕がそれを許さなかった。縦横無尽にくねくねと動きながら亜紀の体を捕縛しようとしてくる。

「あぅ……!」

 それを見た亜紀は、銀野町を出る時に悟から渡されていた包丁をハンドバックから取り出した。

「はぁ、はぁ……!」

 亜紀は悪魔や巨狼に遭遇はしていたが、実際に戦ったことは無い。当然、戦法や罠のことなど知る由も無く、このままではどうなるかは目に見えていた。震える両手で包丁を怪女に向けてはいるものの、それからどうすればいいのか分からず固まってしまっている。

「キツネ、亜紀を助けてくれ! 早くっ」

 草村の中から何とかして立ち上がろうともがきつつ、悟は傍観を続けていたキツネに助けを求めた。

「嫌だ」

「な、何!?」

 自分の耳を疑う悟。

「こんな雑魚相手に僕の助けを求めるなんて論外だな。例え体が傷だらけだからといってもそれは自己責任だろ? 自分の敵は自分で排除しろ。じゃないとこれから先、生き残ることなんて出来ないぞ」

 冷たい目で悟を見据える。

「亜紀は俺の怪我と関係ないだろ! 頼む――助けてくれ、亜紀さえ助けてくれれば俺を置いて逃げてもいいから……!」

「仲間を守れないのはお前の力不足だ。亜紀ちゃんは僕にとってはどうでもいい人間だからな。助けたいなら自分で何とかするんだ」

「このっ……!」

 悟はキツネを殴り飛ばしたかったが、体が自由に動かないためそれは適わなかった。

 ――くそ! こうしている間にも、いつあの怪女が亜紀を襲うか分からない。キツネの馬鹿のことは後だ。俺が何とかしないと――……

 悟は木に体を預けながら立ち上がると、力の篭らない手で包丁を構えた。

 怪女は最初は亜紀の包丁を警戒していたが、亜紀からは何の脅威も感じなかったのか再び攻撃を再開しだした。

「ヒョオオォォォオオ!」

 普通の悪魔とは違い体の動きは遅いのだが、左右の長い蛇腕がそれをカバーしている。遠ざけば鞭のように鋭く振り下ろされ、近づけば絡み付いてくる。恐らく極太の両足が体を支えることで、この動きを可能にしているのだろう。

 亜紀は全身の神経を最大に集中させ、紙一重でこの攻撃を避けていた。

「離れることも近づくことも出来ない。どうすればいいの――!?」

 さっきのキツネの話は亜紀にも聞こえていた。だからこそ亜紀は自分の身は自分で守ろうと意を決し、怪女と相対しているのだが、所詮は何の訓練も積んでいない一般人だ。すぐに逃げ続けることが出来なくなり怪女の腕に捕まってしまった。

 『ジュルルルルルル』とその白く細い腕に、触手のような怪女の手が絡まる。

「いや! ちょっと――離してっ!」

 いくらもがいても、全くといっても良いくらい効果は無い。亜紀は十秒感染で優子の仲間入りになるか、怪女の餌になるのを待つしかなかった。

「亜紀!」

 悟はこの一撃に全てをかけるつもりで怪女目掛けて突っ込んだ。

 ――亜紀を掴んでいる今なら攻撃できないはずだ!

 考えは正しかった。

 だが、いや、だからと言った方がいいのか。怪女は悟の特攻に気づくと亜紀を放し、両手を悟に向かって突き出した。

「な!?」

 悟は一瞬後ろに逃げようとしたももの、瞬考のあとに踏みとどまった。感覚をフルに利用し、歯車の狂った体を強引に動かし、蛇腕を避ける。そしてその腕を渾身の力で切り落とした。

「ヒュウウアァァァアア!?」

 思っても居なかった悟の動きに怪女は驚き、赤黒い血が湧き出る自分の傷口を見て悲鳴を上げた。

「もう一本――」

 悟は残った僅かな力を使って、怪女の左蛇腕を切り落とそうとする。が、相手もそんなには甘くなかった。般若のような形相で悟のナイフを叩き落すと、その長い腕を悟の首に締め付けた。

「あぐ……ああ……あああ!」

 呼吸が出来ず、さらに首の筋肉がねじれる痛みで無言の絶叫を上げる悟。

「さ……うっ、悟君――!」

 亜紀は悟を助けようとしたが、怪女の足に腹を踏まれ身動きが取れないでいる。

 ――くそ、体調さえ万全だったら……!

