とりあえずエイトロンへ向かう
雑貨屋から通りに出るとフューとどこからともなく口笛が吹かれる。俺はそちらに視線を向けることはしない。してもろくな目にあわないことはここ最近で十分理解していたからだ。俺の隣にはカヤノがローブをかぶったままトコトコとついて来ている。
そろそろ夏に差し掛かろうという時期なので薄手のローブとは言え暑いのだが脱ぐわけにもいかない。ダブルであることがわかると面倒なことになるのはバルダックで重々わかってるしな。
ちなみにミーゼは宿にいるので別行動だ。
「忘れ物はないよな。」
「はい、大丈夫のはずです。」
メモを見ながらチェックしていたカヤノがうなづいたし、俺自身でも一応頭の中でチェックはしていたので大丈夫なはずだ。まあ最悪は狩りをすればなんとかなるだろう。日持ちのする食料を売っている小売店の表で荷物が詰められるのを待つ。
あまり代わり映えのしないローブ姿であるカヤノに比べ、俺の格好はかなり変わった。長かった赤茶の髪はうなじの辺りをくるくると布で巻いてそのまま垂らしている。ポニーテールというより巫女さんとかがしているような髪型だな。本当なら短く切りたかったんだが無理だった。切っても再生しちまうんだ。切った端からうにょうにょと伸びていくのはちょっと妖怪チックだったな。
今は街中なので外に出る時と違い鎧もつけずただの街着だ。もちろん新品じゃなくて中古のいいやつを買ったんだが、身長175センチの長身で、Eカップの俺に合う服がなかなかなかった。紺色の生地にオレンジの虎の爪で引っかいたようなデザインの上下の服だ。昔の制服を思い出してなんとなく落ち着くんだよな。
丈夫で、汗も欠かない俺にとっては匂いも付かねえし最高なんだが、いかんせんぴったりとした形なのでいやが応にも俺のスタイルが強調されちまうんだ。まあどこがとは言わんが。
服のデザインとしては冒険者向きの服で、しかもスカートじゃなくズボンだし、俺自身の顔も可愛いとかっていうよりは釣り目がちで隙のない美人って感じなんだがそれでも面倒だった。
というか視線がうざいんじゃボケ!!
まあ百歩譲って俺を見るのは良いだろう。自画自賛と言われるかもしれねえが確かに美人だ。美しいものに惹かれるのは男として当然だと俺も思うしな。しかしその後がいけない。
まず俺の顔を見るだろ。そして視線が下に動いて胸にいくんだ。そして何事もなかったかのように視線を反らしつつ、ちらっと胸へと視線が戻る。あたかも自分は胸なんか見てませんよ~ってな感じにな。
このなんていうか上辺だけ取り繕ったような態度が気に食わねえんだ。というか本人たちはわからないようにしているつもりかもしれねえがバレバレだからな。って言うか元男の俺でもこんな風に感じるんだから本当に女って大変だな。
とは言いつつも俺に絡んでくる奴はいない。背中に背負ったボブゴブリンが持っていた剣で俺が冒険者だとわかるし、この街で誘拐まがいのナンパ野郎を殴り飛ばしたことが広まっているので直接声をかけられることはないのだ。
そんなことを考えているうちに店員が2人がかりで大きな袋をふぅふぅと運び出してきた。中に入っているのは旅の途中で食べるための保存のきく食糧なんかだ。肉は現地調達で何とかなることも多いが野菜なんかは無理だからな。成長期のカヤノに栄養のある物を食べてもらいてえ俺としては重要なものだ。さすがに煎餅みてえな固いパンと干し肉にドライフルーツのみなんて食事は却下だ、却下!!
「あの、ご要望の通りお詰めしましたが本当に大丈夫でしょうか?かなり重いですが。」
「ああ、問題ない。」
代金は既に渡してあるので、受け取った大きな袋をひょいっと片手で持ち上げる。ゴーレム状態に比べれば細すぎるほどの腕だが、出力は変わらない。重さも感じねえし本当にどんぐらいまで持てるんだろうな?
