とりあえず心肺蘇生を続ける
ガチャン、ゴロゴロ、バン、ガシャガシャ。
俺の邪魔をしたおっさんは壁の手前にあったテーブルなんかをなぎ倒しつつ、たたきつけられたカエルのように壁にはりついた。まあ丈夫そうだし死んではないだろう。
「ふぅ、よし!」
「よし!じゃないわよ!!」
ミーゼがすかさずツッコミを入れてくるが、とりあえずは早急に心臓マッサージを続ける必要があるので返事より心肺蘇生を優先する。心なしか先ほどまでより周囲を壁のように囲っていた冒険者たちが引いたような気がしないでもないが特に問題はないな。
「何だ?」
「何、放り投げてるのよ。あの人、ギルド長らしいわよ。」
「知るか。心肺蘇生の邪魔する馬鹿だぞ。どうでもいいだろ。それよりこいつの方が生死の境をさまよってんだ。どっちが大事か考えてみろよ。」
「それはそうですけど。もうちょっとやりようがあったのでは?」
カヤノにまで言われちょっと悪いような気がしてこないでもないのだが、そうだとしても邪魔してきたあいつが悪いことには変わりねえしな。
はい、論破。
正義は我にありだ。
「大丈夫だ、問題ない。」
「問題ないかを決めるのはリクじゃないと思うけどね。」
ミーゼがうろんげな目で見てくるが、俺だって根拠なく言ったわけじゃない。大けがでもさせたなら大問題になるところかも知れねえが、何を隠そう先ほどから復活したおっさんが近づいてくるのが見えているのだ。そのおっさんの通り道にいた冒険者たちがモーゼの話の海のごとく左右に分かれていっているしな。
見た感じピンピンしてるし、怪我もねえようだ。
俺の目の前で止まった男は俺が心肺蘇生をする様子を腕組みしながら見下ろしている。視線と言うかかなりのプレッシャーを感じる。本当に邪魔な奴だ。
「何だ?用があるなら後にしろよ。」
「先ほど言った心肺蘇生とは何だ?」
「あ~、心臓が止まった奴をもう一回生き返らせる方法だ。心臓マッサージと人工呼吸だな。」
「そんな神のようなことが出来ると言うのか?」
「まだ神の元に行ってない奴ならな。」
おっさんの質問に答えながら心肺蘇生を続ける。既に倒れてから9分は経過した。生存率は10パーセント程度だろう。確率は低い、しかし0じゃあない。
バルダックで魔物の襲撃で怪我をした奴らをカヤノが治療していた時にも思ったんだが、この世界は回復魔法なんて便利な物やポーションなんかがあるおかげで医療分野の研究が進んでいない気がする。いや、研究者なんかはもちろん研究しているだろうしそれなりの専門家は知識を持っているのだろうが、一般にそういった知識が普及していないのだ。
日本なら人工呼吸と心臓マッサージと言えば、厳密にはわからなくてもほとんどの人は何となく想像がつくはずだ。広報する手段が発達していないってのも問題なんだろうな。
「何をすればいい?」
「雷魔法の使い手でも連れてきてくれ。無理なら神に祈ってろ。」
「そうか、では何をすればいいんだ?」
何言ってんだ、こいつは?と顔を上げるとおっさんが俺の反対側に膝をつき俺を真っすぐ見ていた。
「まさか・・・」
「そう大したことは出来んぞ。物語の英雄王じゃないからな。」
「十分だ!」
おっさんの手を男の右肩と左わきへとそれぞれ添えさせる。もちろん心臓を通るルートだ。たまにAEDの使い方を説明していると聞かれるのだがパッドを貼る場所は間に心臓を挟めばいいのだ。極端な話、胸と背中でも問題はない。まあそんな面倒なことをする場面があんまり想像できないがな。
「右手から左手に流すような感じで電流を流してくれ。」
「強さは?」
「150ジュールって言ってもわかんねえよな。火傷しない程度、体がビクッて反応するくらいだ。大丈夫か?」
「ああ。」
おっさんがぶつぶつ何かを言い始める。俺は少し離れ周囲を確認する。感電しそうなものは無い。
「離れろ、感電するぞ!」
のぞき込もうとした冒険者をキッとにらんで注意すると、なぜか照れたような顔をしながら後ろへと引っ込んでいった。何なんだ?