 血液が溜まりジーンと痛みが響く頭で悟は悔しがった。









「……まったく、仕様がないな。今回は特別サービスだぞ」

 キツネは溜息をつくと、怪女に向かって猛烈な飛び蹴りを放った。右腕は切り下ろされ左手も悟を締め付けている今、怪女にこの攻撃を防ぐ手段は無い。キツネの黒い靴は思いっきり怪女の顔面を踏み抜いた。

「ヒュオォォォオ!?」

 体を大きく仰け反らせはしたが、それでも怪女は悟を離そうとはしない。悟の首を締める腕の力は緩むことは無かった。

 それを見たキツネは素早くナイフを蛇腕目掛けて投げた。

 『ザクンッ、ザクンッ』と二本の細長いナイフが蛇腕を貫く。それを横目にほくそ笑むと、キツネはさらに大型の黒い柄のナイフを飛ばした。

 二本のナイフによって切れ目を入れ、その間に大型のナイフを刺すことで蛇腕はあっけなく切断された。抗張力の原理だ。

 最後のナイフを投げたとほぼ同時に、怪女を目掛けて駆け出していたキツネは、地に落ちたばかりの黒柄ナイフを掴み取ると、そのまま怪女の心臓に突き刺す。

「ヒュ、ウウ……ウ……!?」

 怪女は自分の胸を突き抜ける鋭い刃に怯えた瞳を向けた。

「クスクス――じゃあな」

 それを冷酷に笑い飛ばすと、キツネは一気に黒柄ナイフを引き抜いた。

 火山の噴火のごとく大量の血液を撒き散らしながら、怪女はそれが正しい状態であるかのように地面に伏す。キツネは終始笑顔でそれを見ていた。

「はぁ、はぁ……亜紀、大丈夫……?」

「何とかね。悟君は?」

「結構ヤバい。亜紀の支えが無いと立てないなこれは……」

「そんなこと言って、私にくっ付いて欲しいだけでしょ?」

「はは、バレたか」

 二人はお互いの無事を確認できた喜びで冗談を言った。

「立てるか?」

 キツネが悟に手を伸ばす。

 悟はその手を無視し、自力でよろよろと立ち上がった。

「クスクス、なんか機嫌が悪いな」

「当たり前だろ! 何でもっと早く助けてくれなかった。一歩間違っていれば二人とも死んでいたんだぞ!?」

「お前の考えは間違っているよ。言っとくが、僕が『気まぐれ』でお前らと行動を共にしているおかげでその命は救えたんだぞ? 恨みどころか感謝して欲しいくらいだ」

「なっ……!?」

 悟は反抗しようとしたが、キツネの言っていることは確かに正しいことであると気づき、何も言えなくなった。

「悔しかったら力を付けるんだな。誰に頼ることなく、自力で生き延びることが出来る力を」

 悟が文句を言わないので、満足そうに微笑みながらキツネはそう言った。

 会話をしている二人を横目に、亜紀は怪女――優子の亡骸へとゆっくり歩み寄る。全体を見れば人間とは呼べない姿だが、顔だけは優子の面影を残していた。

 亜紀はその顔を無言で見つめた。

 アルバイトの店で何度も一緒に笑った顔、マナーの悪い客に愚痴を言った顔、彼氏に振られて泣いた顔……ありとあらゆる優子の顔が走馬灯のように亜紀の瞼の裏側を流れた。

 自分の所為でこの地獄に巻き込み死なせてしまった罪悪感、深い後悔の念が心を支配する。

「……――さよなら……」

 艶やかな黒髪のミドルヘアーを風になびかせながら、亜紀の頬を再び一筋の涙が伝った。





「悟、さっきの戦いで最後の包丁、曲がっただろ? これを使え」

 キツネは大きな石の上に座りながら、横で倒れている優子に止めをさしたあの黒柄ナイフを放ってきた。

「っ、刃物を投げるなよ!」

 悟は刃で斬り傷がつかないように慌てながらそれを受け取る。

「ん、このナイフ?」

「見たこと無いだろ。それは黒服メンバーのみが持っている特別製のナイフだ。特殊高分子を混合した金属製で、象が踏んでも曲がらず、同じく刃も別種の高分子でコーティングされているから、脂肪を弾き、切れ味が鈍ることも無い。かなりの優れものだぞ」

 悟はそのナイフをまじまじと見てみた。

 拳銃のグリップを少しだけ伸ばしてナイフ向けにしたような黒色の柄に、縦幅三十センチ近くはありそうな刃を、中心に穴の開いた半円形の鋼色鍔が左右から挟んでいる。この刃は実際に相手を切断する正面部の一センチのみ銀色で、残りの部分の色はダークグレーだった。恐らくコーティングされているというのがその銀色部なのだろう。

