とりあえず浮浪者を観察する
まあそんな放火犯のことも気になるが、もう1つ俺が気になっていることがあるんだ。それは・・・
「そら、朝だよ!!早くどっかに行っとくれ。」
「・・・」
宿のおばちゃんの威勢のいい声が宿と肉屋の間の細い路地に響く。そこに寝転がっていた人が起き上がり、おばちゃんに頭を下げると街の外へと歩いていく。それをおばちゃんは面白くなさそうな顔で見送っていた。
俺が気になっているのは今、街の外へ出て行った浮浪者のことだ。2年ほど前から住みついたのだが不審人物だから気になっていると言うわけじゃない。
小さいのだ。明らかに身長が小学生くらいしかない。確かに冒険者の中には背の低い種族もいるのでそれだけで子供と判断することは出来ない。ボロボロのローブで全身を隠しているから顔もほとんど見えなかったしな。しかしずっと観察し続けていればわかる。あれは子供だ。
俺の知る限りこの街で路上生活しているのはあの子だけだ。もちろん酔っぱらってたまに道路で寝ている住人はいたりするが、日常的に路上生活している者はいない。まあスラムとかがどこかにあってそこでは普通なのかもしれんが。
さすがに大人として子供が路上生活しているのは助けてやりたいところだが俺に何かできるはずもない。冬とかぼろ布とかを集めて来て寒そうに震えていたりするからどうにかしてやりたいとは思うんだが・・・。
周囲の人間も見て見ぬふりだ。唯一接触があるのは宿のおばちゃんだけだな。あんな感じだが。
あっ、ちなみにおばちゃんはステラって名前だ。まあおばちゃんの方がしっくりくるので俺はそう呼び続けるけどね。
で、その子は朝に宿の横の路地から追い出されると街の外へと出て行く。そして夕方くらいになるとドクダミのようなハート形の葉っぱを袋一杯に詰めて戻ってくるのだ。
そして宿の路地へと入って行くとそこにはガラの悪い男がいた。その子が袋を開き、中身を男へと見せる。
「萎れてるし、ここ虫が食ってんじゃねえか。使えねぇな。」
「・・・」
ぶつくさと文句を言いながら男が懐から銅貨を数枚取り出す。銅貨と言っても小さい1オル硬貨が6枚ほどだ。それを投げ捨てるように路地へと投げるとそれを必死で拾い集めるその子を蔑んだ目で見て、嫌らしく笑いながら去っていくのだ。最悪の男だな。
銅貨を集め終わるとその子はその路地から動かなくなる。眠っているのか身動きさえしないのだ。そして夜になり宿屋のおばちゃんがゴミを捨てにやってくる。するとそろそろとその子は立ち上がりおばちゃんになけなしの銅貨をすべて渡した。
「ごみは捨てといてくれ。荒らすんじゃないよ。」
「・・・」
その子はこくりとうなずく。ゴミの入った箱をおばちゃんがその子へと渡して帰っていく。そしてその子はその箱の中から宿の残り物と思われるものをむさぼるように食べ、ボロボロのローブにくるまって泥に沈み込むように深い眠りに入るのだ。
可哀想すぎるだろ!!
いや、確かにそれは俺の基準であってアフリカとかへの募金の映像で見たような骨しかないような少年も地球にはいるって言うのはわかっている。でもこんだけ大人が周りにいて、こんな生活をしているのはこの子だけだ。誰か助けてやれよ!!
あのガラの悪い男もこの子を食い物にしてるっぽいし。ロクな大人がいねえ。
そんな感じで俺は悶々としながらその子を見守り続けていた。情報収集もその子が帰ってきて男と会う時はやめて、絶対に監視するくらいだ。俺ぐらいは見守ってやらなければと言う使命感だな。あの子にはわからんだろうが。
そんな感じで見守り続けていたんだが、ある日事件は起こった。その日は朝から雨が降っていたんだ。この街に住んで3年になるが雨と言うのは珍しい。水はこの街の近くを流れる川から引いているので雨が少なくても問題は無いらしいが。
まあ雨が降っても関係なくいつも通りにその子は街を出て行った。もちろん傘なんてものは無い。と言っても傘なんて差している奴はその子どころか誰もいなかった。傘は無いのかもしれん。
夕方になりその子が濡れ鼠になって戻ってくる。まああのボロボロのローブじゃ耐水性なんて期待できないよな。それでも大収穫だったのかいつもとは違い2つの袋一杯に葉っぱが詰め込まれていた。そしていつも通りの裏路地でその男と会う。そしてその袋の中身をその子は男へと見せていた。何となく嬉しそうだ。まあこんだけ見続けていればローブで身を隠していても喜怒哀楽くらいはわかる。
男はしばらく袋の中身をチェックするとニヤリといやらしい笑みを浮かべた。うわっ、ぜってえこいつ悪いこと考えてやがる。
「1袋だけでいい。ほらよ。」
「・・・」
その子はあからさまにがっかりしながらもいつも通り銅貨を拾い集める。男は去り、その子がいつも通り休んでいるとしばらくして男が再びその子の所へと戻ってきた。
「やっぱ、これは返す。」
男が先ほどの葉っぱの入った袋をその子へと突き返す。その子は首を傾げながらもそれを受け取った。そして男はお金を受け取らず再びどこかへ消えて行った。
何がしたいんだあいつ?