「いくぞ!」
疑問を解消する前に準備が出来たらしい。おっさんに頷き返すと、おっさんの手が青白く光り、そして男の体が軽く跳ねた。よしっ!
電圧や電流が合っているかなんて傍目にはわからない。しかし何もしないよりははるかにいいはずだ。数秒様子を見たが心臓や呼吸が戻っている様子はない。
「おい、戻らないぞ。」
「かもな。でもチャンスはまだある。」
心臓マッサージを再開する。そんな俺の様子をおっさんも周りの冒険者も黙って見ていた。
戻れ、戻れってんだ。雷魔法の使い手がいるなんて奇跡が起きたんだ。お前も三途の川ぐらい犬かきで泳いで戻ってきやがれ!
人工呼吸をし、2サイクルめの心臓マッサージを終え、人工呼吸に移ろうとしたとき、ピクッと男の指が動いた気がした。すかさず男の胸に耳をつける。
トクン、トクン
弱弱しくはあるが心臓の音が聞こえた。俺は心臓なんかねえから自分の心音と間違えることは無い。紛れもなく男のものだ。生き返ったのだ!
「よっしゃあー!!」
手を振り上げる。
俺の行動に驚いた冒険者たちがさらに一歩引いたようで近くに残っているのはカヤノとミーゼそしてギルド長のおっさんだけだった。
「リク、その人は?」
「おう、生き返ったぞ。まだ予断は許さねえし、回復しても脳にダメージがあって後遺症が出るかもしれねえがとりあえず生きてる。」
「良かった~。」
腰が抜けたのかカヤノがへなへなと床へと座り込む。
体力的には全く問題がないとはいえ俺も疲れた。正直な話、心肺蘇生は続けてはいたが助からないだろうと言うことを心の中で冷静な部分で考えていたのだ。
助かったのは雷魔法が使えるギルド長がいたこと、俺が心肺蘇生を続けたこと、そして犬の獣人の男の体力があったことなんかの様々な要因のおかげだろう。何か一つでも欠けていればこの奇跡は起きなかったのだ。
男の毛むくじゃらの胸が呼吸で規則的に上下している。意識はまだ戻らないが危機は脱したと言えるだろう。顔を上げるとギルド長と目が合い、そして腕を差し出された。もちろん俺も握り返す。
「助かった。あんたの魔法が無ければ奇跡は起こらなかっただろう。」
「そうか、それでは行くぞ。」
「はっ?」
掴んだ手を離されないまま、ギルド長に釣り上げられるようにして俺は立ち上がる。ごつごつとしたその手には結構な力が入っているようで簡単に抜け出せそうには無かった。
「いやっ、患者の様子を見ねえといけねえし。どこに行くつもりだ?」
「そんなもんは職員に任せろ。セリア、ベッドに運んでおけ。」
「はい、わかりました。」
セリアと呼ばれた20歳くらいの若いエルフの女性職員が返事をし、腕を引かれ、むしろ引きずられるように連れていかれる俺に向かってウインクしながら手を振っている。
うむ、スレンダーな美人だ。セリアさんね。要チェックだ。
手を振り返し、ギルド長の方を向く。何が悲しくてこんなおっさんに引きずられなきゃいかんのか。どうせならセリアさんに引きずりまわされたい。あとは植物のツタなんかで縛られたい。エルフだから良く似合うだろう。興奮するな!
ギルド長の力は強くて普通には振りほどけそうにない。どうすっかな。
「なあ、なんで俺が引きずられてるんだ?」
「あんな騒ぎを起こしてただで帰れると思っているのか?ギルド長室へ来い。お前の仲間もだ。」
「いやっ、俺のせいじゃねえし。だよな、カヤノ、ミーゼ。」
「えっと・・・」
「ギルド長を投げ飛ばしちゃったのあんたじゃない・・・」
「それは確かにそうだが・・・おいお前らも見ていただろ。俺が問題を起こしたわけじゃねえ。むしろ俺は命を助けた良い奴だろ!」
周りにいた冒険者へと視線を向けるが、皆一様に俺の視線から逃れるように明後日の方向を向き始めた。そんなにこのおっさんが怖いのか、この根性なしどもめ!!
「俺は無実だー!!」
抵抗むなしく、俺たちはギルド長室へと強制連行されるのだった。
伝説の雷魔法使いとの邂逅を果たしたリク一行。そしてリクはかねてより計画していた事業を始めることにした。
次回:マッサージ店始めました
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




