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【完結】王様の嫁は御庭番  作者: 真波潜
第二章 ソロニアの蛇
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第二章 五幕 帰還報告

一日一話更新に落ち着きました。話が広がり始めるとこう、あれもこれもと詰め込みたくなるので大変になるのだなぁとしみじみ。頑張ります。

(これからもよろしく、って何だよなっていうな……)

 リユニア公爵にでも聞かれていたら盛大に噴出された上で散々揶揄われる浪漫の欠片もない台詞だったと我ながらにへこむ。

 明日には発つ宿の寝室で、一人ゴロゴロと悶え転がっているシャイアだったが、ふと昼の事を思い出す。

 目を瞑れ、と言われたから瞑った。そして開いた時には、恐ろしい惨状があった。

(……だけど、怖くはなかったんだよなぁ……)

 アッガーラが怖れていたのは分かった。あの後、軽く声を掛けておいたが、王宮に帰ってからバルクとだけでも話しておいた方が良いだろうと思い直す。

 目の前で技を振るったという事は、ナタリアはバルク達には話してもいいと判断したのだろう。誰か一人でも薄目を開けていれば悲鳴が上がったに違いない。これはナタリアにも確認してからの方がいい事か、と悶々と考え込む。

(確かに、普通は恐ろしいと思うものなのだろうなぁ……)

『恐ろしいと思わずにいてくださいませ――』

 ナタリアの声が、微かに震えていたことを思い出す。

 彼女は『そういう者』だ。力を持つ、自分で言うように意思持つ武器なのであろう。

 結婚式の日から分かっていた事だ。彼女は『私の味方』であると。それだけは分かっていたし、それ以外は分からなかった。

(ようやく、色々と知っていけている……)

 眠気がシャイアの上に降りてくる。時は既に深夜、夜更かしをした部類である。

(ナタリア……)

 口付けた時の震えた肩を思い出す。柔らかな唇に、顔を離した時の真っ赤な頬。手を組んでお祈りするように、奇跡に感謝するように、彼女はシャイアを見ていた。

 そうしてシャイアは夢を見る。

 それは一匹の大蛇(おろち)。壁のような嵩の胴を持ち、尾が見えない程巨大な一匹の蛇。烏の濡れ羽色をした光沢のある巨体。

 シャイアの体に巻き付くが、絞め殺すような真似はしない。気持ちよさそうに蜷局を巻き、寛いでいる。

「ナタリア?」

 そう問いかけると頭を寄せてきた。浅黄色に光る眼はシャイアの掌程もあるだろうか。鱗で覆われた自分の額を嬉しそうに擦り付けてくる。

(可愛い……)

 そっと額に口付けてやる。そのまま心地よい姿勢で蛇に抱かれるまま、シャイアは朝を迎えるまでゆっくりと眠った。

 この大蛇の牙も毒も私には向かない、そうシャイアは知っていた。


 ブランデへ帰るために、馬車をもう一台購入した。ザナス辺境伯を護送するための馬車だ。

 同乗するのはアッガーラのうち二人。もう一人は御者に回ったので、外回りを警護するのは五人になった。また、貧民街の元締めをシャイア達の馬車に招いた為、ローザは使用人の馬車に移った。一番危険に晒せない者であると同時に、シャイア達が話をしやすく為の措置である。

 バルクが先導し、二人が馬車の横を固め、殿に二人付いてきている。

 来た時同様に五日の日程をこなし、その間に貧民街の現状からどうやって回復させるかを議論している間に王宮へと帰って来た。

 貧民街の元締めであるガースに部屋をあてがうと、一先ず続きは明日という事でシャイアは握手をした降りた。

 ザナスは塔へと一先ず送り、薬が抜けるまでは塔の最上階で暮らす運びとなる。いちいち発狂されては東の開墾が滞る為だ。

 シャイアとナタリア、リァン、アカム、そしてバルクは執務室へ向かった。まずはロダスと情報交換をしなければならない。

「おかえりなさいませ」

 執務室の中ではロダスが人数分の紅茶を淹れて待ち構えていた。元執事の実力を遺憾なく発揮して、ロダスは長旅を終えた彼らを迎え入れる。シャイアがざっと見ただけでも、書類の類は執務机の上に整然と並べられ、許可、却下、判断待ち、と三種類に分けられている。既に資料も揃えてある。有能である。