涼しげな顔で袋を持ち帰っていく俺をポカーンと口をあけたままで見送る店員たちにカヤノが頭を下げてから追いかけてくる。食料の補充は終わったし、後は宿でミーゼが荷物を整理しているはずだ。すぐに出発できるだろう。
そして俺たちは街を出た。目指すはこの旅のある意味終着点。トライアドの里があるというユーミルの樹海に最も近い街、辺境都市エイトロンへと。
ゴロゴロ、ゴロゴロ。
車輪が回転する音を響かせながら俺たちは進んでいた。すれ違う馬車の御者が俺たちを見て驚いた顔をするのにもまあ慣れた。まあ俺だって相手の立場だったら驚くだろうしな。
「リク、運転が荒いわよ。」
「文句を言うなら自分で歩きやがれ。と言うか俺のせいじゃねえだろ。道が悪いんだよ、道が。」
「その気になれば平らにできるって言ってませんでしたっけ?」
「前やったらすぐに噂になっちまったしな。我慢しろ、我慢。」
後ろからかかったミーゼの声に反論しながらも俺は前を見据えて歩く。と言うか文句があるなら自分で歩けってんだ。
俺は今、牧草なんかを入れるために使われている大きめのリヤカーを引いているのだ。そこには旅の荷物がこれでもかと積まれており、さらにはカヤノとミーゼが乗っている。はっきり言って人間が引ける限界を超えているような気がしないでもないがまあいろんな種族がいるこの世界、出来る奴も普通にいるだろう。まあ俺のようなスマートな女が引いている姿は異様に見えるだろうがな。
このリヤカーは旅の途中で買ったものなんだが、もちろんサスペンションのようなものもついていないからダイレクトで振動が伝わる。そしてこの世界の道は街の中は例外として結構荒れているのが普通だ。つまり乗り心地はかなり悪いはずだ。一応下に藁を敷いて簡易のクッションにしているがそれでも快適とは言いがたいだろう。
この問題を解決するために一度歩きながら地面を均してみたことがあるんだが、着いた街でそのことがかなりの噂になっており、調査団まで派遣される事態になったのだ。幸いなことにばれなかったがアレの二の舞はご免だ。と言う訳で現状どうしようもないのだ。
俺は疲れねえから普通に荷物を持って歩くよりもよっぽど早く移動できるし、なにより・・・
「ほれっ、ゴブリンだ。行ってこい。」
「わかってるわよ。」
道の脇からゴブリンが二匹出てきたのを見て、ミーゼがリヤカーから飛び降り俺を追い越していく。そしてさっさと風魔法で始末すると角と魔石を取り出して戻ってきた。残ったゴブリンの死体は俺が土の中に埋めて終了だ。
このように魔物の対応が早いのだ。これがリュックに荷物をたくさん背負った状態ならまず荷物を下ろすところから始まる。そしてもし気づくのに遅れて接近を許してしまったら背負ったまま戦う可能性さえあるのだ。それは致命的なことになりかねない。まあゴブリン程度なら何とかなるとは思うがな。
リヤカーに戻ったミーゼは俺が確認できない後方を警戒している。カヤノは今は休憩中なので街で買った調薬の本を読んでいるようだ。フラウニのレシピ集のように特別な薬は乗っていないが、世間一般で出回っている薬の作り方などが書かれており勉強になるとは言っていた。
時折ミーゼが後方に向かって魔法の練習をする音を聞きながら俺は歩いていく。すれ違う御者の驚いた顔にちょっと笑いながら。
これから向かうエイトロンと言う都市は独特の街らしい。ユーミルの樹海にはアルラウネの里があるだけでなくエルフや獣人族の里などもあるらしく他種族が入り乱れているらしい。ユーミルの樹海に住む人々が狩ってきた魔物なんかを換金して代わりに街で塩や日用品などを買っていくためだと言う。
確かにエルフや獣人族は普通の人族に比べると圧倒的に少なかったからな。多く見たのはバルダックくらいだ。道中の街では冒険者くらいしかいなかったと思う。あまり外に出たがらない種族なのかも知れねえな。
そんなこともありエイトロンは外街を含めたバルダックよりも大きい栄えた街らしい。ユーミルの樹海からもたらされる霊薬や魔物の素材なんかは高値で取引されるのでエイトロンで仕入れた商品をバルダックで売るだけで十分な利益が出るのだそうな。
旅商人の多くはそうしてお金を貯め、市民権を買い店を持つのが夢と言う者も多い。もちろん途中で死ぬ者も多いらしいが。これはたまたま食事を一緒に取った商人のおっちゃんの情報だ。
パキッと言う落ちた枝を踏む音に考えを中断し、マイナーチェンジを繰り返し住みやすくなった俺のコテージに預けていた背を離し、剣を取る。辺りは既に闇に包まれており、カヤノとミーゼは夢の中だろう。聞こえねえとは思うが大きな音は出さないようにしねえとな。
暗闇でも見える目に感謝しつつ、俺は邪魔者を処分するために歩き始めた。
リクの言葉に首をひねるカヤノとミーゼ。自分の言葉が通じないそんな驚愕の状況にリクはジェネレーションギャップを痛感する。
次回:大八車って何?
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




