9-3=甲冑
男はゆっくりと語り出す。
八雲は無言で席へ案内し、1杯のコーヒーを差し出す。
「実は、ある人物を殺して欲しいのだ」
開口一番。
男から出てきた言葉は意外なものであった。
ここまで強固な甲冑を見に纏い、ガタイもかなり良い。
力だけで見れば相当なものであることは容易に想像がついた。
しかし、この男は自分よりも華奢で筋力もないであろう八雲に“ 殺し ”を依頼してきたのだ。
少しだけ驚きの顔を見せる八雲に男は続ける。
「殺して欲しいのはとある山の中。
その山の天辺に住むと言われる双子・・・その片割れを殺して欲しいのだ」
「それはなぜ?」
「山の名前はギンヌンという。
氷の世界ニヴルと炎の大地ムスペルを隔てる大きな山だ。
お主はその山に聞き覚えはあるか?」
「えぇ、名前くらいは・・・」
「そうか・・・先程言ったようにその山には双子の神が住んでおる。
姉をレイヤといい、妹はフライヤという」
「その双子を殺せと?」
「いや、殺すのは片方だけだ・・・姉のレイヤを殺して欲しいのだ!」
「それはなぜ?」
「それは・・・」
少しだけ口淀む男。
何やら苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「・・・姉のレイヤは氷の魔女と呼ばれている」
「・・・氷の魔女・・・」
聞き覚えはあった。
“ 魔女 ”という存在。
その存在は継承され、
絶対数の変わらないものである。
老若男女問わずに継承され、
いつ、どの世界にでも現れる。
それが魔女。
八雲の脳裏に1人の魔女の姿が過ぎったが首を振り、払拭する。
世界や境界を越え、知人の多い八雲でさえ魔女の知り合いは片手で数えられる程しかいない。
それほどまでに希少な存在である。
また、個体毎に不思議な力を有する。
その為に強力な存在でもある。
その力を狙い、命を取りに来る輩も多く存在する。
それ故に危険でもある。
「その魔女をどうしてわたしに殺して欲しいと?」
「詳しいことは言えない・・・しかし、某では奴を殺すことは出来ないのだ・・・」
「それは相手が魔女だから?」
「それもある。
見ての通り某は腕っ節だけは良い。
単純な力勝負では負けないだろう。
しかし、これを見よ」
男は甲冑を脱ぎ捨て、腕を捲りあげる。
そこには禍々しい刺青のようなものが刻まれていた。
「おや、あなた・・・呪われましたね?」
コクリと首を縦に降る。
「いかにも・・・姉が魔女を継承する前、先代の魔女に呪いを受けた。
これを消す為には氷の魔女を殺すしかない」
魔女の呪い。
魔女の意思次第で体を蝕み、
四肢の自由を奪い、
やがては体の昨日は衰弱し、
最後は呼吸も出来ずに苦しみながら死ぬという。
それの解除法は魔女を殺すこと。
しかし、不思議なことがある。
「先代の魔女に付けられたということはその魔女はもう死んでいるのですよね?
・・・それならば呪いはもう無くなってるはず・・・
なぜ、継続しているのですか?」
魔女の呪いを解く方法は魔女が死に、
別のものに継承されること。
継承と同時に呪いは消えると聞く。
しかし、この男の場合はどうだ?
魔女が死に、継承されているはずの呪いが残っている。
しかも、いつ受けたか分からないが最近継承されたわけでもあるまいし、呪いの発動が弱い・・・
または失敗しているように見える。
「某にも分からぬ。
しかし、呪いを受けたのが氷の魔女ならば解くのもまた氷の魔女。
やつを殺せば何かしら変わるかと思ってな」
継承された氷の魔女はたまったものじゃないな・・・
八雲はふと思ったが、口には出さないでおいた。
どんな言葉がこの男の逆鱗に触れるかわかったものでは無いからだ。
「してからに!
お主に頼みたいのだ!
魔女殺しを!!」
「嫌です」
きっぱりと
間髪入れずに八雲が断りを入れる。
「そうか・・・」
断られることが分かっていたかのように男は潔かった。
しかし、その表情は落ち込み、とても残念そうであった。