「ハリウッド映画に出てきそうなナイフだな」

 悟がしばらくそのナイフにみとれていると、柄にある丸い窪みに文字が書いてあるのが目に入った。

「L……O……T……US、LOTUSロトス?」

「ハスの実のことだ。ギリシャ神話ではその実を食べることで、この世のありとあらゆる苦痛から開放されると言われていたらしい。そのナイフの名前だよ」

 キツネがタイミング良く説明する。

「ナイフに名前があるのか?」

「ああ、製作者の趣味だよ。陽介・タチフィールド――黒服の武器開発者のな。それは彼の作品の中でもかなりの業物だ」

「何でそんな代物を俺にくれるんだ?」

「実はな、僕はもう一本持っているんだよ。ほら」

 キツネは懐から同じようなナイフを取り出した。それの柄にはKYRIEキリエと書かれている。

「お前に渡したそのナイフは、この任務の直前に別の仕事で殺した黒服メンバーの物なんだ。僕はディエス・イレに、向こうはイミュニティーに雇われていてな。殺すしかなかった。別に僕が持っていてもいいけど、なんか呪われそうだからやるよ」

「黒服同士でも戦うことなんてあるんだな」

「当たり前だろ、僕たちはある意味傭兵なんだ。金の為ならどんな仕事でもこなす。当然黒服同士で戦うこともある」

「悲しくないのか? そんな生活」

「全然悲しくないね。僕は目的を達成するまでどんなことにでも耐えられる。どんなことでも出来る。たとえ自分の恋人を殺せと言われても躊躇なくしとめられる」

「目的?」

 悟はキツネのこの言葉に強い決意のようなものを感じた。この言葉だけには感情が篭っていたのがありありと分かった。

「……無駄話が過ぎたな。ほら、お友達が無様に死んでいるかもしれないぞ。そろそろ行こう」

「ああ」

 ――ただの危ない奴かと思っていたけど、こいつにも何か目指すものが有るんだな。まあ、それがいい目的かただの欲望かは知らないけど。

 悟はキツネがただ快楽の為だけで行動しているのでは無いと分かり、彼に対する印象を少しだけ改めた。







 銀野町から悟、亜紀、キツネの三人が出発して四十分。悟が巨狼を倒すのに要した時間が午後七時から十一時を少し過ぎた約四時間だとすれば、現在の時刻は十二時十分〜二十分といったところだろう。いや、正確には悟は数十分間気絶していたため時刻はもっと遅いかもしれない。

 現在樹海内は夜の暗闇だけでなく、しばらく前から周囲に満ちている霧の所為で、数メートル先の景色しか見ることができない状態だった。悟は足元に気をつけるあまり前方の木に気づかず、先ほどからしょっちゅう頭を打ち付けている。

 それを見かげたキツネがため息混じりに注意をした。

「お前は回避行動以外てんで駄目だな。もうすぐ目標地点だぞ。それ以上たんこぶを増やすなよ」

「五月蝿い、体が上手く動かないんだよ」

 別に怪我の所為で木にぶつかっているわけでは無いのだが、馬鹿にされるのが悔しくて悟はこういった。

「はぁ、悟はこんなんだしな。足を引っ張られても困る。またさっきの怪女が出てくる前に話しておくか」

「何の話?」

 キツネの言葉に亜紀が敵意を隠すことなく聞いた。

「お前らは博士――高橋志郎から『戦法』について聞いたんだよな。ほら、隠れるとか、罠を使うとかのことだ」

「ああ、そうだよ」

 キツネは亜紀が浮世壮メンバーでは無く、途中参加者であるということを忘れているらしく、確認するような口調で聞いてきた。悟もそのことを忘れているようで自然に返事を返す。

「高橋志郎は知らなかったようだが、戦法には注意すべき点がある」

「チームワークってことなら聞いたけど?」

「そんな基本的なことじゃない。僕が言いたいのはポジションのことだ」

「ポジション?」

「戦法を行うには役割があるんだよ。そうだな、スポーツに当てはめると前衛、中衛、後衛ってとこか」

 歩きながらキツネは説明を続ける。

「前衛は悪魔を引き付ける囮。斥候が主な仕事で、中衛は罠の発動や状況分析などを行う司令塔的存在。そして後衛は悪魔が遠距離に居る時は前衛の援護、投槍や投石なんかでな。そして悪魔が罠にかかった後は止めを刺すという役目がある。お前たちは知らない割には結構形になってたぞ。悟が前衛、友が中衛、庄平が後衛的立ち位置だな」

「そんな役割分担があったのか」

「これは黒服、イミュニティー、ディエス・イレの、全組織で正式に活用されていることなんだ。悪魔と戦う以上、この役割に気を使わないと損をするぞ」

「こんなボロボロになっってるのに今更そんなことに気を使うなんて無理だよ。話すのが少し遅かったな」

 悟は自分の覚束ない足取りを見ながらそう言った。

「何のために今僕がこの話をしたと思っている。このままだと足を引っ張りそうなお前を再利用するためだろ? お前には今から中衛を勤めてもらう。例え体に怪我を負っていようが、中衛なら直接悪魔と戦う機会は少ない」

