とりあえず己を知る
ヴァンに精力剤のレシピを教え、また調薬師として生活できるように基本的なレシピなんかをついでに教えた。まあヴァン自身、どうやって生活費を稼いでいるのか俺もわからんが精力剤を売るにしても実績は必要だろうと考えたからだ。ぽっと出の奴がいきなり訳わからんものを売っても買うやつなんてほとんどいねえだろうしな。
このドレークの街は当初は1週間程度の滞在予定だったが、延長に延長を繰り返し結局3ヶ月近くもいることになっちまった。来た時は冬だったのにもう春だからな。
とは言っても延長もこれまでだ。ドレークの街の冒険者ギルドは活気を取り戻し依頼も順調にこなせているようだ。他の街からギルドの職員も派遣されハッサンが目の隈を作るようなことは無い。
ちなみにフローラのあの変な契約書とか最初の時のボタン連打とかも俺はギルドを盛り上げるため、なんとか維持していくための努力が変な方向に行ったもんだとばかり思ってたんだがそれは俺の勘違いだった。あいつは素であんな感じなのだ。まあ冒険者たちも慣れたもので適度に流して対応している。仕事は出来るんだがなぁ。
そんなわけで明日にはドレークの街を旅立つことになっている。旅の準備も既に終わっているので心配はない。商人の護衛任務なんかで馬車にでも同乗できれば楽なんだが、ある意味途中の町であるドレークで護衛任務なんてものがあるはずがない。あるとすれば魔物なんかに襲われた人員の補充くらいだが、そういうのはもっとランクの高い冒険者が引き受けるからカヤノやミーゼに回ってくるはずもないしな。だから当然今回も徒歩だ。
で、俺とカヤノは最後に水の精霊に挨拶に来たというわけだ。
俺のことや精霊のことを教えてくれたある意味で恩人であるし、俺にとってはなかなか会うことのできない同胞である。別れの挨拶はしてえしな。
「ふうん、行っちゃうんだね。寂しくなるよ。」
「それにしては平気そうだがな。」
執事妖精に淹れてもらったお茶を楽しんだ後で全く悲しそうな顔をせずに言われてはそう突っ込まざるをえなかった。
カヤノと棒サイちゃんたちは俺たちに気を使ったのか水の精霊の妖精たちと少し離れたところで戯れている。
「またいつか会えるかも知れないしね。悠久に近い時間を過ごすんだからそんな機会もあるかもしれないよ。」
「そう・・・かもな。」
確かに人間と違い、水の精霊の話を聞く限り俺は数千年を生きることになるはずだ。何かの拍子で死ぬこともあるらしいが、精霊にとっては死ぬといっても一旦存在が消えて精霊王の元へと戻るだけなのだそうだ。もちろん記憶は消えるそうだが。
それだけの年月があれば再び会うこともあるかも知れない。人間とは基準が違うのだ。それが寂しくもあり、恐ろしくもあった。俺はそんな年月を普通に生きられるのだろうか?
「そういえば・・・」
考え事に没頭してしまい静かになった俺に水の精霊が声をかける。先ほどとは違い少し悲しそうな顔をしている。なんだ?
「君は結局本当の姿を見せてくれなかった。そっちの方が残念だよ。」
「はっ?どういう意味だ?」
「いや、わざわざゴーレムを作って自分を囲って、それじゃあこの境界以外じゃ声も出せないし大変なのに。君はとってもシャイなんだよ。」
「ちょっと待て。最初から話せ。本当の姿ってなんだ?と言うか普通に声って出せるのか?と言うかこの境界って声が出ていたのか!?」
「どうしました、リク先生?」
いきなりよくわからんことを言われて動揺して大きな声が出てしまった。その声に驚いたのかカヤノと棒サイちゃんズがこちらへと近づいてきた。もちろん妖精たちも一緒だ。
ちょうどいいので先ほど水の精霊に言われたことをカヤノに話す。その結果言われたのは
「リク先生、気づいてなかったんですか?」
の一言だ。棒サイちゃんズや妖精たちもうんうん、とうなずいている。気づいていたら文字なんか毎回書いてねえだろうが。
「あー、あー。確かに聞こえるな。自分の声じゃねえみてえでちょっと違和感があるが。」
「そうですか?」
試しに喋ってみると確かにテノールくらいの男性にしては高い声が聞こえる。昔の俺の声は合唱では毎回バスになるくらいの低い声だったから違和感があるが。
言い訳をすると、俺は文字を書くときには自分の中で喋りながら書いていたわけだ。この境界に来て、自分の声が聞こえるように感じたのも特殊な場所だからそうなんだと思い込んでいたわけだ。誰も教えてくれなかったしな!
まあそれはいいとして今はもっと重要なことがある。
「でだ、本当の姿ってやつになれば外でも普通に話せるんだな。」
「そうだよ。普通の精霊は移動できないけど、リクはカヤノと契約しているから一緒に行動すれば普通に生活できると思うよ。」
「マジか!どうすればいいんだ?」
それは朗報だ。夢にまで見た普通の生活が送れるんだ。ゴーレムとして好奇の目にさらされることもなく、カヤノに迷惑をかけることもない生活。
そしてカヤノからあまり離れられないとは言え、従来どり少なくとも100メートルほどは自由に動ける範囲はあるはず。泊まる宿をじっくり選定してムフフなところへと行ける距離にしておけばワンチャンあるってことだ!!