「まずは陛下からお話を賜りたく思います」

「相分かった。まず、ザナスは爵位と領地を取り上げとする。あれは借金の虫だ、放っておいても改善しないので薬が抜け次第東の開墾に加える。それまでは塔で軟禁だな。次いで借金問題はアカムがうまくやってくれた。後でアカムに報奨金を出すように。リァンは貧民街の元締めと話を付けた。彼にも報奨金を。元締め……ガースは城に招いてある。一先ずはザナス領は直轄地とするが、私の領土が些か広くなり過ぎた。西の反乱軍の領土と併せて新たな領主を据える必要がある。その選抜に意見が欲しい」

 ここまでシャイアが一人喋ると、ロダスはなるほど、と頷き考え込んだ。

「……そういう事でしたら、シーヴィス殿のご意見を伺うのがよろしいかと」

「シーヴィス? あぁ!」

 失念していた。シーヴィスが居たでは無いか。

 先々代の宰相ならばこの国の事も詳らかに把握していてもおかしくない。領主にする人間を間違えれば、またあの惨状に逆戻りだ。先々代から先代の間に領主として即位した者が大半なのだから、シーヴィスならば確かに適任である。

「明日シーヴィスを呼んで話を聞く。ロダス、手配を頼む。アカム、リァン、詳細は明日の朝議にて皆に明らかにする故、今他に話しておきたいことはあるか?」

「いえ、ございません」

「私からもございません、陛下」

「ならば今日は下がって良い。ゆっくりと休めよ、また忙しくなる」

「はっ!」

 二人が略式の礼をし帰って行くと、シャイアは視線で、ロダスに席を外すように、と伝える。ロダスは小さな溜息を吐いた。分かりました、と渋々部屋を出ていくが、仲間外れにされる事が多くなってきていると感じているのだろう。実際、ロダスにはどうだろうか、とナタリアに打診もしてみたのだが、ナタリア曰く『あの方は陛下の味方です。身近に毒虫を飼う事を良くは思われないでしょう』と言う事だった。

 と、なると後はやはりアッガーラと話を付けるのが先である。

「さて、バルク殿」

「国王陛下、間違っても王妃様を俺にけしかけないでくださいよ。悪いが今も精いっぱい腰を叱って逃げ出さないようにするので精いっぱいなんでさ」

 四十絡みの男が二十にも満たない女に怯えるとはそれこそ情けないのだが、アッガーラは実力主義である。王妃の実力をそのまま認めたとなれば恐ろしくもなるというものだろうとシャイアは苦くも飲み込んだ。ナタリアはいつも通りの無表情である。そこには悲しいとか辛いという感情は一切伺えない。これは、覚悟していたという事だろう。

「シャイア様、あの技を見て尚こうして対面してくださるだけでも充分なのです。バルク様、心より感謝申し上げます。私の正体はお察しの通り暗殺者、密偵、といった事をこなす御庭番です。行者、と我々は自称します」

「我々?」

 バルクのこめかみがぴくりと動く。こんな末恐ろしいものがまだ居るのか、という事だろう。

「はい。――これから聞く事を御内密にしていただけるのでしたら、私から全てをお話させていただきます。いかがですか?」

 バルクは相当迷った。聞きたい、という気持ち半分、聞けば後戻りできない、という恐れ半分。

 ナタリアもシャイアも急かさなかった。シャイアはすんなりと受け止める事ができたが、それは『同じ国の味方』だからである。これが別の国となれば、それを聞く事に躊躇いも出るだろう。

「…………あっしも男です。伺いましょう、王妃陛下」

 そうして、ナタリアはシャイアにしたのと同じ話を、バルクにも聞かせた。

 それは長い長い話であり、月が傾くまで続いた。

次回更新は作者体調不良の為しばし延期とさせていただきます。

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