その子も訳がわからないのか首を傾げ、そしてお金を返していないことに気づいたのか慌てた様子で男を追いかけたが見失ってしまったらしい。所在なさげに元の場所へと戻ってくる。
うん、やはりこの子はいい子だな。清貧と言う言葉が良く似合うじゃないか。
俺がそんな風に満足してそろそろ俺もどこかへ行こうかなと思っていた時、再び男が現れた。本当に何がしたいんだこの男。
「おっ、悪いな。金を受け取り忘れちまったみたいだ。」
「・・・」
その子が安堵したようにほっ、と息を吐き男へとお金を差し出す。しかし男はそれを受け取らなかった。
「ああ、やっぱり2袋もらうことにするわ。」
「・・・?」
下卑た笑みを浮かべるその男の様子に俺は嫌な予感しかしないんだが、その子は差し出していた銅貨を懐にしまうと葉っぱの入った袋を取り出し男へと渡そうとする。
「じゃあ、最初に払った6オル。で、さっき返した袋が6オル分。俺がお前に渡したのは12オル分だから、これはそのままもらっていくぞ。」
男はそう言うとひったくるようにして2袋を掴んで去っていこうとする。
いやいやいや、そんなことあるわけねぇじゃねえか。お前が返した袋はもともと最初に払った代金で買ったんだからお前がその子に払ったのは6オルだけだろ!そんな馬鹿な理屈が通るわけ・・・
俺はチラッとその子を見る。その子も何かがおかしいと思っているようだが首をひねっている。
混乱してやがる!!
マジか!小学生とかでもわかるだろ。しまった、こっちは義務教育とか無かったんだった。この程度の計算と言うか理屈もわかんねえのか。やべえな、この世界。
嬉々とした顔で去ろうとする男の服をその子が思わずと言った感じで掴む。その瞬間、男の顔がいきなり苛立たしげに変わった。
「何だ?汚え手で触んじゃねえよ。」
「あの・・・お金・・・」
おお、2年間で初めてこの子の声を聞いたぞ。感動だ。ちょっと高めの子供のような声だ。女の子か?
それにしても良く気づいたな。でもちょっと危なそうだぞ。
「ああ!?俺はしっかり渡しただろ。何言ってやがる?」
「・・・」
男がその子の頭を掴んで恫喝する。こいつやっぱり最低だな。恐怖のせいか勇気があるのかわからないがその子は男の服を掴んだまま離していない。それが更に男のカンに触れたのか男がその子を殴りつけようと腕を振り上げた。
やらせねえよ!!
即座に男の足元を斜めに凹ませる。男が後ろへと倒れていき、服を掴んでいたその子も巻き込まれて倒れてしまった。
なんか、すまん。
男がキョロキョロと周りを見ていたが誰もおらんよ。気が削がれたのか男はその子の手を強引にはがすと悪態をつきながら去って行った。残されたのは俺と男を倒れたまま見送ったその子だけだ。
まあ、殴られなかっただけ良かったよな。じゃあな。
何となく気まずくなってその場を離れようとしたのだが、ふとその子の方を見てちょっと驚く。いつもかぶっているボロボロのローブがはがれ、その翠の瞳が俺の方を見つめていたからだ。
「あなたはだれ?」
どうする?どうするよ。なぜかわからんが気づかれたぞ。いや俺が地面をへこませたのに気付いたのか。どうすればいい?
俺はしばらく地面を見つめるその子のことを見返し続けることしか出来なかった。
ついに公衆の面前でマスクをはがれてしまった陸人。覆面プロレスラー、ジメンダと言う事に気づかれてしまった陸人は孤児院から去ってしまうのか!?
次回:ジメンダよ、永遠に
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。