「俺が中衛? だったら他のポジションはどうするんだ、まさか――」

「ああ、僕は後衛、そして亜紀ちゃんには前衛をやってもらう」

「ふざけるなよ! 何で亜紀が前衛なんだ!? 普通一番危険な前衛につくべきなのはお前だろ!」

「前衛は一番足が速い、もしくは回避能力に長けている人間が、中衛は一番頭のいい人間が、後衛は一番白兵戦に強い人間が勤めるのが本来の状態だ。そして現状お前はボロボロで前衛も後衛もこなせそうに無く、亜紀ちゃんが白兵戦に強いとも到底思えない。これがベストの組み合わせなんだよ」

「――っだからって……」

 悟は頭では理解していたものの、納得することは出来なかった。生まれて初めて出来た大切な存在――亜紀が、一番死と隣り合わせの仕事をこなさなくてはならないのだから。

 悟は感覚を頼りに悪魔の攻撃を避けることができるが、亜紀にそんな裏技的能力は無い。悪魔に追いつかれれば、あっという間にその汚らしい歯と爪の餌食となってしまうだろう。

「悟くん、いいよ。私やって見る」

 なおもキツネに食って掛かろうとする悟を亜紀が止めた。

「亜紀、でも――」

「私こう見えても高校時代陸上部だったから、走るのには自信があるんだ。心配しないで」

 心配そうに見つめる悟に対し、亜紀は優しい笑みを返した。その笑みを見た悟は何も言えなくなってしまう。

「……分かったよ。でも気をつけろ、悪魔は速いぞ」

「うん。分かってる」

 亜紀は決意ある目で頷いた。

「さて、じゃあ行くぞ」

「……――待て!」

 キツネが止めていた歩みを再開しようとした時、再び悟に止められた。

「何だ? 悪魔、それとも怪女の気配でもしたか?」

「ああ、このまま真っ直ぐ行った先に四体の怪女がいる。別の道を通った方がいい」

 ブラックドメイン生物を多数相手にする危険性を体で知っている悟は、怪女を避けていくことを選んだ。

「何で別の道を行く? 駄目だ、このまま真っ直ぐ行くぞ」

「お前、正気か!?」

「生憎、僕はその言葉を母の胎内に置き忘れたらしくてな。まあ、そう懸念するな。たかが悪魔や怪女程度では、僕に傷一つつけられないさ」

「たいした自信だな」

「自信じゃない。数え切れない経験から言っているんだ。僕は奴らの動きを知り尽くしている。お前のように超感覚は無くても、その経験が奴らの動きを教えてくれる。嘘かどうかはすぐに分かるさ」

 亜紀と悟は不安げにしていたが、キツネは自信タップリの笑顔でドンドン前に進んでいく。しかたがなく二人もその後に続いた。








 それからキツネに従い歩くこと数分、木々が突然開けたと思ったら、目の前に大きな沼があるのが目に入った。深緑色のその沼の全長はおよそ五十メートルだろうか。かなりの大きさだ。沼の周囲の木々はどれも葉が多く、自然の屋根のように空を隠している。それはこの付近だけ闇に包まれているように感じられるほどだった。

「沼? ……不気味だな」

「嫌な感じ」

 悟と亜紀はそれぞれ感想を言った。

「ようこそ、地獄の始まりの地へ。気をつけろよ、沼の水を体内にいれれば感染するぞ。第一感染は動物がこの水を飲むことで広がったんだからな」

 楽しそうに説明するキツネ。

「ここが、この悪夢の原点……」

 悟は眉間にシワを寄せながら沼の中心方向を見つめた。

「悟くん、怪女は?」

 自分の仕事のことが気になるのか、亜紀は沼にそれ程興味を示さず聞いてきた。

「ん? ああもう少し向こう――――え?」

 突然黙り込む悟。

「悟君?」

「や、やばいぞ。……な、何だこいつ……!?」

「悟君、どうしたの?」

「こ、この先にとんでもなくヤバイ奴がいる! これは……三本腕どころじゃない、逃げないと間違いなく死ぬぞ」

 一体どれほど危険な生物がいると言うのだろうか、悟は珍しくうろたえていた。

「クスクス、面白そうだな」

「……笑い事じゃない」

 軽口を叩くキツネを睨む悟。

「ぐあああぁぁぁあ!?」

 突如、当然遠くの方で若い男の悲鳴が鳴り響いた。悟はその声の主を咄嗟に頭に浮かべる。

「友!?」

 それは一日前に別れた友の声だった。

 






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