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【完結】王様の嫁は御庭番  作者: 真波潜
第三章 アシュタロスの虚像
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第三章 十三幕 神殺しのススメ・4

 ヴァベラニア王国王城には、四季の庭がある。

 東西南北に面し、城を囲むように配置され、其々の庭では季節の植物が軒を競っている。

 シャイアがルルイエ辺境伯と対峙したのは、春の庭であった。

 奇しくも季節は春。香り高い淡い色の花々が庭で咲き誇っていた。

 ルルイエ辺境伯はこの庭に火を放とうと、散歩と言って出て来たのだが、そこに木の陰からシャイアが姿を現した。

 髭を剃り、胸元に国章が刺繍された豪奢な服とマントを纏い、腰にはガルフの剣を携えて。

「やぁ、ルルイエ」

「シャイア、国王……?!」

 季節は巡り巡った。

 二年前にシャイアがソロニア帝国に敗北を喫したのは、この季節である。




 ルルイエ辺境伯の背後に、音もなく三人の人間が退路を断つように立った。

 お馴染みのカレン、ニシナ、ソルテスである。

 そして、シャイアの隣にはナタリアが現れた。

 四人とも夜に紛れる黒色の揃いの服を着ている。行者の服であった。

「全て分かっていますよ、ルルイエ」

 ナタリアが抑揚のない声で厳かに告げる。

「アシュタロスの軍勢の奸計を利用しようとしたのは、些かあなたにしては考え無しでしたね」

『ルルイエ』は、アシュタロスも含めた全ての神々を虐殺した神である。

 それがいかな悪神であろうと、ルルイエの側につく事は決してない。

「王妃……?!」

 ルルイエは性質上、誰も味方の居ない状態で動かねばならなかった。

 彼以外の全てが破滅する。

 この目的に取り憑かれた時点で、味方を増やす事は出来なかった。

「何という……お見通しの上に、此方を逆に利用していたとは」

 ルルイエの顔に焦りが浮かぶ。

 うまくいくと、今度こそうまくいくと思ったのに、父王以上に侮れない王だったとは。

「斯くなる上は……!」

 ルルイエが剣を抜いた。

 しかし、それがシャイアに向かう事は無かった。

「待て!」

 シャイアの制止も聞かず、ルルイエが己の胸に刃を刺そうとした瞬間、ソルテスが素早く手刀でルルイエの意識を奪った。

「これで一先ずは安心でしょう。寝かせて縛っときまさ」

「頼んだ」

 ルルイエ辺境伯の身体から、気絶した瞬間に光る何かが飛んでいったのが見えた。

 あれが『ルルイエ』だろう。

 向かう先など決まっている。

 アルージャの所だ。

 ソルテスにルルイエ辺境伯の体を預け、シャイアたちはアルージャの元に急いだ。




「遅かったじゃないか」

 そこでは、不敵に笑う少年が瓶に詰めた光を手に笑っていた。子供らしかぬ目、子供らしかぬ口調である。

「あ、あなたは……」

 カレンが自然に跪く。

 アシュタロスの権能で、先にアルージャに降霊させていたものがある。

 降霊には『空いている場所』が必要である。

 今回の場合、先んじてアルージャの中に詰めておく事で、ルルイエの転送を防いだのだが、それ以上の働きをしてくれた。

「カレン、久しぶりだね。前は毎日お祈りをくれていたのに、最近ではソルテスも余り祈ってくれていなかったし、寂しかったよ」

 猫のように目を細めて笑うが、一切の隙がない。

 気を抜けば喉笛を噛みちぎられそうな気配だ。

 ナタリアも膝を折った。ニシナもだ。

「初めてお目にかかります、グラシャラボラス様」

「はい、はじめまして。まさかオペラと関係ない所で顕現するとは思わなかったよ。ねぇ、これで良かった?」

 肩を揺らして笑う姿は少年らしいが、声の威厳が違う。

 神とはげに恐ろしいものかと一同思ったが、先にアシュタロスと対峙していたシャイアは慣れたものだった。

「あぁ。ありがとうグラシャラボラスどの。そうしておいてもらえて助かった」

「いいんだよ。僕もコイツには嫌〜〜な目にあわされてるからね」

 瓶を指で弾きながら横目に見てグラシャラボラスは告げる。少しばかりつまらなそうでもある。

「物語のフィナーレがコレじゃあ、呆気ないかなぁ」

「いいえ。力で勝てないのなら、知恵を絞るしか無いのです」

「そうだね。君は力を得たけど……ううん、力だけじゃないね」

 シャイアの答えにグラシャラボラスは嬉しそうに目を細めた。

「はい。私にはあなたの加護を受けた、最高の御庭番が付いております」

「うん、うん!」

 グラシャラボラスも信者が褒められて嬉しいのだろう。

 瓶をシャイアに渡した。

「お願いがあるんだ」

「なんですか?」

 その時少しだけ寂しそうに、グラシャラボラスはシャイアに告げた。

「余り苦しめないであげて。彼は狂っただけの、星を詠むのが好きな人だから」

 シャイアは笑顔で、畏まりました、と頭を下げた。




 ナタリアの結界で、瓶とシャイアの周りを強く囲う。

 シャイアは瓶の蓋を開けた。出口のない結界の中で、光る塊だったルルイエは、生前の姿をとった。

 痩せぎすの、貧相で猫背の男だ。白い光が形を持っただけなので分からないが、燻んだ灰色の髪をしているのだろう。

「……邪魔をするな。全ての罪は裁かれねばならない、外なる神によって」

「そんな事はない。罪も罰も背負って人はここで生きていく。外なるものに決められる謂れは無い」

 自らの頰を掻き毟りながら、ルルイエは叫ぶ。

「何故だ?! 私は絶対的な絶望を見た! 視た!! その絶望が、全てを楽にしてくれるのだぞ?! 救済を行わねばならない!!」

 シャイアは静かに聞いていた。

 他人の言葉に耳を傾け、違った意見も己がものにして進む事。

 アシュタロスに教えられた事だ。

「ルルイエ。それはたしかに救済たりえるのかもしれない。私たちは、苦難を歩み、いつかは死ぬのかもしれない」

 シャイアは目を伏せて語った。

 思い返せば、確かに苦難の多い日々だった。

「それでも、ルルイエ、あなたにもあった筈だ」

 シャイアが目配せをする。

 カレンとニシナが幻術を使った。グラシャラボラスも力を貸した。

 部屋中が、満天の星空に包まれる。

「楽しい、と思うことが」

「あ、あ……あぁ……」

 ルルイエは星詠みの得意な男であった。

 星を見ることが、何よりも楽しかっただろう。

「せめて、満天の星に眠れ、ルルイエ」

 シャイアがガルフの剣を抜く。

 赤く光る刃が、ルルイエの魂を一刀のうちに斬り伏せると、ルルイエは微かに星を見上げ、霧散して消えた。

あと一話で終わります〜〜!

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