11-6=代役
「これからどうするの?」
歌劇場を出たところでルルが話しかけてきた。
「少し様子を見てみようかと思います。
しばらくはここに滞在するかと思いますので覚悟してくださいね」
「えぇ~・・・こんな世界に何日も居たら変な匂いが染み付いちゃうよ・・・。
帰ったら暖かいミルクにフカフカのベッドだからね!」
「はいはい」
八雲は歌劇場を後にする。
そこから数日間。
何度となく歌劇場に足を運んではお芝居を見に来ていた。
「またあの歌声聞かなきゃいけないの?
もう、耳が腐り落ちそうだよ!」
「まあ、そう言わずに・・・。
今日はあの男が動くようですよ。ほら」
今日も八雲はお芝居を見に来ている。
それも、舞台の遥か上からの見学だ。
八雲の見ている先。
そこに男は居た。
舞台袖。
様々なキャストが行き交う中でそれに扮した男が紛れ込んでいた。
迷いのない足取りで舞台袖の小物に手をかける。
「あ!なんかすり替えた!!」
男は何かをすり替えた。
まるで香水か何かが入っている小さな瓶だ。
それを女優の側近と思われる女性が手に取り
女優に手渡した。
女優はなんの躊躇いもなく口元に当てると
中の液体を口に含む。
「あ~ぁ・・・」
液体を飲み込むと発生練習を行う女優。
しかし、喉に違和感を覚えたのかしきりに怪訝そうな顔を見せる。
「ま!ま~♪ま~~♪ま゛~!!」
次第に女優の声はしゃがれ、
普通に会話することもできなくなっていった。
それを見て笑う男が1人。
八雲の近くまで来ていた。
「どうだあの声!傑作だろう!!」
男は大きな口を開け笑う。
「そうでしょうか・・・随分と悪質ですね」
「これもクリスを歌姫にするためだ!致し方ない!」
「はぁ・・・」
男の傲慢な計画を聞いている間にも舞台ではこれからどうするか。代役はいるのかと討論が進んでいた。
「さて・・・行くか」
男は小さく呟く。
すると天井近くより舞台の上まで飛び降りた。
普通であれば骨折では済まないであろう高さだが、男は平然とした顔で舞台の中心に降り立った。
「私はこの歌劇場に住まう亡霊!
そして、この歌劇場の支配者だ!
女優の声は死んだ!
代役はそこの娘にやらせるのだ!!」
そういって男はクリスを指さす。
周りのものは口々に「あいつにやらせるのか?」「亡霊ってなんだ?」「支配者だと?」など戸惑っている。
「間違っても変な気は起こすなよ!
私はずっと見ているぞ!
私の指示に従うのだ!
もし、指示に背いたとしたら・・・
その時はこの歌劇場だけではない!
お前達全員を地獄に落としてやる!!
そこを肝に命じるのだ!!」
男は手に持っていた小さな玉を地面へと投げつけた。
その瞬間、舞台は閃光に包まれ、そこに居たものは全員、視界を失った。
次に視界を得た時。
その時、すでに男の姿は舞台にはなかった。
まるで夢を見ているような一瞬の出来事。
しかし、変わらない事実がある。
女優は歌えない。
その一点だけでもクリスを代役として立てるのには十分すぎる理由となっていた。