自分自身の顔は見えないが、俺は今最高の笑顔をしているはずだ。
「うーん、ゴーレムを解いて本当の姿になるだけなんだけど・・・そうだ、湖で土を落としておいでよ。リラックスしてあるがままの姿になろうと思えば出来ると思うよ。」
「よし!行ってくるぜ!!」
水の精霊が言うが早いか俺は湖に向かって飛び込んでいった。精霊ボディの俺は当然溺れるなんてことはない。
リラックスしてあるがままの姿か・・・なんていうか温泉に入ってとろける感じでいいのか?よくわからんが。
そんな感じで浸かっていると、湖の水が少しずつ濁り始め、俺の体についていた土がホロホロと溶け出していくのがわかった。一時的とは言え湖を汚してしまうことにちょっと悪い気がしないでもなかったが、それよりも自分自身の体が本来の姿に戻っていくという喜びが優っていた。
しばらくすると周りの水が土で濁り全く見えなくなってしまう。仕方がないので手探りで反対の腕を触ってみるとだいぶ細くなっているような気がする。まあ触覚がないのは相変わらずのようなので予想でしかねえが。
とりあえずもういいんじゃねえの。と言うかもういいだろ。
はやる気持ちが抑えきれなくなった俺は水中から顔を出す。
「リク、汚い、汚い。」
「湖を汚しちゃメ!!」
「おう、悪いな。始めて元に戻るんだ。大目に見てくれ。」
湖を汚されたのが許せなかったのか、妖精たちが俺へと群がって俺の髪の毛を引っ張ったりしながら抗議の声を上げている。それに適当に返事をしながら陸へと上がりきった。
髪・・・うわっ、マジで髪があるよ。妖精が引っ張った俺の髪は赤茶色のレンガのような色をしている。濡れたせいかもしれねえが光沢のあるストレートの髪だ。
慌てて自分の手を顔の高さまで上げる。目の前に見える両手は白く、まるでピアニストのように細かった。以前の俺の訓練によってゴツゴツした手とは比べ物にならないくらい華奢なものだ。しかしそれは人間の手に見える。
「ハハッ。マジかよ。」
「リク先生。」
カヤノの声が聞こえた気がしたが俺は自分の変化を確かめるのに精一杯だった。視線を下げ手で触り、そして水の濁っていない場所へと走った。波のない湖面はまるで鏡のように俺の姿を映していた。
その姿を見て俺は理解した。俺がこの世界に来て最も疑問に思っていたこと、それがすんなりと納得できてしまったのだ。
近づいてくる足音に振り返るとカヤノと水の精霊たちがいた。全員が俺の姿を見ている。そしてカヤノが口を開いた。
「リク先生って女だったんですね。てっきり男だと思ってました。」
「Noーーー!!」
俺の叫び声が境界に響いたが、カヤノの言葉を否定するものは誰もいなかった。
ぽちゃん・・・ぽちゃん。
湖に石を投げ込みながら体育座りする。少しの間一人にしてくれと言う俺の希望に全員が承知してくれた。それほど俺の落ち込みようがひどかったんだろう。いつもならちょっかいをかけてくるはずの妖精どもでさえこちらには来ていない。
投げた石から起きた波紋が湖面を揺らす。しかしだからといって俺の姿が変わる訳はなかった。静まった湖面に映った自分の姿を改めて見る。
赤茶色の腰の長さまである長い髪はまるでリンスのCMかのように無駄に艶やかで、そして少しつり目がちな薄い黄色の瞳は意思が強そうでありながらも吸い込まれそうな暖かさがある。ちょっと厚めの唇のピンクと白い肌のコントラストが綺麗だ。体のラインは細い割に胸も大きい。推定Eカップ。お椀型の張りのあるその姿は数多の男を虜にすること間違いないだろう。
結論、かなりいい女だ。ただし自分でなければと言う注釈がつくが。
「はぁ・・・」
何度目かのため息をつきながら石を投げ入れる。波紋が憂鬱そうな美女の姿を歪めていった。
人間っぽい姿になれたのはもちろん嬉しい。しかし、これはいくらなんでもあんまりだろ。おかしいと思ってたんだよ。パンツのぞき放題のはずなのにほとんど興奮しなかったし、何よりやろうと思えば裸を見るチャンスなんていくらでもあったのにする気も起きなかったんだ。
カヤノの面倒を見るためとか、やっぱりチラリズムがとか、パンツがダサすぎるとかいろいろ言い訳を考えて自分自身を騙していたんだが・・・。そりゃあ女同士じゃあ興奮する度合いも低くなるよな。
絶対今の俺の姿を見てキュベレー様が笑っている気がする。あなたみたいな変態を男として転生させるわけがないじゃないって冷ややかな微笑を浮かべているんだ。くそっ、ぞくぞくするじゃねえか!
んっ・・・そうか、そうだったな。俺は本質を見失っていたようだ。
立ち上がり改めて水面を見る。そこに映っているのは先ほどと変わらない、美女が一糸まとわぬ姿でいる光景だ。
「先生・・・」
俺が立ち上がったことに気づいたのかカヤノがこちらへと歩み寄って声をかけてくる。その表情は俺を心の底から心配していることがひと目でわかるようなそんな顔だ。
「心配すんな。ちょっと驚いたが俺の本質は性別なんか関係ねえからな。」
「はいっ!」
頭をくしゃくしゃっと撫でてやるとカヤノが嬉しそうに、にへらっと顔を崩して笑った。しまったな。俺が動揺しすぎたせいでだいぶ心配をかけちまったようだ。
しかしもう大丈夫だ。俺は俺自身がなんであるか自覚したんだから。
そうだ、俺はMだ!!性別なんて関係ねえ!俺にとっての女王様を見つければいいんだ!!
俺は新たな決意を胸にこれから人として過ごしていくことに再び胸を高鳴らせるのだった。
契約したことにより魔法少女になってしまったことがついに判明したリク。自身の中身と外見のギャップに葛藤しながらも果てない戦いに挑んでいくリクの明日は!?
次回:オカマバー就職
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




