4-16=帰還
「主・・・こやつは?」
「主ではありませんわ!その呼び方はやめていただけませんこと?この方はルルさま。わたくしの付き猫ですわ」
ギロリと小さなルルを見る大きな瞳。
その奥には殺意が見え隠れしている。
そんなアラゴを見てニヤっとするルル。
「君さー!アラゴって言ったっけ?そんなに殺意剥き出しだと倒せる敵も倒せないよ?嫉妬?ねぇ嫉妬?僕がエリスさまの付き猫って言われたのがそんなに気に食わない?それもそうだよねー!君よりもこんなに小さな僕がエリスさまの付き猫に選ばれて君は蚊帳の外、そりゃーイライラもするよねー!でも、やめといたほうがいいよー!君じゃ僕を倒せないし傷を付けることすら出来ないから!悔しかったらもっと強くなってから出直すんだね!」
ルルが放つ安い挑発。
しかし、自分より強い者に久しぶりに出会えた喜びと、その者に主従を断られた悲しみ。
そこに漬け込むにルルの言葉は十分だった。
グォォォォォ!!!!
「お主!先程から聞いておればいい気になりおって!そんなに小さな体!我なら一噛みぞ!!なんなら今すぐにでも試してやろう!!!」
案の定と言うべきか、ルルの挑発に乗ってくるアラゴ。
その大きな口をこれでもかというくらいに開けルルに襲いかかる。
ルルが口の中に取り込まれる瞬間、閃光が走る。
それは一瞬にして周囲を包み込み見るもの全ての目を眩ませた。
それはアラゴも例外ではなく、ガチン!という歯が打ち合う音だけが周囲に響いた。
何が起きたか分からないという風のアラゴ。
それを傍から見ているエリスは、いつの間にか貴族が持つような手持ちのサングラスを目に当てニヤリと口元を歪ませる。
「キサマ!どこにおる!逃げるとは卑怯な!」
アラゴが声を荒立てる。
目の前には白い壁と白い煙が立ちはだかり周囲を把握することは出来ない。
「逃げてなどいない!お主の目の前にいるだろう。見えてないのか?もっと上だ!」
遥か頭上より声がする。
声に言われるがまま、アラゴは首を上に上げる。
そこにあったもの。
それは巨大な牙と白い体毛。
それとアラゴを見つめる赤い瞳だった。
アラゴでさえ数十メートルの巨大な体だ。
しかし、声の主はそれをさらに上回りアラゴを見るために首を曲げている。
白い九つの尻尾。
六つの赤い瞳。
全身を覆う白銀の体毛。
鋭く尖った牙。
その姿は紛れもなく九尾の狐だった。
しかし、サイズが規格外に大きい。
口を開ければ全てを飲み込んでしまいそうな程に。
「お主、喧嘩を売る相手を間違えたな。我こそはルル。実の名をルシフェルと申す。神界一の力を有し、全てを破壊するものよ」
「言い忘れておりましたが、ルルさまは私よりも圧倒的に強いのでございますよ」
ガタガタと震えているアラゴ。
その震えは先程のものとは明らかに違っており、恐怖によるものであることは見て分かる。
「あら?目を開けたまま気絶しておりますわ。きっと、ルルさまの瘴気に当てられましたのね。可哀想に」
「そう思うならば止めてくれても良かろう」
「いえいえ、久しぶりにルルさまの“ 本当の姿 ”を拝めるのでしたら止める理由はありませんわ」
「まったく・・・主も人が悪い」
「お褒めの言葉として受け取っておきますわ!」
少し間をおき、辺りは再び白い煙に包まれる。
その煙から姿を現したルル。
色は黒、サイズは元の猫に戻っていた。
「あら?もう終わりですの?」
「あのねー!僕だってあの姿になりたくないの!凄く消費するし疲れるんだから!それに、あの姿は本当じゃないから間違えないでよね!」
「あらあら!そうでございましたの?わたくしはてっきり・・・いえ、あの姿の方が可愛らしくございますのに・・・あの姿であればわたくしのペットに欲しいくらい!」
「てっきりなにさ!冗談はやめてよ!だれが好き好んでエリスのペットになるのさ!そこに転がってるトカゲじゃあるまいし!それと間違えないで欲しいんだけど、八雲は僕の主人じゃないからね?僕が八雲の主人なの!」
「はいはい!分かっておりますとも!」
気楽に返すエリス。
軽口を叩けているのも喧嘩できるのもお互いに相手の力を把握しており、喧嘩できる仲だからなのである。
「「それはそうと」」
ふたりして目を開けたまま動かないアラゴを凝視する。
「あれはどうする?」
「あれはどうしますの?」
ふたりの息がピッタリと合う。
本当に不仲なのか疑いたくなるくらいに。
「「放置!!」」
ふたりが出した答えである。
そして、その場を去るふたり。
エリスの手にはアルニカの花がしっかりと握られていた。
幸いにも今日が3日に1度。
アルニカの花が満開になる1日だったようだ。
その後、アラゴの動きは分からない。
しかし、しばらくの時が経ち、エリスとルルの耳に入ってきた情報によれば要塞都市に守護龍が現れ、街は安泰。
併せてアルフヘイム地方の治安も安定し龍の守る街として観光名所になったのだとか。
しかし、それは別のお話。